拝啓、お社の君[4]【語り手:八代久子】

「『怪奇現象』? なんじゃそりゃ。わしは何でも屋じゃないだぞ?土地神の端くれより専門家か何かに助けてもらえ。パスじゃ、パス」

「みくじ。あのさ」

「なんじゃ、シヅク。わしはどんな事を言われたとしてもぜーったいにやらんからな! 面倒ごとはごめんじゃし、昼寝の邪魔されてわしは今ムカムカしておるし……!」

「もしお前がお社の君としてこの子の願い叶える真っ当な手伝いをしてやった暁にはそうだな……あとでいつも高くて買えないゴージャスプレミアムきのしたい焼き買ってきてやるよ」

 私は見てしまった。

 しづくさんの甘い誘惑にゆらり、と揺れる彼女の瞳を。

「わわわ、わしをたい焼きで釣ろうとするなんて! レイにも頼めない高級品なんじゃよ!? いやゴージャスプレミアムたい焼きはあんこの多さといい、皮のボリューム感といい、全てにおいて美味じゃし、とろけるようなあんこは甘すぎず食べやすく食感も最高じゃ……からといって! あんな! あんな高級品をお主が買える懐などない事は知っておるのじゃからな!?」

「二尾、買ってやるぞ?」

「数が多ければ良いって問題じゃない!」

「よだれ垂らしながら言われてもなんの説得力も無いな」

 扱い簡単そうだな、この人……という私の視線を送ってしまったのがバレたらしく、彼女はキッと睨みながら私がくしゃくしゃになるほど握り締めていた手紙の方に目がいく。

「なんだこれは。『お社の君へ』? わし宛てか?」

「あっ、それは……」

 お母さんからもらった、というのを聞かずにひょいっと手紙を取られると、封を切り、大きな瞳をざっと目を通すように右から左へ進んでいった。


「…………『嘘だろ? そんなのアリかよ、あれ以上にどんな条件つけるんだあのアクマ……。これ絶対ツトムから聞いただろ、だから話半分じゃなくて全部聞いてたって。ショウコの子供ってマサユキ以外にもいたのか……?』」


 何か言っていたような気がするが、こちらには聞こえないくらいの声量でブツブツと呟きながら目を通していくごとに、何故かみくじさんの顔がみるみる青ざめていった。

「……おいお主や、名はなんという」

 嫌がってた風など最初からありませんでしたよ、というように突然こちらに真面目な顔を向けたみくじさんに、私は緊張でカラカラになった口を開いた。

「八代久子、です」

 てくてく、というかドスドスと半ば焦ったようにみくじさんは出口の階段の方へ向かった。あまりにも突然の彼女の行動に唖然としていると、彼女は立ち尽くした私に振り向きざまに叫んだ。

「おい娘――ではないのう、ヒサコ。何そこでボーッとしておるのじゃ! 怪奇現象が起こるのはどこなんじゃ?」

「い、家です! わ、私の」

「よし分かったっ。解決するしかない。わしにとっては使命と言っても良い。行くぞヒサコ!」



 ジェット機より速い……と言えば、大袈裟かもしれないが全速力で家まで辿り着いたみくじさんは、ドアの前で腰に両手を添えて声高らかに叫んだ。

「べ、別にこんなに急いでいるのはさっさと解決させて、たい焼きを食べるため、なんかじゃないんじゃからね!」

「どこに対しての誰に対してのツンデレですか……」

 このまま叫び続かれたら近所迷惑になると思った私は急いで鍵を開けてから家に彼女を招いた。

 他人を家へ招き入れる、だなんて数億年ぶりくらいにした。かなり緊張している。

 そもそも一体なんだか分からない人物を家にあげても良いものなのだろうか、という気持ちでいっぱいだが、意気揚々と入った彼女の背はずんずんと家の中に入り、何故かリビングの椅子に座った。

「……どうしたんですか? 除霊とかは?」

「どうしたもこうしたも。客人に茶の一つでも出せや。わし、喉カラカラじゃし〜」

 何故こんなに横柄な態度を取るんだ、彼女は。

 見た目的には年齢もさほど変わらなさそうなのに、どういう人生を歩めば要望ばかりを言えるような性格になるのか不思議で堪らない。

 しかし、確かにこちらはお願いしている立場なんだし、もっと言えばここまで来てもらったのだ。反論するのも野暮なことだ、と思い渋々ながらも彼女の為にお茶の用意をすることにした。

