第38話 知らない世話係

険悪な状態が続くオトシャンとオカシャンは予想していた通りに部屋の模様替えを始めました。


リビング移動したベッドのフワフワの方は再度オトシャンの部屋に移動され、オトシャンは基本的にオカシャンが居ない時間しかリビングに出てきてはいけないルールを課せられちゃったようですね。


僕らは自由に移動できるようにオトシャンの部屋は少しだけドアが開いています。


オカシャンは主に寝室にいますが、最近はよく一人で出かけるようにもなりました。


全快とまでは言えなくとも、仕事をし始めているようです。


オカシャンは個人の方の仕事も再開し、長いと泊まりで仕事をしてくることもあります。


オトシャンも泊まりで仕事をしてくる事がありますが、うまくどちらかは家にいる状態なので僕たちがごはんに困ることはありません。


それにしても、険悪なムードは僕たちにも伝わるので嫌な気分ですね。


しょっちゅう「すーちゃんと仲良くしてください」と言うオカシャンこそオトシャンと仲良くすることで見本になってください。


ある日、オトシャンが泊まりで居ない間、オカシャンまで急に遠くまでの仕事になってしまって、オカシャンは大慌て。


オカシャンは仕方ないので、僕たちを置いて仕事に行ってしまいました。


僕のごはんはどうなるんだろうか?オトシャンが帰ってくるのだろうか?


不安がって待っていたら、玄関の扉が開きました・・・。


そこにはチラッと見たことがあるけど僕を囲む会とは違う女の子が立っていました。


女の子はそのまま部屋に入ってきて僕に挨拶をしてくれました。


「じゃこさんこんばんは」


僕はちょっと警戒したけども、この子はなんだか美味しい匂いがします。


美味しい匂いがする子がくれたごはんはいつもと同じように僕が選んだごはんでした。


ここ最近、オトシャンとオカシャンの険悪ムードで疲れていた僕は一回くらい会ったことがあるその子がオカシャンのようにしつこくもなく、


ただ僕たちの自由とごはんの管理をしてくれることに久しぶりの安心感を感じていました。


オトシャンとオカシャンの仲が悪いのをみるのはいい加減飽きて、僕はオトシャン子だけどオカシャンとも一緒に寝たいから、なんだか間に挟まれて気分が良くなかったんです。


僕やすーちゃんが怒られているわけでもないのに、怒られているような気持ちになってとっても嫌でした。


何度止めに入っても撫でられて、誤魔化されたし。


仲良くしてくれればいいのに・・・。


まぁ、僕もすーちゃんと喧嘩しますけどね。


朝だけは仲いいんだから。


「僕らの方がその分仲がいいってことだ!」


「はぁ?あんたと仲いいわけないでしょ!!」と遠くから僕の独り言に文句を言ってくるすーちゃんは置いといて、オトシャンやオカシャンが居なくなると寂しくなっていたはずの僕は、


険悪な二人が居なくてごはんがあって部屋に人がいる事、


それだけでホッとしていました。


その子はごはんをくれた後はオカシャンの部屋で沢山ある本を読んでいました。


オカシャンに言われたのか、ちゃんとベッドの壁際で。


僕のスペースは空いています・・・でも警戒は忘れません。


僕も人恋しいので、そっとベッドの端に乗ってみたり、窓辺に行ってみたり、ベッドの下で寝てみたりしていました。


夜中になるといつものすーちゃんの一人遊びが激しく始まったのです。


知らない人が来る時にはだいたい身を潜めているすーちゃん。


それでも、すーちゃんもここ最近のオトシャンとオカシャンの険悪さに嫌気がさしていたのか、ストレス発散しているようにいつにも増して激しくネズミのおもちゃを叩きまくってすごい音がします。


どんなにオカシャンがしまってもしまっても、ビニール袋から何匹もネズミのおもちゃを出しては叩きあげて一人バレーボールをするすーちゃんに、お留守番を任された子は笑っていました。


