第14話

「それで、何でお前はまだこの街にいるんだ?」


 俺はアパートの屋根の上で横目を振る。

 隣にはでかい妖怪が屋根に座している。横目を振った先にはでかい頭。頭頂からは乾いたワカメのような髪が垂れている。


「あんなに感動的な別れ方しておいて、まだ白菊さんに未練があるのか?」

「未練などない。次の目的地が決まるまで、ここに腰を落ち着けるだけだ」

「本当か?」


 この手の奴って、大体心にもないこと言うからなぁ。

 

 この妖怪は口こそ悪いけど、何だかんだ白菊さんを気に掛けていた節がある。万が一にも彼女を襲うことはないだろう。これからも陰ながら、白菊さんのために弱い妖怪を散らし続けるに違いない。


「それに、まだあんたがここに居る理由を聞いてないからね」


 大きな目にギョロリと見据えられた。


「疑われたものだな」

「疑うなって方が無理だね。それだけの力、一体どこで手に入れたんだか。どうせ、あのモアイを追い払ったのはあんたなんだろう?」

「どうしてそう思う?」

「他に誰が追い払うって言うんだ。もし祓ったのが祓い屋なら、ワタシはここにはいないはずさ」


 そりゃそうだ。小雨は気を失っていたし、白菊さんにその道のプロを止められるとは思えない。

 残された可能性は他の妖怪が助けた線だけど、小雨と白菊さんは仲がいい。問いかければそうじゃないのはすぐに分かる。


「正解だよ。モアイ頭を祓ったのは俺だ。俺には居場所がなくてな、今白菊さんに死なれると困るんだ」

「そんな力があって居場所がないだって? 冗談だろう」

「冗談だったらどんなによかったか。色々あって時間を戻したんだけどさ、自宅に戻ったら俺がいたんだよ。力を得た代わりに、俺は住み家も名前も失ったわけさ。世界に存在を根付かせる方法を知ってる奴がいたら教えてほしいね」

 

 そんな人いるわけないけど。告げて自嘲混じりに肩をすくめる。

 感想がない。振り向くと、小雨が呆気あっけに取られていた。


「……念のために聞くけど、今のは冗談かい?」

「俺が冗談を言ったように聞こえたか?」


 小雨が口をつぐむ。

 思い返したように大きな口が開く。


「存在を根付かせる方法は知らんが、消失させる現象なら聞いたことがあるぞ」

「本当か!?」

 

 俺は思わず身を乗り出す。

 小雨が反射的に身を反らした。

 

「おわっ⁉ 何だ急に! 大きな声を出しおって!」

「あ、悪い」


 ひとまず謝る。

 でも貴重な手掛かりだ、食い付くなと言う方が無理がある。そんな重要な話を前触れもなく口にする方が悪いんだ。


「その話詳しく聞かせてくれ」

「ワタシとて耳にしただけだ。あまり詳しいことは話せんぞ」

「それでもだ」

「いいだろう、ならば聞かせてやる。出所はあの子の学校だよ」

「白菊さんの学校ってことは、峯咲学園か」

「ああ。あの子と同じ制服を着た生徒がうわさを口にしていた。何でも生徒が神隠しに遭うそうだ」

「神隠しか。確かに消える方だな、それは」


 俺が知りたいのは、俺の存在を世界に根付かせる手法だ。神隠しは対象を行方不明にする現象。一見すれば真逆の作用に思える。


 しかしながら、神隠しは何らかの原理によって引き起こされている。それが物理現象だろうが超常的事象だろうが関係ない。

 

 人の目で観測できる現象。それが何度も起きている。

 であれば、そこには明確なルールがあってしかるべきだ。ひも解いて応用すれば、真逆の現象を作り出せるかもしれない。


「……ん?」


 視界にうようよしたものが見えた。


 妖怪だ。まんじゅうに目玉を埋め込んだような物体が近付いてくる。それが見ているのは俺達の足元。白菊さんの部屋がある。狙いは白菊さんと見て間違いない。


「あいつらは、白菊さんが登校してることを知らないのか?」

「ああ。大半の妖怪がそうだね」

「何で知らないの?」

「あんたは、自分のご飯がどこで取られてるか知ってるのかい?」

「なるほど。それはいい例えだな」


 答えは一つだ。そんなこといちいち気にしない。


 口にした食べ物が美味しかった時、包装を見て店や産地を知ろうと思ったことはある。


 だけど産地が記されてなかった場合に、スマートフォンの画面をタップして産地を調べたことはない。包装に書いてあるケースでも、都道府県のどの地域で作られているかまでは調べない。

 

 野菜の収穫時期なんか知らない。家畜がどんな生き方をしているかなんてどうでもいい。妖怪から見た白菊さんはそんな感じのエサなのだろう。

 

「やれやれ、落ち着いて話もできやしないね」


 小雨が腰を上げて屋根を下りる。雑魚妖怪の悲鳴が空間に伝播した。

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