第31話

 峯咲学園は中高一貫校だ。この校舎で中学生として過ごした生徒は、特に受験することなく高校生になる。

 

 追試でも赤点を取り続ける生徒は留年するが、そういった生徒はめったに出ない。年に数百人の生徒がエスカレーター式で高校生になる。


 中学から高校に至るのは簡単だが、外部受験を通しての入学は一転してハードルが高くなる。


 中東部入学のハードルが低いのは、峯咲学園が勉学以外の教養を重んじているからだ。受験はただの通過点。卒業後に何をなすかを重んじて、実験やフィールドワーク、礼儀作法にその他諸々を教え込む。それが学園設立当時からのスタンスであり、お金持ちの子息子女が多い理由でもある。偏差値の高い低いで競う次元にはいない。


 それも中学までのこと。高校からは大学受験を意識して、学力向上にも熱を入れるようになる。中東部に入った当時は学力に乏しかった生徒も、中学での三年間で勉学に臨む脳開発が終わっている仕組みだ。


 教育は洗脳なんて話を耳にしたことがあるけど、峯咲学園での授業はまさにそれだ。濃密な三年間が多感な時期に多くを与え、勉強嫌いの少年少女を名門にふさわしい生徒へと生まれ変わらせる。


 そういった教育の一環か、学園は寮生活を勧めるスタンスを取っている。同級生とのコミュニケーションを取らせる意図だけでなく、食堂で提供される料理にも工夫が凝らされている。味噌汁や納豆といった頭脳食はもちろん、栄養バランスが偏らないように調整されているのだとか。


 俺達は満を持して入寮した。寮長からの案内を受けて、領内にある一通りの設備を見て回る。


 その一環で自分の部屋に案内された。床の上には段ボールが置かれてある。寮生活をするにあたって、運搬してもらったもらった物だ。


 すなわち俺の物。段ボール箱の蓋を閉ざすガムテープにカッターの刃を走らせ、その中身を暴いて床の上に配置する。


 作業を終えて一息突く。寮内の学生と顔を合わせて自己紹介し、食事や風呂を介して一部の男子と仲を深めた。


 晴れて入学式を迎えた。高校生になってからは制服が変わる。黒い制服に袖を通して、入学式の会場となる講堂に足を運ぶ。

 

 新入生代表のあいさつは内部進学生の主席が行った。入学式は小、中学校で経験したけど、やっぱり高校生ともなると雰囲気が違う。視界を埋める同級生の大半はどこかあか抜けて見える。


 入学式の後は入寮式。生徒と保護者、寮務部の教員や寮母が参加してそれっぽい言葉を連ねる。これから始まるんだと生徒に認識させるための儀式。その覚悟ができている俺には苦痛な時間だ。


 それでも俺にとっては待ち望んだ瞬間の一つ。意識を逸らすことなく入寮式を終えて寮の部屋に戻った。


 記念すべき最初の登校日。俺は微笑をたたえながら通学路を歩く。


 俺の存在は世界に根付いたばかり。中学からの知り合いはいない。俺が思い描く学生生活には仲のいい友人が必須だ。

 

 記念すべき第一号はルームメイト。

 土見ゆうた。俺と同じ外部受験で入学した生徒だ。

 

 正規の人生では、コンプレックスのせいでコミュニケーションを避けてきた。

 もうそんなことを気にする必要はない。グランアースでは人間から魔物まで幅広い知り合いを作った。同じ人間と親交を深めるくらいわけはない。


 昇降口に踏み入って履き物を変える。


「ねえ猫田は知ってる? 内部進学した女子の中にすっごく綺麗な女子がいるんだって!」


 一見女子かと見紛う顔が笑みで満たされる。

 綺麗な子と言われても特定は難しいが、内部進学に限れば予想するのは難しくない。


「へえ、それは気になるな。何て名前の子なんだ?」


 意図してとぼけた。俺と白菊さんは初対面でなければならない。一方的に知っているのは不自然だ。

 話に乗ってやったおかげで会話が続く。


「白菊さんって子。雪の妖精みたいなんだってさー」

「それはぜひ見てみたいな」

「だったら今見に行かない!?」


 土見さんが顔を輝かせる。これは一緒に見に行く相手を探してたパターンだ。俺も中学の頃は可愛い子見つけたら友人に声かけてたっけ。

 仕方ない、着いて行ってやるか。白菊さんの様子を見ておきたかったし。


 内履きに履き替えて、上階へ続く段差に足を掛ける。

 適当に談笑をつなぎながら目的の教室前にたどり着く。


 やはりというべきか、教室にはちょっとした人溜まりができていた。二か所できているのは気になるけど、今は白菊さんが優先だ。

 

 土見さんと教室をのぞき込む。


 雪の妖精。数分前に土見さんが告げた名称だけど、まさにそんな様相だった。中学生の時もその美しさに目を奪われたが、高校生になってからは制服が黒を帯びた分、白菊さん自身の白さがより際立って輝いているように見える。


 窓際の席にて、白い髪の少女が紙のページに視線を走らせる。日光が降り注ぐ中、静謐せいひつとページをめくる様は実に絵になる光景だ。男子だけでなく女子も感嘆の声を上げる。

 

 みんな白菊さんを気にしているのに、誰もが言葉をかけられない。結界にでも隔絶されているような構図ができあがっている。

 

 神秘的な美貌に気後れするのは分かる。それ以上に、俺には白菊さんが対話を拒否しているように見える。

 

 ページに視線を走らせる内は話しかけられない。妖怪が見えた時には席を立ち、お手洗いを言い訳にして走れば事は澄む。白菊さんなりの処世術なのは分かる。


 だけど俺が知っている白菊さんは、誰かと結びつくことを望む少女だった。日々妖怪の脅威に晒されながらも、妖怪の小雨とコンタクトを取るくらいにはつながりに飢えていた。


 俺が抱いていたその印象と、窓際で読書をする白菊さんの人物像が噛み合わない。俺には、白菊さんが人付き合いを拒絶しているように見えた。


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