第19話

 神隠しに遭うはずだった女子生徒は救われた。神隠しの原因も俺が排除した。以後峯咲学園で生徒の存在が隠されることはない。


 後から耳にした話だけど、俺のことはちょっとした騒ぎになったようだ。仮面を付けた少年が突如として音楽室に現れ、その少年がいた階層の窓からカラスが飛び出した。足を運んでみると、黒い人型や少年は影も形もなかった。


 廊下の窓は開けっぱなし。普通に考えれば、空いた窓からカラスが出入りしたと思い込む状況だ。


 峯咲学園中等部では、八咫烏やたがらすが悪霊を祓うために顕現したとうわさが流れた。俺のミスだ。長い間カラスを見ていなかったから、変化の際に脚が三本になったことに違和感を覚えなかった。


 想定外ではあったけど、話自体は実にばかばかしい内容だ。信じる奴なんてそうそういないだろうし、時間が立てば忘れられる。一月もあれば新たな話題で盛り上がることだろう。


 俺は早速白菊さんと接触した。存分に体をもふもふされた代償に衣食住を得た。


 白菊さんの留守を利用して、俺はデータの解析に入った。峯咲学園の校舎で得たデータの塊を『解析アナライズ』の魔法でひも解く。


 現象は多くの要素で成り立っている。一つ一つ分析して解を出す手法では多大な時間がかかる。


 解析アナライズを使えば、要する時間を大幅に短縮できる。疑似的に脳を生み出し、並列演算して莫大な情報を処理する。新魔法の開発に明け暮れていた頃、効率を求めて俺が生み出した魔法だ。


 解析するのは、対象となった人間の存在を一年間消失させる術式。世界に存在を付加する術式とは真逆だ。一度原理を解き明かすことで世界に干渉する手法を確立し、一から世界に存在を根付かせる手法を構築しなければならない。


 俺ならできる。青春をやり直すと決めたのだから、できると思い込んで手と頭を動かすのみだ。

 

 ツンデレばばあこと小雨にも合流した。

 二度目の時間遡行を行う前は、白菊さんと小雨は公園で仲直りをした。少し感動したけど、頑固な小雨は白菊さんの前から行方をくらませてしまった。

 

 最悪ではないけど最善でもない結末だ。改善できるならそれに越したことはない。


 そんなわけで、俺は小雨をたきつけることにした。通りすがりに声をかけただけだからどうなるかと思ったけど、小雨は見事に釣られてくれた。例のごとく弱い妖怪を追い払いながら窓ガラスをバンバン叩き、白菊さんの無事を確かめに来た。


 そこは俺。事前に白菊さんを起こしてスタンバイさせておいた。彼女が小雨にずっと謝りたがっていたことは、時間を巻き戻す前の公園で知った。


 白菊さんが起きているとは思わなかったのだろう。目を見開いた小雨の顔は傑作だった。仲直りするかと思いきや身をひるがえしたものだから、逃げようとした巨体に金縛りを掛けてやった。


 さすがの頑固妖怪も白菊さんの涙には弱かったが、それでも人と妖怪は関わるべきではないという姿勢を崩さない。もう面倒くさくなって、俺がいるからどっか行けシッシッと言ってやった。


 キレられた。ブタ猫呼ばわりされた挙句に、お前には任せられんと言葉を残して去っていった。

 

 発言からして、白菊さんと距離を置くことは考え直したのだろう。それが勢いで出てしまった言葉だとしても、あの頑固ばばあが一度出した言葉を引っ込めるとは思えない。

 目的を達成できたからよし! 俺をブタ呼ばわりした件については、いつか責任を取らせてやろう。


 ここまでは想定通り。

 予想外は別の方向からやってきた。


「ちょっと! わたくしの話を聞いてるんですの!?」

「うるさい! お前ちょっと我がまま過ぎるぞ!」


 騒々しさに耐え兼ねてにらみつける。


 緩やかにカールが掛かった金色の髪。覇気のある大きな目に蒼穹のごとき青の瞳。プロポーションこそいいものの、不自然にぷかぷか浮いている様はどう見ても霊体だ。


 俺は深く嘆息する。


「なあ、大事なことを聞きたい」

「何ですの?」

「いつまでここにいるの?」

「何ですのその物言い! まるで、わたくしがここにいたら迷惑と言っているように聞こえますわよ⁉」

「迷惑だって言ってるんだよ俺は!」


 自然に拳に力がこもる。

 

 白菊さんとは別ベクトルで綺麗な少女だけど、言葉を鈍器のごとく叩き付けてくるからプラス要素が余すことなく打ち消される。創作じみたお嬢様口調も、床に落としたシンバルのように騒々しい。


 何より腹に据えかねるのは、この事態を招いたのが俺の落ち度だということだ。


 黒い人影を祓う際、俺は以後のことを考えて魔力を温存した。モアイ頭相手なら二体ほふっても余りあるくらいの威力はあったはずなのに、ですわ系少女の霊力と思念が想像を超えて強かったせいで霊魂が残った。


 また祓おうにも、眼前に浮く少女には悪霊に堕ちていた頃の記憶が欠けている。

 小うるさいだけの未熟な少女。俺以外の誰かに迷惑をかけているわけでもない。魔力をぶつけて完全消滅させることはためらわれる。


 最初は綺麗に無視できていた。見えてない聞こえてないふうを装って過ごしていたのに、ふとした拍子に反応してしまった。以来こうして付きまとわれて今に至る。


「もう直接聞くけどさ、何で成仏しないの?」

「何故わたくしが成仏しなきゃいけないんですの?」

「亡くなってるからだよ。至極真っ当な理屈だろ」


 霊体になれば宙に浮いて移動できるが、代わりにできなくなることは山ほどある。


 人間はできることが増えるよりも、できていたことができなくなることに大きなストレスを受ける。そこそこマシだった霊が、何かをこじらせて悪霊に堕ちるケースはグランアースで見飽きている。


 特に今わめいている女の子は、生前から色んなものをこじらせていた。そこら辺に放置すれば、悪霊堕ちRTAが始まること請け合いだ。目を話すならきっちり成仏させないと危なっかしくて仕方ない。


「成仏しないってことは、何か心残りがあるんだろ? 協力してやるから言ってみろ」

「どうしてあなたに話さないといけないんですの?」

「俺に聞いてほしいから、お前はこうして付きまとってるんだろ?」


 少女が腕を組んでそっぽを向く。


「違います! あなたが一番近いから話しかけてあげてるだけです」

「嘘付け。俺以外には見えないから付きまとってるだけじゃないか」

「そ、そんなことありませんわ! あなたなんていなくても大して影響はありません!」

「そうか、分かった。じゃあ俺から離れることにするよ。じゃあな」

「え? ちょ、待って!」

 

 背中を向けるなり声が張り上げられた。俺は踏み出した足を止めて振り向く。


「……ませんの?」


 視線で言葉を促すこと数秒。桜色のくちびるから問いかけがもれた。


「声が小さくて聞こえないぞ」

「だから! その、笑いませんの?」

「ああ。笑わないよ」

 

 正直もう疲れた。うるさいのがくっついてくるから分析が進まないし、元が悪霊だから無防備な背中も見せられない。この状況から解放されるなら、一日中くすぐられると言われても耐えてみせる。


 少女が指をもじもじさせる。


「じゃ、じゃあ、言いますわよ?」

「ああ。どんと来い」

「その、お友達が欲しいんですの」

「……は?」


 素っ頓狂な声が俺の口を突いた。

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