拝啓、お社の君[3]【語り手:八代久子】

 私の言葉にお母さんとしづくさんは固まった後、お母さんは抑えきれなかったらしく、吹き出し、しづくさんは私の両肩を掴んで「違う違う違う!」と揺らしながら叫んだ。

 本気で焦っているしづくさんの様子に少し疑い深い視線を送ったが、嘘は吐かなさそうな性格のようなので、一旦は信じることにする。あと、近い。怖い。でかい。

 脳内に浮かんだのは泣きながらお父さんに土下座するしづくさんの姿と慌てふためくお母さんの姿だったのだが。そんな未来にはならないでほしいな。

「まじで誤解だから!! 君のお父さんに俺は相当世話になってんだから……!」

「も、もう分かったんで……揺らさないで下さい……酔う」

 ゆっくりとしづくさんが肩から手を離したので、私はずり落ちそうになったカーディガンをかけ直す。

 お母さんはやっと笑いが収まったのか、涙まで流した瞳を拭って私に説明した。

「しづくとは昔からの知り合いでね。私が入院した後もよく見舞いに来てくれているのよ。音無子神社、最近どう? 少しでも賑やかになった?」

「いえ全く。あの神社、もう少し神社としてどうにかしたいんですけどね」

 難しいところですけれど……と、しづくさんは木の幹のようなたくましい腕を組んで考えているようだった。

「どうにかしたいって、具体的には?」

「『みくじ』が、全く神様らしいことしないんですよね。何かきっかけの一つでもあればいいんですが……」

「あらぁ、せっかくお社の君だなんて名前まであるのに、みくじったら損なことしているわね。……そうだ、良いこと思いついた!」

 両手を一度叩いた彼女は隅に置いてあった小さな棚の引き出しに手を伸ばし、中からレターセットを取り、なぜか私の目の前に差し出した。

「はい、久子」

「な……に? 私、別に誰かに手紙書く予定、無いけれども……」

 意味が分からず首を傾げると、ニコニコしながらお母さんはこう言った。


「お社の君に、聞いてみたら?久子の言ってた『怪奇現象』を解決してほしいって」


「どうしてその……誰? オヤシロノキミ? って人にしてもらわなきゃいけないわけ」

 不信感を声に忍ばせて、私は抗議したが、どうやらお母さんは本気らしく、引き出しから黒いボールペンまで取り出し、ベッドに取り付けられていた簡易的な机を広げて書くスペースまで作った。

