第2話 〜救出〜

 世一は上の階に続く様にして崩れ落ちた天井をよじ登った。



 ネカフェの上にある店は『龍福亭』という中華料理店で、居酒屋の年末の打ち上げは中華料理が好物の店主の提案で、毎年ここでやっていた。



 いつもならドタバタと店員が駆け回り、下の階で寝泊まりしてる身からすると、少々煩わしく思えるほどであるが、あの騒々しさが変に恋しく感じる。



「うわぁ、ここも酷い荒れ様だな…」



 そう思わず呟くほどに崩れた店内はネカフェと同様所々天井が落ちており、ターンテーブル等が横倒しになり、料理の品々が床にぶちまけられており、仕切りが崩れ客席にもたれかかる様にして倒れていた。



 そして下の階へと続く様に開いた穴がチラホラと点在しており、その穴からネカフェを覗くと、丁度A-9の札が付いた扉を見下ろせる位置であった。



「A-9さん大丈夫ですか?」


「あっ…はい!大丈夫です!すいません、扉に何かつっかえてて出られなくなっていて…どうか助け出してくれませんか?」


「天井が崩れててつっかえちゃってるぽいですね、その部屋の壁の上に隙間とかありませんか?」


「あるにはあるんですよ…ただ、天井が崩れ掛かってるせいか人が通れる様な隙間は無いです」


「分かりました、少し待っていてください!」



 A-9さんがいる部屋の天井部分を見てみると、丁度調理場で大きな業務用の冷蔵庫が倒れ込んでいた。



 多分その衝撃で天井が下がっているのだろうと考えた世一は、おもむろに冷蔵庫を持ち上げようとするがもちろんびくともせず、テコでも動かなそうだったので途方に暮れる世一だが、ここまで来て諦めるのも夢見が悪いので、別の方向から救助する事にした。



 その作戦とは単純なものであり、隣の扉が瓦礫で塞がれてないA-10に入り、壁を壊して救出するというお粗末なものであったが、ネカフェの壁は某賃貸アパート並みの壁の薄さで、隣の人が着けているヘッドホンから漏れ出る僅かな音でさえ聞こえて来るほどであり。



過去に隣の部屋に住んでた人の出す騒音に耐えかねた客が、壁ドンをしたところ壁に穴が開いてしまった事件があったと、このネカフェに泊まる時に説明としてちょろっと聞いたのを思い出した。



 そして肝心の壊す為に用いる道具を、店内から探し出す必要があった。



 店内を見回してみるが使えそうな道具は無く、唯一壁を壊せそうな物は中華包丁の他には見当たらなかった。



 過去の事件を思い出して、もしかしたらあの壁ぐらいなら中華包丁でも行けるかもしれないと考え、A-10へ入ろうとするが鍵が開いておらず、またもやマンモス印の水筒が活躍した、流石に何度も叩き付けているとマンモス印とはいえど少し凹んでしまった。



 そして鍵が掛かっていたので、警戒しながら部屋の中に入ったが、中には人も死体も無く安心した。



「少し壁から離れててください!」


「え?えぇ…」



 返事を聞き、思い切り壁に向かって中華包丁を袈裟斬りの要領で切りつけた、が壁紙がビリっと破れ剥がれるだけで、壁が壊れる気配など微塵もしなかった。



「すいません…上の階の飲食店にある調理器具の中で、一番壊せそうだったんですよ中華包丁……」


「いえいえ、助けてくれようとしてるのは分かっていますよ!ただ、調理器具路線で行くなら包丁ではなく例えば…肉叩きとかは無かったですか?あれとかハンマーぽくてザ鈍器的なノリで壊せるんじゃ?」


「肉叩き…あぁ!肉を柔らかくする為に使うアレですね!確かにザ鈍器って形してますもんね」


「そうです!アレです!」



 肉叩きであれば、確実に壁を壊せるであろうと謎の自信が湧いてきた世一は、再度中華料理店に行く為に瓦礫をよじ登った。



 調理場に着くや否や肉叩きを探すがやはり見当たらず、先程も探した通りあの中華包丁以外に使えそうなものは無い。



 そして世一は昔この飲食店に訪れた際に店主が道具を置いておく、自分専用の部屋を設けたと自慢してたのを思い出した。



 この飲食店の店主は大の料理好きで、様々な料理を作る為に多種多様な道具を買い揃え、調理器具に目が無い為、金使いが荒くいつも奥さんに怒られると、苦笑いしながら話してたのを覚えていた。



 そのくせ中華全般に特化し振る舞う料理店をこの雑居ビルに構えている、総合的な料理店を開けば良いのにと、少し不思議な部分である。



 早速その部屋らしきものを見つけた世一は中に入る、幸いにも鍵はかかっておらず中はこじんまりとした倉庫みたくなっており、色々な調理器具が並んでいたが、所々に空白が存在した。



 きっとあの店主がこの事態が起きた際に、使えそうな物を粗方持って行ったのだろうと思った世一は、目的の物を探す為に目を凝らす。



 探すこと数分、災害のせいか棚が倒れたりしており中々探すのに苦労したが、やっとの思いで見つけた。



 それは小さく心許無い物だったが、こんな物でも少なくとも希望は確かにあった。



 部屋に戻り再度声を掛けそれを壁の隅に向かって打ち付ける、ゴツっという音ともに壁が少し凹む、何度か集中的に打ち付けるうちに壁が削れていき、遂にはガラガラと音を立てて壁が何とか一人通れる程度には穴が開いた。



 そして部屋の中から、世一よりも少し低い背丈の黒髪セミロングの女の子が這い出てきた。



 ちなみに世一の身長は165cmくらいである。

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