第34話
ロングホームルームが終わり次第、私は駆け足で廊下に出る。
今日は部活勧誘の解禁日。高校生になる前は混じりたいと思っていた喧噪だけど、もう私には関係ない。
あと数十分もすれば、学年問わず多くの生徒が校舎を賑わせる。できれば声がかかる前に校舎の外に出たい。その一心で足を動かす。
まとわりつく視線を振り切って昇降口前にたどり着いた。ロッカーを開けて外履きに足を通し、外気に体を晒して日光を浴びる。
外出届は提出してある。気兼ねなく校門をくぐって歩道に靴裏を付ける。
食事は食堂で食べればいいけど、日用品は個人で購入する必要がある。
寮に住まう生徒は数十じゃ済まない。一時期は通信販売を許可していたものの、寮住まいの生徒が増えてからは事情が変わった。エントランスのスペースを取ってトラブルの元になった。
利用人数を抑えるべく、通信販売の利用には申請が必要になった。手間が増えてからは利用者が激減して、むしろ友人とショッピングを楽しむ生徒が増えたのだとか。どうせなら校舎内に商業施設でも作ってくれればよかったのに。
仮にそういう施設があっても、今日ばかりは外に出る必要がある。
それにしても驚いた。休み時間に話しかけてきた女子は孔雀院さんと瓜二つだった。世界にはそっくりな人間が数人いるって話だけど、幽霊と人間がそっくりなケースは想像していなかった。
孔雀院さんは
あり得ない。どんな確率? そんな都合のいい話があるわけない。
私は知っているんだ。こういう時は裏切られる。うまくいきそうな予感がした時は、決まって邪魔が入ってきたんだから。
靴裏が地面に貼り付く。
目が合ってしまった。すぐに曲がり角を右折して疾走する。
「待テ! ボクノエサッ!」
言葉のなり損ねみたいな声が響く。スライムに砂鉄を練り込んだような珍妙極まる外見だけど、目を丸くする通行人はいない。妖怪だ。
時々振り返って位置を確認し、わざと通行人を間に入れながら走る。
見えない人を無暗に襲えないルールがある以上、妖怪は追跡スピードを落とさざるを得ない。今回の妖怪は俊敏じゃないし、千切るのも時間の問題だ。
「クソッ、邪魔ナ人間ドモメ!」
妖怪が苛立たし気に表情を歪める。
大人をかいくぐった先で小さな子供が踏み出す。
「ママ、置いて行かないで!」
偶然ながらも妖怪の進行方向を塞ぐ形になった。
「邪魔ダ!」
細い腕が振るわれた。子供が悲鳴を上げて地面にしりもちをつく。
思わず足を止めて目を見張る。助け起こさなきゃ、そんな思考が脳裏をよぎる。
それは私がやるべきことじゃない。妖怪の狙いは私だ。むしろ私が近付けば子供を危険に晒す。私にできるのはこの場から離れることだけだ。
だけどどこに逃げよう。妖怪が無差別に攻撃するとなれば、もう人を障害物にはできない。どこに逃げれば……。
「白菊さん、こっち!」
男性の声が上がった。
迷わず足を前に出す。
妖怪が細長い腕を振り回しながら迫る。そんなことをすれば同族からの粛清があるのに、それを気にした様子見られない。もはや自棄になっているようにも見える。
無理な方向転換をしたせいで大分距離が縮まった。噴き上がる焦燥と戦いながら手足を振り、見覚えのあるコートを追いかける。
走るにつれて人気がなくなり、ちょっとした空き地が見えた。
「こっちだ!」
手招きを信じて直進する。
背後に圧力を感じた。強風が巻き起こり、視界の色合いが光度を増す。
呪うようなうめき声に遅れて振り向く。
妖怪の姿はない。代わりに、地面によく分からない陣が描かれている。
「ルールを逆手にとって、障害物にする発想は悪くなかったよ」
発言者に視線を送る。
先程の強風で頭から落ちたのだろう。知り合いの腕が帽子を拾う。
「ただ、弱い妖怪は頭が悪いケースも多いんだ。先のことを考えず目先の欲に捉われる傾向がある。だから小物から逃げる時は、決まりごとは守られるなんて思わない方がいいよ」
パンパンと帽子に付いた土が払い落される。
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