第11話

「小雨ッ! 何故人の子を守る!?」


 日が落ちかけた公園に怒号が響き渡った。


 小雨。

 私はその名前を知っている。蓋を切ったように郷愁と罪悪感があふれ出す。


「守ってなんかいないさ。あんたが目障りだから邪魔をしただけだよ」


 平淡の声が続く。

 森羅万象に興味がなさそうな声色だけど、視線はモアイ頭をにらんでいる。明確な敵意が見て取れる。

 

 モアイ頭が鼻を鳴らす。


「なるほど、そうだったか。雑魚どもが騒いでいたから何かと思っていたが、連中が寄り付かないようにしていたのは貴様だな?」

「さあ? 何のことだか分からないねぇ」


 この挑発するような喋り方も聞き覚えがある。

 

 間違いない。過去言葉を交わしたことのある妖怪さんだ。当時感情に任せて突き放してしまったのに、ずっと私を守っていてくれたんだ。胸の内に温かいものが込み上げる。


 モアイ頭の口が弧を描く。


「そうか、分かったぞ。そうやって油断させてから、一人で小娘をいただく気だな?」

「あんたと一緒にするんじゃないよデカブツ」

「他にその娘を守る理由がどこにある? ろくに抵抗もしない半妖など特級のエサだぞ? 最高だ、食らうしかあるまい」

「あんたにはもったいないエサさ。そこら辺の雑魚でも食って満足してな」


 モアイ頭が不愉快そうに表情を歪める。


「どうしても私の邪魔をする気か。いいだろう、ならば押し通るまでだ!」


 モアイ頭が一直線に飛び立つ。


 小雨が迎え撃った。両の手の平をぶつけて押し合う。

 少しずつ小雨を押されていく。体の大きさは同じでも、腕力には差があるらしい。


「むンッ!」


 小雨の巨体が投げ飛ばされた。大きな体が地面を転がって砂煙を上げる。大きな指が土をむんずとつかみ、地面を抉って軌跡を描く。


 体に掛かった慣性が止まったのもつかの間。薄暗い空間が光に暴かれた。小雨の体が再度吹き飛ばされ、今度は地に伏して動かなくなった。


「小雨!」


 駆け寄ろうとして踏みとどまる。

 モアイ頭が私を見てニヤついた。


「もう邪魔をする者はいないぞ。これで貴様はオレのものだァッ!」


 モアイ頭が飛来する。

 逃げる時間はない。私はまぶたをぎゅっと閉じて衝撃に備える。




……あれ。


 いつまでたっても、来たるべき衝撃が来ない。


 私はそっとまぶたを開ける。

 モアイ頭が間近で硬直していた。


「なん、だ? 動けん!?」

「――全く、何かと思って来てみれば。お前は本当に懲りないな」


 後方で砂を擦る音が鳴る。


 振り向いた先に人影があった。声から察するに男性だとは思うけど、顔は仮面で隠れているから分からない。背丈から察するに私と年は近そうだ。


「き、さま、誰だ?」

「誰だろうな? もしかすると丸っこくてラブリーな猫かもしれない」

「は? 貴様何を言って……」


 モアイ頭がうかがうように目を細める。

 数拍置いて目を見開いた。


「まさか、貴様は!?」

「俺言ったよな? 次は跡形もなく消し飛ばすって」


 少年が体の前で両手をかざす。

 空気が張り詰めたように重苦しさを帯びる。

 

 公園の空気が微かに震える。大気が怯えているかのようだ。おぞましい何かを感じて鳥肌が立つ。


「ひ、ひいいいいいいいいいいっ!?」


 モアイ頭が身を翻した。情けない悲鳴を上げながら公園の出口を目指す。


 薄暗い公園の景観が暴かれる。


 先程見た光よりもさらに暴力的な輝きだ。放射状のそれが小さくなる背中を呑み込み、暴風が公園の草木ごと私の髪をかき上げる。


 公園に薄暗さが戻った頃には、モアイ頭が公園の景観から消え失せていた。


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