 精一杯の地味な反抗として、熱々の緑茶を。


 緑茶を注ぎながら茶請けに、先ほど母親のお土産と一緒に試食で美味しかった八つ橋を買ったことを思い出して、それを出してみる。

 リビングのテーブルに私が向かい合って座った途端、座るまで待っていたのか、みくじさんは待てをされた犬がやっと餌にありつけたかのように勢いよく並べた八つ橋をもぐもぐもひもひと食べ始めた。

「これが噂の八つ橋か〜! 三角形の薄いもちもちした皮の中にあんこが入っている! しかもあんこだけではない。春の陽気が口の中いっぱいに広がるような桜味が美味じゃな〜!」

 誰も頼んでいない長文食レポを始めたみくじさんは延々と食べ続け、お茶を飲み干し、「入れてよいか?」と急須からお茶を入れようとしたので小さく頷いた。

「おお、よく見たらこの八つ橋の包装紙についてるロゴ、木下屋ではないか! わしはここの常連なんじゃよ~あんこが皮いっぱいに入っている一口饅頭が一番人気じゃが、最近外も中ももちもちの一つでも食べ応えがあるきのしたい焼きも密かに人気が出ていて嬉しいのう! あれは本当美味じゃから、今度買ってきてくれ。ゴージャスプレミアムじゃともっとよい」

 みくじさん、木下屋のスポンサーか何かなのかな。

「よし。腹も膨れた。それじゃ、お主の話を聞こうかヒサコ? 家を指定したということは、ここで起こるのは間違いないんじゃろ? どんな怪奇現象にあうんじゃ?」

「え、えっと。よく、色んなものがオレンジの棒キャンディにすり替わっているんです」

「はぁ?」

 私の訴えに無情にもみくじさんは心底意味の分からない、という声を出した。

「えーと……そうじゃな、ヒサコ。例えば一体どんな時にものがすり替わるんじゃ? ほら、全てが変わるわけじゃないじゃろ?」

「そ、それは……」

 私はすり替わったものを脳内に思い浮かべる。

 麻縄、包丁、睡眠薬、マッチ、他諸々……。言えない。絶対に言えない。

 この人、口が軽そうだし、この飴にすり替わったラインナップを聞けばすぐさま私が自殺でもしようとしているのが丸わかりだ。

 でも、この怪奇現象はすぐにでも消してほしい……。

 突如として黙りこくった私の姿をきょとんとした表情で見てから立ち上がった彼女は、短いスカートを翻して無遠慮に室内を物色し始めた。

 一番端からバスルーム、両親の部屋、マサにぃの部屋、そしてドアが取り外されている私の部屋。

「なんでお主のドアだけ無いんじゃ」

「この前父に取り外されて……」

「な〜んか怪しいのうお主。ドアなんて早々取り外されんじゃろ」

 問題児か何かか? と言いながらみくじさんは私の部屋の奥に入っていく。

「……あっ!?」

「な、何かあったんですか!?」

 急いで部屋に駆け寄るとそこにはキラキラとした瞳でとあるスペースを見上げているみくじさんの姿があった。

「魔法少女ナギじゃないか!! なんじゃなんじゃ!? 原作ライトノベル全十巻に実写化した円盤まである!? しかも初回限定版と通常版どっちも!? え!? ステッキまである!?」

 触って良いか!? と言われたので私は肯定の意味で頷くと、ハートに象られたたピンク色の棒状のステッキをまるで壊れもののように大切に恭しく手に取りまじまじと見つめた。

「ステッキって確か期間限定受注販売で数万は超えておった気がしたが……。どこからこんな全部揃える金が出るんじゃ……?」

「ああ、賞金、使い所が無かったので、余りまくってて」

「賞金……ああ、お主絵の賞金稼ぎじゃっけ」

「別に稼ごうとは思ってませんけど」

 今は一円も稼いで無いけれど。

「というかみくじさん、知ってるんですか魔女ナギ」

「知ってる知ってる! リアタイ視聴で見ておった!」

「神ですか……」

「え? 確かにわしは神じゃけど。……で、話は戻すが問題のその飴はどこじゃ?」

 そのまま彼女はステッキを名残惜しそうに元の場所に戻し、きょろきょろと見回して飴を探していたので私はまとめて置いておいた机の上に案内した。


 みくじさんは棒状の飴を一つ摘み、くるくると回し観察した後包装をぺりぺりと剥がし、口に放り込んだ。

「甘~い。オレンジ味じゃな。色もオレンジ、味もオレンジ」

 何の毒も入っておらん、とみくじさんはつまらなさそうに口にもごもごと飴を入れたまま腕を組んで考え込んだ。

「一体全体誰がこんなイタズラしておるんじゃ?」


「それはねぇ!久子が『しのー』としている時だよ!」


 みくじさんと私の他に、突然幼い第三者の声が現れた。

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