第42話 【閑話】 限界突破♡

この水の中はとても気持ちよく、仲間もいっぱいいる。


この世界はとても心地がいい・・・。


と、快適な暮らしをしていたある夏の夜。


沢山の仲間たちと一緒にとても賑やかな場所に連れていかれた。


いつもいる場所よりもはるかに浅く仲間との距離も近い。


みっちみちだ。


ギャンギャン鳴り響く音楽、太鼓の音、きゃっきゃきゃっきゃと楽しそうな笑い声。


周りには色んな匂いがして沢山の人が集まっている。


そして、突如として、白い丸いものが迫ってくる。


白い丸いものとの追いかけっこか!


仲間たちも追いかけっこで逃げ通すやつらもいれば、果敢に白い丸いものに挑み、白い丸いものをぶち破ったりするやつらもいた。


そんな仲間たちを見ながら、泳ぐ水の中。


白い丸いものを動かしているのは楽しそうな笑い声の主たち。


時々たった一個の白い丸いもので、仲間たちを沢山連れて帰る猛者もいる。


「お?できるな!この人」


それに比べて何個もビリビリにして挑んでくる子もいる。


追いかけられる一番人気は大きな仲間。


「四方八方から追いかけられても、破ってやればこっちの勝ちさ」と余裕綽々の様子。


まぁ、そこそこ重いやつらだからね。


身軽でここで今日一番多い我々はすばしっこい動きで追いかけっこを楽しんでいた。


何度も挑むが誰も連れて帰れなさそうな子にサービスとして僕はプレゼントされた。


仲間たちも小さな子供たちにプレゼントされて連れて帰ってもらったみたいだ。


産まれた水の中よりも、今日みっちみちで浅い水の中よりも、はるかに狭い水の中。


ゆらゆらと揺れる水の中。


賑やかな音や提灯の赤い光からゆっくりとゆっくりと揺れながら離れていく暗く静かなその先へと進む水の中。


まぁまぁ長い時間揺られながら、到着した新しい我が家そして家族。


僕の部屋がまだないから今日はとりあえず収まるだけの寝場所を用意してもらった。


翌日、母親に買ってもらった水槽に酸素や沢山のビー玉や水草たちに一日置いた水をたっぷり入れて僕の快適な居場所を作ってくれた。


子供部屋に置かれた僕の城。


昼間は働き者の元気な赤ん坊と母親が居るようだけど、子供部屋には誰もいない。


窓から差し込む日の光は朝の数時間だけ。


あとは暗いこの部屋。


夕方には少しまた赤い光が差し込むがほんの少しでしかない。


その頃には僕の城のある部屋にも白い明りが付く。


母親が産まれて間もない赤ん坊に手がかかるため、


子供部屋で一人勉強を頑張っている後ろ姿を見ながら、あることに気づく・・・。


あれは・・・机に向かいながら、床に答えを置いて書き写しているだけだな・・・。


こらこら、それは勉強というよりも写経に近いものがあるよ。


どうやら、宿題とは別の学習教材を使って勉強をするようにと一日一ページを任務として与えられているらしいが、勉強の仕方がどうやら分からないまま、


学校では貧しい子というあだ名をつけられて泣いては、家に帰ってくると笑顔の仮面を被り、親には何も言えないまま部屋で勉強をする・・・振りをしている。


僕はピチャ!っと水音を立てて振り向いてもらう。


すると、僕の音に気が付いて僕にごはんをくれる。


いつの間にかついた名前は「金ちゃん」だった。


惜しい!一文字違い!


他の仲間たちはどんな名前を貰ったんだろう?


