第27話
孔雀院さんに続いて、俺も世界に存在を根付かせた。
これで準備は整った。四月になれば、俺と孔雀院さんは特待生として峯咲学園に入学する。それまでは隙を見て勉学に励み、高校生活に出遅れないように努める。
俺がいない間に、孔雀院さんは白菊さんにお別れを告げていたらしい。入学式を待たずに会いに行けばいいじゃないかと言ったけど、入学式の日に驚かせたいからその日までは合わないそうだ。
びっくり大作戦に理解は示した。しかし孔雀院さんはどこか色々と抜けている。今までは生霊だったことにした方がいいとアドバイスした。霊体でも白菊さんと仲良くやれていたんだ。学校で同級生として顔合わせした際には、より距離を詰めて仲睦まじくすることだろう。
俺は人の姿で街を歩く。何度も見た景観なのに妙な特別感がある。
変わったのは俺の心情の方だ。世界に存在が弾かれていた時とは違う。今は一つの個として地面を踏み鳴らしている。その実感が、俺に街並みを楽しむ余裕を与えているのだろう。
口角が浮き上がる。風を突っ切って歩を進め、一軒家の前で足を止める。魔法で鍵を開けて踏み入り、久々に母と対面する。作業的に一年前と同じ文言をぶつけて、病院で検査を受けるように促す。
玄関前で母を見送る。段差に足をかけて二階へと踏み出す。自室につながるドアを開放し、郷愁と寂寥感を胸に内装を
長年使用した部屋。約一年前に訪れた場所なのに、二度と訪れることはないと思うと妙に名残惜しい。
本来ならここで勉強をして、試験に臨み、高校生活に必要な教科書やノートを並べるはずだった。
それももう叶わない。本当の意味での『猫田餅成』は一人だけだ。
そしてそれは俺じゃない。同姓同名でも全く別の人間だ。
これからは新たな個人として生きていく。母や妹と親し気に言葉を交わすこともない。母の職場に休みの電話を入れて、ぼーっと部屋の光景を眺める。
靴音が近付く。この時間軸の猫田餅成だ。この前はドッペルゲンガーと勘違いして一階に逃げて行ったけど、今日は伝えたいことがある。逃がさないようにタイミングを見計らう。
ドアが開き、廊下から制服姿の俺が顔を出す。
俺は魔法で相手の足首を固定した。例のごとく、中学生の俺がドッペルゲンガーを叫んで走り去ろうとする。足首が動かないことを悟って目を見開く。
「う、動けない!? 何で⁉」
「逃げるなよ。話がある」
話と言っても、今置かれている状況を言葉にして叩き付けるだけだ。
魔法の原理を一から説明してやる義理もない。俺は淡々と伝えるべきことを口にする。
母が頭の病気で倒れる予定だったこと、俺が検査に行かせたから、その心配はなくなったこと。母はしばらく入院するから、妹との二人暮らしに備えておいた方がいいことを手短に伝えた。
中学生の俺はきょとんとしている。
気持ちが分かるだけに、俺の頬も苦々しく引き吊った。
「別に信じなくてもいいぞ。今日以降俺とお前が会うことはないんだ。こんな特殊な現象に立ち会うのもこれで最後だろう」
事実、俺は社会人になっても幽霊や妖怪に会わなかった。アパートの地下室にある扉も、戻ってから封印の処置を施した。中学生の俺がグランアースの地を踏むことはない。
中学生の俺が口を開く。
「正直、お前の話は半信半疑だよ。信じろって言われてもすぐには納得できない。でも、本当にお前が未来の俺なんだとしたら、これだけは言っておく。母さんを助けてくれてありがとう」
言葉が出ない。自分にお礼を言われるのは不思議な気分だった。
俺が母の世話になることはもうないけど、正面にいる中学生の俺はこれからも母の世話になる。そう考えるとあながち間違った行動でもないのか。
妙なこそばゆさが込み上げる。元々は自分のための時間遡行だ。狙ってこの状況を作ったわけじゃない。
俺は小さく息を突いて口を開く。
「どういたしまして。ここから先、俺は猫田家に干渉しない。誰が病気や事故に遭ってもだ。もうやり直しは効かない。しっかりやれよ」
「ああ、任せろ」
大真面目な顔で断言された。何の力もないくせに、何故か自信にあふれてたんだよなぁこの頃の俺。現実を知って転げ落ちていったのは実に物語じみていたが、この別個体はどんな一生を送るのだろう。
詮無きことか。
俺は俺、あいつはあいつ。誰かの人生に興味を持つだけ無駄だろう。
俺は背を向ける。
「じゃあ俺は行く。受験頑張れよ」
「ああ、絶対受かってやる」
宣誓を受けて、何とも言えないむずがゆさに襲われる。
突発的に格好付けたくなった。窓ガラスのカギを回して部屋に風を招き入れ、魔法で体を三つ脚のカラスに変化させる。
さて、白菊さんと小雨を助けに行くとするか。
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