第20話
友人が欲しい?
友人ってあれか? 教室で談笑したり、一緒にお昼ご飯を食べたり、休みの日には街を出歩いて楽しい時間を過ごすあの関係のことか?
そんな健気なことを言ったのか? あの高慢ちきな高飛車女が? 散々無視されても最後まで変わらなかったこの元悪霊が?
俺が呆然とする間、少女が人差し指の先をつんつんと突き合わせる。自身が可笑しな発言をしたことに気付いているのか、白い頬を赤らめて自身の指先を凝視する。
「あー、お前正気か?」
「正気です」
「じゃあ頭を打ったんだな。そうじゃなきゃあり得ん」
「あなたがあり得ませんわ。何なんですの? お友達を欲しがってる人にあり得んって」
「いいか? 人には向き不向きがあるんだ。友達を作るなんて諦めろ」
「ひどいですわっ⁉」
少女が目を見開いて声を張り上げた。ぺちゃくちゃと何やらよく分からないことをまくし立てる。
どうやら冗談で言っているわけじゃないみたいだ。一時期は俺から離れてどこまで行けるか試していたみたいだし、その時にでもすっ転んで頭を打ったに違いない。壁を透過できる霊体でどうやって頭を打ったのかは非常に気になるけど、そこはひとまず置いておこう。
しかし少女の望みは非常にハードルが高い。何せ一度死んでもこの傲慢っぷりだ。バカは死んでも直らないと言うけど、まさか本当のことだったとは。
「そもそも何で友達が欲しいんだ? もう幽霊なんだし、友達ができたって仕方ないだろ。もしかして憑りつく先を探してるのか?」
「違います!」
「信じられないな。君に記憶が無くても、こっちはお前が荒ぶってたところを目の当たりにしているんだ。クラスメイトに横暴を働いていた過去も見た。俺がいぶかしむのは分かるよな?」
少女が口をつぐむ。屋根に視線を落とし、花火みたいにうるさかった表情を陰らせる。しゅんとした空気が憐れみを誘う。
何をとち狂ったのか、言の葉が俺の口を突く。
「協力してほしいなら正直に理由を話せ。内容次第では手を貸してやってもいい」
細い指がぎゅっと丸みを帯びる。
引き結ばれていた口がゆっくりと開く。
「わたくし、お爺様が倒れてから居場所を失いましたの。取り巻きも、仲良くしていたお友達も、全員わたくしの前から去っていきました。家族や兄弟からも見捨てられて、何も無くなった時に気付きましたの。わたくしが自分の力で得たものなんて、実は何一つなかったんだって」
「だから友人を作って、自分にも作れるものがあると思いたいわけか」
言葉はない。頷きもない。
その沈黙を是と取って口を開く。
「論外だな。結局自分のことしか考えてないじゃないか」
「返す言葉もありません。でも、このまま成仏するなんて嫌なんですの。だって、せっかく人として生まれたんですのよ? 誰かに好かれたいと考えることの何がおかしいんですの?」
別におかしくはない。俺だって、誰かに嫌われるよりは好かれた方がいい。
だけどあまりに虫のいい話だ。この少女はやったことで不幸になった学生もいる。周囲があおったり、取り巻きが暴走したケースも多々あったけど、眼前にいる少女が加害者であることに変わりはない。そもそも人が過去をやり直したいだなんて、そんなこと。
「……あ」
今さらながらに思い至った。
そうだ、俺は失われた青春を謳歌するためにここにいる。誰だって人生は一回だ。過去をやり直すことにおいて、俺は彼女を責められる立場にない。
少女の目的は誰かに好かれること。生前の高慢ちきな態度は取らない……とは思えないけど、少しは自重するはずだ。
「分かった、協力してやる」
少女が顔を上げる。大きな目を見開いてぱちくりさせる。
「今なんて……」
「協力するって言ったんだ。でも無期限じゃないぞ? 一週間だ。それだけ経っても友達を作れなかったら、無理と判断して成仏してもらう。それでいいな?」
「ええ……ええ、構いませんわ! お友達の一人や二人、わたくしなら余裕ですもの!」
少女が得意げに大きな胸を張る。
一度大失敗したくせに、何でそんなに自信満々なんだか。強い呆れの情が湧いてくるのに、どこか微笑ましくなってくるから不思議だ。
我ながらお人好しだとは思う。どれだけ可愛くても、うっとうしい奴はうっとうしい奴だ。被害者のことも考えれば、もう少し罰があってもいいくらいだろう。
それでも、過去をやり直したいという気持ちだけは痛いほどよく分かる。手伝ってやりたい。そう思ってしまう。
……断じて共犯が欲しくなったわけじゃないんだからねっ。
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