それにしても、ネーミングセンス・・・うん、まぁうん。


ある昼間、その家の電話が鳴った・・・電話を取った母親は電話の相手に激高し、電話を切った。


そして、学校から帰ってきたばかりの我が子に何の前触れもなく


「あんたの父親は最低な人間よ、あんたなんか産まなきゃ良かった!」と怒鳴りつける。


またか。


それを聞くなり赤ん坊よりも泣きじゃくり子供部屋に帰ってくる。


僕はピチャ!と水音を立てて励まそうとする。


でも、泣きながら僕にごはんをくれる。


数日後、母親は謝ることはなく、代わりにウサギを買ってきて、自分の発言を誤魔化す。


ウサギと遊ぶ時間は僕の部屋には誰もいない。


それでも、夜には子供部屋で二人で一緒に眠る。


二人の時間が減るのはちょっと寂しかったけど、意外にもウサギはすぐに死んでしまったらしい。


僕も全く会話すらすることなく姿も見ることなく、子供部屋で聞く話の中でしかウサギの存在を知らなかった。


ウサギが死んでしまった夜は、「産まなきゃ良かった」と言われる日々よりも大粒の涙を流して僕に泣きつく。


僕は長く長く生きてやろうと心に決めた。


水槽の水は定期的に交換されて、ごはんはたっぷりと貰った。


答えを見ながらの写経は相変わらずで、学校では外見だけで貧乏な子だといつまでもいじめられているらしい。


写経の成果は当然出ず、テストの度に母親にものすごく怒られてはその度に例の言葉を必ず言われる。


例の言葉を言った後の母親は、洋服を今度は買ってきて罪悪感を誤魔化す。


数年の月日が経ち、その間、誤魔化すための贈り物は山のように子供部屋を埋め尽くした。


赤ん坊は幼稚園に通い始め、昼間は誰もいなくなった。


赤ん坊はおやつの時間には母親と帰ってくる。


母親は赤ん坊いや、もう赤ん坊ではなくなったか。


二人目の娘を、学校から帰ってきたばかりのお姉ちゃんに公園に遊びに連れて行くようにと指示を出し、日々子供たちだけで夕方まで外で遊ばせる。


ある日、妹を公園に連れて行ったら、滑り台でピンヒールを履いて自分の子供を滑らせている、一人の母親が後ろを見ることなく階段を下りて、なんと妹の顔にピンヒールが直撃してしまった。


お姉ちゃんとして階段から妹が落ちないように後ろにいたことを後悔しては、どうすればいいかわからず、そのピンヒールの母親は周りに大人が居ない事を確認するや否や己の子供を連れて走って逃げて行った。


血を流して泣いている妹を何とか家に連れて帰らないと!と思いながらもまだ小さいお姉ちゃん。


なんとか家に帰って母親に説明すると母親は妹の傷の手当をして、慌てていた。


父親になんて言われるか気にしていたのだ。


子供だけで遊ばせている事があまりいいことじゃない事は分かっているようだった。


母親は苦手だったのだ・・・公園デビューというものが。


他の子供の母親たちとの交流を持つことが苦手だったのだ。


昔からの長電話友達以外に友達はいなかった。


一度離婚をしている負い目はその頃は珍しい方で恥と感じているようだった。


僕はずっと家の中だから電話での会話は全部聞いている。


意外と水の中は音が聞こえるんだ。


だいたいは父親が夜遅くまで帰って来ないことの愚痴や連れ子である一人目の娘の出来の悪さなどを長電話友達としている。


何年もただただ夕方から夜はそんな感じだ。


だから公園には子供だけで行かせるし、二人目の娘がまだ赤ん坊の頃も泣き出した妹に一番に駆け付けるのはお姉ちゃんだった。


父親は娘がケガをしたことを聞くも心配をするだけで翌日病院に連れて行くようにと母親に伝え娘の頭を撫でる。


お姉ちゃんは泣いて「ごめんなさい」と言い続けるが撫でられることはない。


そして、また誤魔化しのためのハムスターを買ってきた母親。


その頃には何度例の言葉を言われても、最初のようには泣かず、僕は水槽いっぱいに大きくなっているのに比べて、産まれた時と同じように鶏ガラのような細さのままあまり食べていないようだった。


そして、ハムスターが寿命を迎えた日僕に話しかけた。


「ちょっとドライなこの小さな曾孫のことは、ああ、丁度良かった金魚さんお願いできますかしら?」


話しかけてサッサと居なくなったので返事はしていないけど、


僕は姫が産まれる前からずっと姫を思いつづけて、金魚の限界突破してでも傍に居続けているお兄ちゃんなんだからな!


二人目の娘には姫がちゃんと居るじゃないか。


姫が妹から離れる頃にはきっと誰かしらオモリが付くんだろう。


痣だらけで心も学校でも家でもズタボロにされて、偽物の笑顔の仮面を被り生への執着もなくしてしまった姫・・・たどり着くのが遅れた・・・でもまだ生きていてくれた。


ハムスターには悪いけどこれからも僕は姫のお兄ちゃんだ。


金魚の限界突破してでも、何になろうと僕は姫を守るお兄ちゃんだ!

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