笑顔で居てくれる人がいるっていいな。


ここ2年ほどオカシャンは心が疲れていてあまりちゃんと笑顔にはなれませんでした。


オカシャンの顔はうそつきだから嘘の笑顔は見れても、心からの笑顔はなかなか見られません。


その子が眠りについた頃、僕はそっと隣で寝る事にしました。


翌朝、かなり早い時間にオカシャンが帰ってきました。


その子と朝ごはんを食べて、お土産を渡して、「ありがとう!」と見送っていました。


僕も心で「ありがとう」と思いました。


すーちゃんはその子が帰ったことを確認すると出てきてオカシャンに擦り寄っていた・・・本当に人見知りだね、すーちゃん。


急を要する事態にまたきっと来てくれるでしょう・・・。


そんな期待を胸にまた険悪な二人が帰ってきて無言ですれ違いの生活を送っていました。


そして、以前から予定していた旅行の日とやらが遂に来てしまいました。


険悪な二人は大きな荷物をまとめ、夜遅くから出かけて行きましたが、


またあの美味しい匂いがする笑顔の女の子が来てくれるのを僕は楽しみにしていました。


そうして、夜ごはんはオトシャンに貰ったからお腹は空いてないけど、夜が更けて寂しい気持ちが訪れた頃。


早く来ないかな・・・あの子。


そこにガチャって音と共に玄関から現れたのは・・・これまた数回会ったことのある男の子でした。


この子は、オカシャンが息子にする息子にすると息巻いている子で、一人でもくるし、女の子ともくるし、男の子ともくる我が家の常連さんです。


オトシャンとも仲良しで、しょっちゅう一緒に遊びに行っているようですよ。


今回の旅行は長いのかな?


オカシャンは事前に僕たちのトリセツを書いておいて置いたみたいで、その子はトリセツを確認していました。


オカシャンがトリセツと共に置いた薬をその子は飲み、以前の女の子のように色んな本を持ってきてリビングで読んでいました。


この家は本当に本が多いのです。


僕は眠くなってきたから寝室で寝ていたけど、すーちゃんは珍しくその男の子の前に姿を現したみたい。


あの警戒心の塊のようなすーちゃんが心を開くとは・・・。


そして、男の子はすーちゃんに向けて紐を振りました。


その音を聴くなり、僕は寝室からリビングへゆっくりとそして確実に紐を捕らえにダッシュ。


すーちゃんはその紐に興味がありませんよ・・・それは僕の紐なので。


僕がその紐に食いつく姿に男の子もクスっと笑顔になりました。


僕は笑顔にさせる天才だな・・・と改めて僕のすごさを実感しました。


その子は昼間はゆっくりとしていて、夕方から少し出かけても夜中に帰ってきてくれました。


ごはんもお水もトイレも完璧。紐の振り方はもっと躍動感が欲しいところですね。


それにしてもオトシャンとオカシャンは帰って来ませんね・・・もしかして僕たちの新しい家族でしょうか?この男の子。


それならばそれで、僕の心の切り替えは早いものです。


すーちゃんも日頃より懐くのがはやく珍しいくらい撫でさせてあげています。


「なかなかいい子じゃないのあたしは別にこの子でいいけどね」とまんざらではない様子。


険悪なあの二人よりもマシだなと僕もすーちゃんも思って心を開いていたら、


噂をすれば影・・・険悪な二人が偽りの笑顔で帰ってきてお土産を渡してその男の子の心配していました。


どうやらこの男の子は僕たちの作り出す何かにアレルギーがある子だったようで、


アレルギー薬を用意されて飲みながらも僕たちのお世話をしてくれていたらしいのです。


なんていい子なんですか。そして、その子も帰って行ってしまいました。


険悪な二人は帰ってきてしばらくは仲がいいような気もしましたが、


すっかり寒くなった煌びやかな冬のある日の夜中、


オトシャンが荷物をまとめて出て行ってしまいました。


オカシャンはドッと疲れ果てているようです。


僕はどうせまたすぐ帰ってくるだろうと思っていましたが、何とオトシャンは実家ではない他の家を借りて完全な別居生活が始まったのです。


家族の崩壊が起きてしまいました。


僕、以前崩壊を経験しているんですよね。


それからというもの、オカシャンは個人の仕事以外にも仕事を始め、朝早くから夕方くらいまで週に5日居なくなりました。


ごはんやお水は問題なくくれるし、右手で紐を振りながら、左手ですーちゃんを撫でています。


リビングに居る時間は短く、クリスマスが過ぎ、新しい年になってもオトシャンは帰って来ませんでした。


オカシャンは年末年始関係なく仕事に行って帰ってきます。


何となくオトシャンが居ないのは寂しいけど、オカシャンが嘘じゃない笑顔でいる時間が増えた気がします。


離れた方がいい時が家族にもあるのかもしれません。


でも、僕オトシャン子なんだけど・・・オトシャンは僕の事どうでもよくなっちゃったのかと思うと切ないですね。


すーちゃんはまたソファに意思表示をしているので、僕は玄関に遺憾の意をしておきました。


ソファにはまた板が置かれ、お供えが置かれ、玄関にもお供えが置かれました。


そして、なんと以前一回だけ貰った大きな粒の美味しいおやつが登場したのです!


それからというもの、僕は玄関という関所の番人としてオカシャンが出かける時にはそのおやつを貰うというルーティーンが完成したのでした。


これが美味しいったらありゃしない!


すっかりオトシャンの事を忘れてスリーマンセルの生活が始まりました。

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