束ねた結びと縁の果て[6]【語り手:八代雅雪】
彼に物怖じしないように両手の拳を握って耐えていたが、どうやら彼の興味は、僕ではなく、しづくさんの方に向いたらしい。
僕からしづくさんに視線を動かし、しばらく鋭い瞳で面白いものでも見たかのように上から下まで見ていたが、彼はすぐに呆れたような表情を見せた。
「なんだぁ、もしかしてお前しづくか? へぇ~? 前までの儚さも幸薄さも無くなっちまって。立派になったねぇ。人間に毒されたか?」
「人間に毒なのはお前の方だ、みくじ。いい加減神の肩書きだけで好き勝手やるんじゃない」
「生意気な目付きしよって。前はもっと色も匂いも何も感じない瞳だったのにな」
「虚勢張って偉そうにしているのはこの口か?」
右手の親指と人差し指で自称神様の頬を掴んだしづくさんは彼の言動をものともしていないようだった。
ああ言えばこう言う、自称神様『神原みくじ』は頬を掴まれてから何も言い返せないらしくただむすっとした顔でこちらを睨んだ。
一瞬怯みそうになったが、ちらり、としづくさんの方を見ると、安心させるようにこちらに笑みを見せていた。
「気にするな、雅雪。みくじは大層人見知りだ。つっかかってくるのは言い換えれば愛情表現の裏返しだから」
「おい知ったような口利くんじゃないぞ……もごっ」
言い返せそうとしたみくじさんの口を一瞬離したしづくさんは、あらかじめ手に取っていた大福を詰め込んだ。わざわざ袋を割いてから渡している。
みくじさんは大福の美味しさと自分の状況への悔しさが入り交じった何とも言えない表情をしていた。
「そういうわけで、雅雪。こいつが自称神様でありこの町の統治者候補。尊敬出来るところは何一つないことで有名だから覚えなくていいぞ」
「……もごもご」
「何か言いたいことでもあるのか」
「貴様の言動全てにな、シヅク」
苦い顔で口の周りに付いた白い粉を指で必死に拭っていた彼は、先ほどよりも幼く見え始めた。
きっと怪異の類の者だとしたら外見年齢よりは上なのだろうが、彼の今の姿は僕より少し上の二十代前半の姿をしていた。言動のとげとげしさを隠して黙って衣服を整えたら、美人に属する青年となるだろうに。
「まあいい。俺は懐の広い神原みくじ様だから。なんなんだお前ら。こぞって俺を拉致でもするのか?」
僕としづくさんは、考えるように顔を見合わせる。ここから特に考えなしに来てしまったものだから、何の策も無い。
反応が気に食わなかったのか、みくじさんはそのまま僕達に背を向けた。
「何にもないのかよ。肩透かし食らった気分だわ。じゃあ、俺寝るから……」
「待て、みくじ。戻る前に個人的に一つ聞いてもいいか」
みくじさんが嫌々ながらずり落ちそうになった肩を捲し上げながら、本殿の中に戻ろうとしたみくじさんが振り返らずにしづくさんの言葉を渋々待っている。
「『お社の君』を、お前はする気は無いのか」
しづくさんの問いに対して、彼は答えることなく何も言わずにその場を後にした。
「お社の君ってなんですか、しづくさん」
みくじさんがいなくなった後、僕は聞くとしづくさんは分かりやすく説明するように噛み砕いて話し始めた。
「『お社』は、神を奉っている神殿や建物を丁寧に言う言い回しなのだけれど、お社の中に存在する神……を『お社の君』と言って琴吹町は、以前の統治者である音無子神社の神を親しみを込めて、そう呼んでいたんだ」
「あだ名みたいなものですか」
「そうだな……。お社の君は、人間との交流を好んでしていた。さっき置いた供物の三方あるだろ? 三方の上に願いを込めた手紙を置いて、お社の君は手紙の内容を読んでから何らかの形で手を差し伸べていたんだ。琴吹町はそのおまじないを『お社の君へ』と呼んでいた」
お社の君へ――。そんなおまじないが過去に流行っていたのか……。
ちゃっかりみくじさんは本殿に全て甘味を持って行ったので、今は空っぽな状態の三方を見てから僕はその中に手紙が置かれていた過去に思いを馳せた。
「みくじに足りないのは人間への興味と関わりだ。自分本意で人間の為に動く、ということを嫌っている。神は本来、人の願いから現れる者なのに、これじゃ致命傷だ……」
手の打ちどころが無いかのようにしづくさんは両手を上にあげてお手上げのポーズをした。
春休みが近くなって来たある日。
突然彼女は文字通り飛んでやって来た。
休日。学校も無く、昼まで惰眠を貪っていた頃、ドア越しからでも聞こえてきた「ピンポンピンポン!」というあどけなさが残る女の子の大声に僕は飛び起きた。
「おはようこんにちは見ていい天気! お寝坊さんのおうちはここかなー!?」
穏やかに閉じかかけていた僕のまどろみはけたたましい大声で吹き飛んだ。
小さい子の暇つぶしかイタズラかな……と無視を決め込んでいたのだが、声は一向に収まる気配がない。さすがに不審者な気がした僕は、もぞもぞと布団から這い出て眠たげに閉じつつある目をこすり、台所へと向かった。
身を守る為に台所にあったメッキが真新しいフライパンを持って、恐る恐るインターホンのカメラを見てみると、そこに映っていたのは、中学生くらいの女の子だった。
「ええと……すみません。大きな声はご近所の迷惑になりますので、お控えいただきたく存じま……」
「ねえねえ開けて! 久子のことで相談があるの!!」
久子のこと?
その言葉を信じて鍵を開けてドアチェーン越しに来客者を招き入れると、飛ぶように彼女はやって来た。
へそが見えてしまうほどの短いセーラー服の彼女の目のやりように困りながらも、僕はどうにか平常心を保ち、彼女を戸惑いつつ見つめる。
「あ、いたいたオニーサン! 久子が大変なの!」
綿菓子みたいにふわふわした髪の毛をなびかせながら、ことの大きさを伝える為に大きく両腕を振っていた彼女に面食らう。誰なんだこの子は。
背が低い彼女と目が合うように少しだけ屈んでやった。
「大変って……。君は久子の友達? 久子の何を知っているのさ」
「全部!!」
「…………へえ、全部か。すごいね」
「心の込め方が風船並みに軽すぎない?! バカにしたでしょ! 絶対バカにした!そんな棒読みで言っちゃうなんて信じてない証拠だ! ボク分かっちゃうもんね!」
「はいはいそうだね。キミお家はどこかな? 不法侵入に関してはとりあえず目を瞑っておくよ。ご両親に連絡を……」
「違うんだって! ……ほんとに、ぐすっ、ほんとに、ひさこ、大変なんだもん、『守護霊』だから分かるもん~~!!」
八重歯を確認できるほど口を開けた彼女は焦ったように舌足らずな声で目一杯大きな声で僕に伝える。
「……おい、まさかお前人間じゃないのか?」
「気付いてなかったの!?」
ぽかんとした顔を向けたがすぐに首をブンブンと振り、「とにかく!」と叫んだ。
「早く手を打たなきゃ! 久子が……、うっ、うわ~~ん!!」
「泣かないで~!?」
僕は彼女を慰めながら、久子について思い出していた。
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