第9話
俺は日が落ちる前に校舎の敷地を出た。塀の上に飛び乗って通学路を逆走し、アパートのベランダを介して部屋に踏み入る。
今日一日で色々なことが分かった。白菊さんは学校で孤立している。彼女の振る舞いに問題は見られない。おそらく原因は見えることによる弊害だ。
妖怪を視界に収めながら見えない振りをするのも限界がある。その段階はとうに過ぎているに違いない。白菊さんが無視を決め込んでも、妖怪は彼女をエサと認識している。見えない振りをするのは自殺行為だ。
現状を打破する策は見えない。
一方で突破口は見つけた。まぶたを開けて、洞窟じみた小屋内で体を起こす。暗い部屋の床に脚裏を付けて白菊さんに視線を振る。耳もすませて安らかな寝息を確認し、足音を殺しつつ窓際に向かう。
魔法で触れることなく鍵を開ける。ベランダに出てからもう一度鍵を閉め、魔法で体を透明にしようと試みる。
透明になった時、探そうと思っていた相手が視界に入った。俺はベランダから飛び降りて塀の上に足裏を付ける。
「おい、そこのワカメ頭」
でかい頭がハッとして周りを見渡す。透明になる魔法は妖怪にも効くらしい。
術を解く。
ただでさえでかい目が見開かれた。
「おわっ⁉ お前どこから現れた!? 面妖な!」
「妖怪が何言ってんだか。お前に聞きたいことがある」
「答える義理はないが、言ってみろ」
どっちなんだ。
敢えて言葉にはしない。俺は大人だから。
「妖怪、お前はあの子が学校でどんなふうに過ごしているか知ってたのか?」
「知っていたとも」
「何故言わなかった」
「ワタシの話を聞かなかったのはお前だろうが」
そだっけ?
思い返すとそんな気がしなくもない。頭でかいところがモアイヘッドに似てるから、悪い奴と決めつけてさっさと追い払うことしか頭になかった。
俺はこほんと咳払いする。
「それは悪かった。でも学校での様子を知ってるってことは、校舎に行ったことがあるんだよな? どうして学校で襲わないんだ」
「教える義理はない」
冷たい声色で突き放された。分かっていたけど好かれてはいないようだ。
でも立ち位置は見えてきた。こいつは他の妖怪と違って白菊さんを襲わない。むしろ心配している節も見られる。完全に信用するわけじゃないけど、状況の理解を深めるには都合が良い相手だ。
「そういえば名前を聞いてなかったな。妖怪にも名はあるのか?」
「
「小雨だな。俺は猫田餅成。小雨は室内に貼られた札のことは知っているか?」
「知っているさ。我らの侵入を妨げているやつだ」
「白菊さんがあの札をどこで入手したか知っているか?」
「正確なことは知らないが、独学で調べたのではないか?」
「それならどうして持ち歩かないんだ? 妖怪が近付けないならずっと所持していればいいのに」
「知らん。以前は持ち歩いていたみたいだが、いつからか持ち歩かなくなった」
「まあ、持ったら持ったらでトラブルの種になるか」
俺でもお札からは異様なものを感じる。あれよりさらに効力の強い物となれば、近くに寄るだけで相当な不快感を覚えるはずだ。そのことで、本来すれ違って終わるはずだった妖怪に目を付けられる可能性は否定できない。
「たぶん、それだけではないのだろうがな」
小雨のつぶやきに眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
小雨が大きなまぶたを下げる。
「いや、何でもない」
「気になるだろう。教えてくれよ」
「誰が教えるものか。独り暮らしの少女の部屋に居付くブタ猫など、怪しすぎて信頼には値せん」
「またブタ猫って言ったなお前!」
抗議の声がでかい後頭部に受け止められた。
巨体が振り向くことなく飛び立つ。背中が見る見るうちに小さくなり、夜の街に同化した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます