第38話
友人と街を歩くうちに大きな建物が見えた。最近できたアミューズメント施設だ。
ボーリング、卓球、ビリヤードやゲームセンターでも見られるアーケードゲームもあるらしい。最初の人生では行ったことはなかった。今時の若者はどんな賑わい方をするのだろう。
自動ドアの隙間をくぐるように入場する。体の芯に響くような振動が魂を震わせる。夏祭りに太鼓の音を耳にしている気分だ。胸の奥からさあ遊ぶぞー! と言わんばかりの熱が込み上げる。
「どこ行く?」
「俺あれやってみたいんだよなー。かっちょいいロボが拠点ぶっ壊すやつ!」
「それじゃ分かんねーよ」
笑い声を耳にしながらエスカレーターに乗る。
リサーチはしていたらしく、ロボが拠点ぶっ壊すやつはすぐに見つかった。ゲームなんてスマートフォンで十分だと思っていたけど、大きな画面での臨場感は中々どうしていいものだ。
「おい」
「ん?」
友人のゲームを眺めていると、近くで呼び掛けの声が上がった。振り向いて声の主を確認する。
でかい顔が近くにあった。
「おわぁぁっ!?」
思わず後ずさる。プレイ中の友人の背中に当たった。
「ぎゃぁぁぁぁっ!? 俺のメガロマン!」
「あはははっ! なーにしてんだ猫田!」
「ご、ごめん! ちょうど目の前を虫が飛んでたから、つい」
とっさに笑みを繕って誤魔化す。ジュースおごる約束をしてゲームコーナーを離れる。
自動販売機を探すと見せかけて、先程からついてくるデカブツに声をかける。
「小雨、急に話しかけるなよ。びっくりするだろうが」
「ちょうど手が空いていたじゃないか。他にいつ話かけるって言うんだい」
「それはそうだけど」
押し問答している場合じゃない。俺はお詫びのジュースを購入しに来ただけだ。会話に時間をかけすぎると友人が様子を見に来るかもしれない。
俺は周囲に視線を配りつつ、何を買おうか迷っている振りをする。
「で、何でこんな所にいるんだ?」
「祓い屋に追われていてね、ここには来ないだろうと踏んで逃げ込んだんだよ。でなきゃ、誰がこんな騒々しい所に来るかってんだい」
見るからに静かな所好きそうだもんな。
……待てよ、小雨がここにいるってことは。
「なあ小雨、いつからここにいるんだ?」
「ざっと数か月ってところだね。それにしてもここはうるさいねぇ。どいつもこいつも笑いおって、一体何が楽しいんだか」
小雨がでかい鼻を鳴らす。
でかい顔に浮かぶ態度は不満げながらも、視線は娯楽を楽しむ人々の方に向いている。失敗したプレイヤーの嘆きを聞いて口元を緩める始末。案外満更でもないのかもしれない。
「ずっとここにいたわけじゃないってことは、隠れ場所を転々としてきたってことだよな。白菊さんの元を離れて半年くらい経ってるんじゃないか?」
「それくらいは経ったかもしれないねぇ」
「おいおい。その間白菊さんを独りぼっちにしたのかよ」
「独りなものかい。あんたとあの小うるさい小娘がいるじゃないか」
「は? あ」
そうだ。俺達は高校に進学する予定を伝えたけど、拠点を別のアパートにする旨は小雨に告げていない。白菊さんとの縁を切るわけじゃないし、すぐ戻るからいいやと考えていた節がある。小雨は俺達がいると思って、安心して放浪していたんだ。
人と妖怪は関わるべきじゃない、それが小雨のスタンスだ。一度はたきつけて思いとどまらせたけど、芯のところは変わらない。祓い屋から逃げるというやむを得ない理由がある現状、小雨が危険を冒して白菊さんの様子を見に行くことはない。白菊さんは、半年以上独りの時間を過ごしたことになる。
白菊さんはぬくもりを求めて、太った野良猫のために飼用器具一式を揃えた。長年謝れなかった小雨と再会して和解した。そこに孔雀院さんの騒がしさも加わった。人の友達はいなくとも、白菊さんの周辺は賑やかさを取り戻していた。
それからすぐ、三者いっぺんに白菊さんの元を去った。思春期の心には大きなダメージになるだろう。元々白菊さんの心は弱っていた。強い寂寥感に耐え兼ねて、心が一気にへし折れてもおかしくない。他人を寄せ付けない白菊さんの振る舞いは、もう傷付きたくないという心の表れだったのだろう。
傷付きたくない気持ちは分かる。会社員時代の俺もやっていたことだ。日々生きるのがおっくうで、なるべく気持ちを動かさないように目に付いたことをこなしていた。
だがそこから先にあるのは負の連鎖だ。物事に期待しなくなると、好転の兆しがあってもどうせ駄目だと決め込む。チャンスを自分から棒に振るようになる。孔雀院さんから逃げたのもそれが理由に違いない。
やはり白菊さんとコンタクトを取る必要がある。孔雀院さんにもう少し発破をかけてみるか。
「おーい遅いぞー! いつまで迷ってんだよー!」
振り向くと友人が俺を見ていた。
俺は適当に返事を告げ、自動販売機に小銭を入れる。詫びのジュースを持って友人の元に戻った。
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