第26話
「じゃあ、始めるぞ」
「……はい」
孔雀院さんが口を引き結んで前に出る。
夜のトバリが下りた公園の地面で、描かれた陣が鈍く光る。一つ一つの文字が意味をなし、意図的に配置した文字が中心へ続く道を
すらっとした脚が前に出る。その靴裏が踏みしめるのは土の地面なのに、一瞬レッドカーペットの上を歩く女優を想起した。腐っても元お嬢様なのだと否応なしに突きつけられた気分だ。
均整の取れた体が中央の円で立ち止まり、身をひるがえす。
「魔法陣を起動したら、術が終わるまで外には出れない。本当にいいんだな?」
「ええ。二言はありません」
緊張で硬くなった表情に不敵な笑みが浮かぶ。
無理をしているようには見えない。俺は陣に人差し指を当てて魔力を注ぎ込む。
「言っておくけどかなり不快だぞ。逃げたくなるだろうけど踏みとどまれ」
「逃げませんわよ。もし陣の外に出たら祓ってくれて結構ですわ」
祓うも何も、失敗したら術の対象は消滅する。俺の手で祓う暇もない。
無駄に怖がらせることもない。これは黙っておこう。
「行くぞ」
「いつでもよろしいですわ」
俺は人差し指を通して魔力を注ぐ。
陣が儚い光を帯びて夜闇を暴く。
「あ、ああああああああああああああああああああああっ⁉」
俺が陣から距離を取る中、孔雀院さんの絶叫が響き渡る。
孔雀院さんは幽霊。普通の人間には何も聞こえない。放って置いても野次馬が駆け付ける心配はないが、動くのは外野だけじゃない。
「何かが、わたくしの中に、入って……っ」
大きな目が見開かれる。滴が頬を伝い、桜色のくちびるがもぞもぞと動く。生の属性が流れ込む感覚のことを言っているに違いない。
今の孔雀院さんを模るのは霊体。その大半は死の属性で占められる。
生と死は相反する属性だ。本来それらは相いれない。術式で反発を抑えてはいるけど、体の内側で何かが暴れくるうのはさぞ不快な感覚だろう。
整った顔立ちが
きっと無意識なのだろう。体が苦しみから逃れようと、脳の指令を無視している。
俺は深く空気を吸い込む。
「しっかりしろ! 今の孔雀院さんの体は、生と死の属性が混ざっている状態だ! 外に出たら二属性の反発に巻き込まれて内側から弾け飛ぶぞ! 青春をやり直したいんだろう!?」
孔雀院さんの歩みが止まる。自らを抱く指が腕に食い込み、まぶたにぎゅっと力がこもる。靴裏が擦り跡を辿り、陣の中央に戻っていく。
孔雀院さんの足元から噴き上がる風が収まった。なびいていた金色の髪が緩やかに肩に垂れる。
俺は陣の中央に走る。力なく傾く華奢な体を受け止めた。
胸元でふっと吐息がもれる。
「終わり、ましたの?」
「ああ、終わった。成功したよ」
手の平で小さな頭をぽんぽんとする。手の平から伝わる感触も、胸の内に感じる体温も、全部霊体ではあり得ないものだ。孔雀院さんの存在は、間違いなくこの世界に根付いている。
孔雀院さんの体がぶるっと震える。
「わたくし、頑張りました……」
「ああ。頑張ったな」
「これで、青春をやり直せるんですよね?」
「やり直せるよ。孔雀院さんがそれを望むのなら」
「う、ううっ……」
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