勇者召喚

勇者召喚って誘拐じゃないですか? 1

 我が身はマリアンヌに仕事を任せて、王城へ国選パーティーの報告に来ておりました。手紙を送った主である宰相閣下にお目通りいただきたいことの経緯を書類と口頭にて、報告いたします。


「以上が、国選パーティー追放事件の真相になります」

「ハァ〜、全く何を考えているんだろうね」

「我が身にはわかりかねますな」

「そうだね。私にもわからないよ」


 我が身よりも年上の宰相閣下は、イケオジです。

 昔は相当にモテられたでしょうね。


「君に苦労をかけるね」

「いえ、宰相閣下に比べれば、我が身の仕事など」

「ふふ、そう言ってくれると助かるよ。さて、五通目の手紙で送った内容のために来てくれたんだよね?」

「そうですね。本当は来たくはありませんでした」

「はは、私も関わりたくはないけどね」


 笑っておられますが、宰相閣下の頬は連日の出来事のせいで頬が痩けて疲れた顔をされております。


「心中お察しします」

「そう言ってくれると助かるよ。平和になれば、力だけの者たちが無用の長物になってしまうのは悲しいが、こればかりは仕方ない。さて、それじゃ行こうか」

「はい」


 我が身は宰相閣下の後に続いて、ある場所に辿り着きました。

 それは本来であれば、王族だけしか入ることが許されないプライベート空間です。王城の中でもブラックボックスと言われる場所に辺り、普通の者では従者か、最高位貴族しか入ることはできない場所です。


「とても綺麗な場所なのですね」


 真っ白な廊下は、清掃が隅々まで行き届いており、扉を超えただけなのに広がる庭はとても幻想的なほどに美しい景色が広がっています。


「そうだね。私も宰相になってから初めて入ったんだけど、その時は同じ感想を抱いたものだよ。さぁ、こっちだ」

「はい」


 プライベートルームの中頃にある扉を開きました。

 そこはダンスルームのような広い部屋です。

 

 黒髪黒目の少年少女が三人ほどおられて剣を振い、魔法を使っておられました。

 どうやら訓練をされているようですね。


「彼らですか?」

「ああ、そうなんだよ」


 宰相閣下が頭を抱えるようにため息を吐かれて、そこに一人の幼い少女が現れました。


「目黒様、今日も剣の稽古お疲れ様です!」

「王女様、ありがとうございます」


 黒髪の少年に、どこかクリス王子に似た金髪碧眼の美少女がタオルを渡しています。それを憎々しい顔で見つめる黒髪黒目の少女と、ため息を吐くもう一人の黒髪の少年。なんとなく彼ら三人の不思議な関係性が見えたように思います。


「失礼します。王女様」

「あら、宰相様、どうされたのです?」

「彼ら三人の件でお話をするとお伝えしていたはずですよ」

「そうでしたわね! お三方、練習中に申し訳ございません。こちらは我が国の宰相閣下でございます。皆さんに今回のことでお話を聞かせて欲しいと言われていたのです」


 我が身は宰相閣下の秘書という立場で後に控えております。


「そのお話は決着したではありませんか?」

「いいえ、彼らには一応の納得をしていただきましたが、これからの彼らについて話し合いは必要です」

「それはそうですが」

「ですから、まずは三人とお話をしたいと思いますので、どうぞ王女様はお部屋にお帰りください」

「どうして私がいてはいけませんの?」

「これは国の命運をかけた仕事の一環だからです。王女様はまだこの話が聞ける立場にありません」

「…ふん、わかりましたわ」


 宰相閣下が笑顔で王女様をやり過ごして、三人に視線を向けました。


「皆様、お見苦しい姿をお見せしました。此度の件を改めて話し合いたいと思っております。どうぞ応接室に同行願えますか?」

「宰相様。わかりました」

「目黒が行くならいいわ」

「はい」


 三人の年齢はマリアンヌよりも一つか二つ上に見えるが、どうしても雰囲気は幼く感じますね。


 私たちは五人でプライベートルームから出て、宰相閣下の執務室前にある応接室に向かいました。


 それぞれの椅子に座っていただき向き合います。


「まずは、我が国がとんでもないことをしたこと謝罪いたします」

「いえ、俺は」

「本当にそうですよ! どうして私たちが召喚されないといけないんですか?」


 イケメンの黒髪少年、目黒メグロスナオ君は、宰相閣下の言葉に流されようとしましたが、隣に座り気の強そうな女の子が怒りを表す。


 彼女は、タイラユウナさん。もう一人の彼は辺見ヘンミヒネル君。


 三人は、先ほどの王女様が行った勇者召喚によって、喚ばれてこの世界に来てしまった召喚者たちです。


 王国は数十、数百年に一度、危機的状況が発生した際に、勇者召喚を行なって、彼らが召喚される際に得られる特殊な力によって世界の危機を救ってきた功績があります。


 そのため、王国は特別な存在として、小国ながらも現在も長く続いている国として一目置かれております。


 ですが、昨今は魔王が討伐されて数十年が経って、各国は平和な国作りを行えています。それは彼らに救いを求めるようなことはなく、また勇者召喚とは一種の強制力を持った行いであるため、今では王族であろうと禁忌とされている特殊魔法なのです。


 先ほどの王女様は彼らよりも五つほど幼く子供という印象でした。


「それで? 僕らはどうなるんでしょうか? 帰れるんですか?」


 辺見君が真剣な顔で宰相閣下に問いかけられました。


「申し訳ないですが、それはできないです。歴史の中で召喚された者は、元の世界で死ぬ運命にあった者たちだと言われています。そのためこちらの世界に魂を呼び寄せて救ったと書かれていました。逆に召喚された地に戻したという話は残されていません。皆さんの記憶に死ぬ寸前の記憶はございませんか?」


 宰相閣下の問いかけに三人とも辛そうな顔をされているので、記憶にあるのでしょうね。我が身は深々とため息を吐きます。


 勇者召喚は一種の誘拐です。


 死に向かう者の運命を捻じ曲げて、こちらに呼び寄せるのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る