「だって~私、今こんな状態だしぃ。みくじはそういうの得意だしぃ」

「『だしぃ』、じゃないよ。お社の君なんだかみくじだか、名前がバラバラなのどうにかしてよ。本名どっち?」

「本名が『神原みくじ』。『お社の君』っていうのはあだ名ね〜。ほら昔、話したじゃない。神社で流行っているおまじないがあるって」

 なんだっけそれ……。

 思い出そうと頭を捻ってはみたが、思い出せない。

 うっすらと、古びた神社でのおまじないの噂的なことをお母さんから聞いたような気がしなくもないが……。

「みくじって神社にいる?」

 お母さんは確認の為にしづくさんに聞くと、絶対にいる確信でもあるのか深く頷いた。

「いると思いますよ。ずっとあいつ引きこもってますし。今から久子ちゃんを神社まで連れて行きましょうか?」

「あら。助かるわ〜」

 勝手に話がお母さんとしづくさんの間で進んでいるが、私は全く話についていけない。

 レターセットを出されたってことは、きっと何かここに要望を書け、ということなのだろう。

 しかし、未だに信用ならずに、見ず知らずの人に対して一文字も書けずに白紙の便箋を眺めていると、お母さんは私の様子を見て「まぁ~そうなるわよね」と、言った。

「とりあえず、会うだけ会ってみたら? 私がおまじないとは別に、みくじに対して言いたいことがあるから、その手紙持って行ってもらえる? 久子」

「え!?」

 お母さんはそのままサラサラと慣れた手つきで何か短い文章を記したあと、封筒に『お社の君へ』と書いて満面の笑みで私に向けた。

「でも手紙渡したいだけならしづくさんに渡せばいいんじゃ」

 隣にいるしづくさんの方を指さすと、母さんは困ったように腕を組んだ。

「久子が会いに行かないんじゃ意味ないでしょ。あと、人に対して指さしちゃ駄目よ」

「はは、良いんですよ祥子さん。俺は前でも後ろでも指さされて別に良いものですから」

 しづくさんはお母さんの言葉を否定し、何故か自虐するように言い切ったのが気になって私はそろそろと指を下ろし「すみません……」と小さく謝った。

「いいよぉ、久子ちゃん。俺で良ければ手紙も持っていくし。退院してすぐなんだろう? 無理しない方がいいんじゃないかな。神社までも結構歩かなきゃ行けないんだし……」

「い、いいえっ!」

 肩にかけてあるカーディガンがずり落ちる勢いで首を振り、私はお母さんから手紙を慌ててひったくるように受け取った。

「いえあの、あっあの、し、づくさん任せにするのは、確かにいけないかもだと思うので私が持って行きます。なので、あの、案内お願いしてもいいですか」

 本当は全く行きたくない。でも、この手紙を渡す相手は正直気になるし、私の問題も、もしかしたら何か解決まではしなくても、原因だけでも分かるかもしれない。

 必死に言葉を選び、口に出すのは久々すぎて目が回り、声を出す度、緊張で汗は滝の様に流れているが、必死な形相でしづくさんに頼むと、一瞬きょとんとしてから口元を嬉しそうに緩めた。

「それじゃあ、行こうか。久子ちゃん」




 音無子神社の前に現れたのは石の長い長い階段を目の前にしたときに、私は先ほどまでの言葉を全て撤回して家に帰ることを選択したくて堪らなかったが、スイスイと階段を登るしづくさんに息を切らしながら追いつくように必死になって歩いて行った。

「大丈夫? ゆっくりでいいからね」

 さすがに、遅すぎる私の上り方に、気を使ってくれたのか、途中途中で休憩を挟んでゼェハァと荒い息を整えながら、なんとか頂上に辿り着いた。

 目の前に広がっていた音無子神社は木が鬱蒼と茂る中、ひっそりと佇んでおり、異質な雰囲気を纏っているようにも見えた。

 鳥居に向かって一礼し、参道の端を歩く。

 神仏に失礼になるから中心を歩いてはいけない、と本か何かで読んだことが……いや、これは母親からの教えだっただろうか。

 神社内は周囲をくまなく見回しても人の気配は全く無い。

「誰も……いないみたいなんですけれど」

「いるいる。呼んだら来るから。おーい、みくじー」

 しづくさんが真上の木に向かって大きな声を出すと、途端、木の上からガサガサ、と大きな音がして、何か猫のようなものがこちらを覗いた。

 いや、よく見ると人のようだ。

 下をじろりとした目付きで確認してから、大きく伸びをしながら飛び降りてきた。着地の音は無く、器用に降り立ってからこちらに近づいてくる。

「ふぁ〜っ……なんじゃあ、お前かシヅク。わしは今大量のたい焼きに埋もれる夢を見て幸せな心地だったのに、そんな大声出されたら起きちまうじゃろぉ……って、誰じゃ? その娘は」

 めんどくさそうに、ガシガシと頭をかきながら独特な喋り方をするのは、私と同じくらいの年齢の女の子だった。首にかけている紅葉色のマフラーが目に眩しい。

 そして、何故か私のこれから通る予定の琴吹学院高等部の制服である、茶色のブレザーを着ていた。

「なんだその格好」

 自慢げに胸を張る彼女にしづくさんは首を傾げたまま顔をしかめた。どうやら、彼も初めて見た格好らしい。

「似合うじゃろ、似合わんわけないよな。だってわしじゃもん」

「その自信はどこからやってくるんだ……」

 呆れ果てたように彼女を見たしづくさんは、気を取り直すように一つ咳払いした。

「みくじ。この子が君に用があって来た。怪奇現象の謎を解いてほしいらしい」

 そう言って、しづくさんは私の背中を押し、みくじと呼ばれた人の前に立たされる。

 目の前の女の子に「なんなんだこいつ」とでも言われている気分になるくらいに舐めるようじろじろと見た。どうしたらいいか分からない私は視線を合わせずにビクついている。

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