束ねた結びと縁の果て[5]【語り手:八代雅雪】

 仁志先生に今までの経緯を伝えると、彼は怒気を孕んだ声で「あなた方は馬鹿ですか」と一喝した。

「契約というものは互いのどんなものでも共有するリスクだってあるんですよ……?」

「「す、すみません……」」

 身長差も相まって威圧的に仁志先生に見下される僕達は、どんどんと小さく縮むような気持ちになった。

「まぁまぁいいじゃないですか、誠さん」

 音無子先生は僕達と仁志先生の間に割って入ってから仁志先生を宥めた。

「弥生。こういうときにしっかり言っておかないと駄目ですよ」

「だって契りを交わせば主を守るっていう理由で兄さんは人魂を食べずとも存在できるし、八代くんを今後救うことも出来るかもしれないじゃないですか」

 悪いことばかりじゃないでしょ? としづくさんと僕に微笑みかける音無子先生は聖母のようで僕達は何度も頷いた。

「はぁ……分かりました。これ以上説教はしませんが……用心して下さい。何かあったら即刻契りを抹消しますからね。死神の権限で」

 そんな権限あるのかよ……。


 仁志先生のお叱りの言葉の後、そのまま外で談笑の流れになり、僕はずっと聞きたかったことを弥生さんに言った。

「そういえば、音無子先生」

「あら、弥生でいいわよ、ここでは」

「弥生、さん……は、小西先生のこと、どうしてカウンセリング始めたんですか?」

 彼女は「ああ、それね!」と思い出したよう手を叩く。

「誠さんから頼まれたの。小西先生の心の揺らぎが安定するまではするつもりよ」

 仁志先生は僕達の話題に耳を傾けていたのか、小さく頷く。

「小西或斗は世の乱れを起こしたが故に監視対象となりましたから……。定期的に彼の状態を見る期間を設けたほうが良いという上の判断から、弥生の面談に加えて私ももう少し琴吹学院にいることになりました」

 また仕事が増えてしまった……と言ってから仁志先生は苦々しく表情を曇らせた。

「あの、仁志先生。死神の仕事って世の中の安寧の為に動くことも仕事なんですか?」

 死神というと、イメージは死期の近い人間を狩る、みたいなものだったが、どうやら仁志先生は町のいたるところに目を付けているらしいし、意外だったのだ。

 僕がそう問うと、彼は話しても良いものか、というように目を瞑りながら考え、やがて「代理です」と小さく答えた。

「代理?」

「そうです。私の実際の仕事は貴方のイメージ通り、サポートの同僚と一緒に琴吹町の死期に近い人物を天界に届けたり、罪ある魂を罰するのが仕事です」

 しかし、と仁志先生は言葉を区切る。

「以前までは人間の住むこちら側、怪異が住むあちら側の境界線をはっきりと分けていたので、安寧を保てていた状態でしたが、人間界と異界を分ける境を『統治』する存在が消えたことにより、この町は今現在曖昧で脆い状態です」

「統治……と言いますと、町をまとめるリーダーのような……」

「分かりやすく言えば『神様』ですね。更に、次世代の候補者が『気乗りではない』、という一点張りな為、仕事をしない状態で今現在もバランスが崩れた琴吹町は、様々な方に影響を及ぼしています。それでも誰かがまとめないと、琴吹町は崩壊してしまうので、私は代表して本来の統治者の役目を果たしているのです」

 もしかして、としづくさんと目を合わせると彼もまた同じことを思っていたらしく、目を合わせてきた。以心伝心。


 二人同時に思い出したのは元文芸部の一室に存在していた小西先生が創り出した内面世界の入り口。


 あちらとこちらの境界線が曖昧になっている影響で、人間である小西先生でさえも異界を自らの念で現実に創り上げることも可能な町となってしまった、ということか。

 そんな大事が増えてしまったらいけない。あの一件をまとめるだけで手一杯だったのに……。

「統治者がいなければいずれこの町は混乱に陥る未来しかありません。さすがにそろそろ上の方もお怒りなので適任者を説得させたいのですが……。私の力ではどうにも」

「えっ、その適任者って琴吹町にいるんですか」

「いるも何も」

 仁志先生は言うのも面倒そうに、肩を大きくすくめた。

「この神社に居座ってますよ。自称名ばかり神様が」



 弥生さんと仁志先生に別れを告げ、しづくさんを連れて自称神様に会う為に、僕は普段、零が行っているという供物……という名の木下屋の甘味諸々を置きに行くことにした。

「雅雪。あいつに会ったところでどうするんだ? 説得したところで聞く耳持たねぇよ、あいつ」

 しづくさんは両手で袋を持ちながら戸惑いを隠せないような顔で僕を見た。

「会ってから考えます。……というか、どうやったら会えますかね。供物を取る瞬間まで見張っているとか……?」

「ううん……。賽銭箱に金でも入れてみたら物珍しくて顔出すんじゃねぇの」

「そんな単純な方なんですか?」

「神というよりも社会に出るのを拒んだ引きこもりみたいな感じだからな。どう扱っていいのか俺達も分からないんだ」

 賽銭箱の奥に御神体がある――しづくさんに聞けば、この中に自称神様は住んでいるらしい――と言われる扉がしっかりと閉められた本殿があり、本殿へと向かう為の段差の少ない階段の一番上に、白い紙が敷かれた左右に三つの穴が開いた台が中央にぽつんと一つ置かれてあった。

「三方って言うんだ。本来はここにお神酒や米などの供物を置くのだが……」

 サンタクロースの袋を彷彿させる饅頭や餡蜜が大量に入ったビニール袋をドサッという音に乗せてしづくさんは三方に置いたが、本殿の中の音は一切洩れずにしん、と静まり返っている。

「不定期で三方に買い物メモと金がいくらか置かれてあるものを買いに行くようになっている。しかも嫌がらせでもしているのか、大量に頼むんだこれが。別に買わなくてもいいと俺は思っているのだが、零が律儀に毎回買いに行ってるんだ」

 何故そんな面倒なことしているのか分からないのだが、としづくさんは首を傾げた。

「あいつに金出すのも惜しいよな。……そうだ。もっと効率的な方法があった」

 彼は先ほど置いたビニール袋からガサガサと小豆大福を二つ取り出してからわざと遠くまで聞こえるような声で言った。

「あ~雅雪! この大福美味そうだな! こんなに沢山あるなら俺達の分もらったのなんてバレねぇよ! もらっちまおうぜ~!」

 棒読みにもほどがあったが、効果は絶大だったらしく大福をしづくさんから手渡される寸前に扉は勢いよく開いた。

 案外しづくさんの方法が古典的で驚いたし、自称神様はあの流れで出てくるんだな。


「失せろや雑魚ども。あとその菓子は貴様らにはやらんからな」


 大きなあくびと共にやけに眩しい橙色のマフラーを身に付けている、というのが現れた人影への第一印象だった。

「貴方が……自称神様の……」

「開口一番失礼だな小僧。自称? 正真正銘神だっての。……あ~。そうかそうか。お子様には分かりはせんか~」

 斜に構えて僕を馬鹿にしたように口角をいやらしく歪めた彼に少しだけカチンときた。

「し、仕事を全て仁志先生に押し付けて、零をパシリみたいに扱うような貴方が神様だなんて認めませんからね」

「ははっ。使い勝手がいいよなあいつら。寧ろ『神原みくじ』様にお仕え出来るだなんて光栄だ。くらいに思ったほうがいいだろ」

 ところどころはだけている深い紫色の着物を引きずるようにしてこちらに近付いた彼は何歩譲っても神様には到底思えないようなだらしなさだ。

 無防備な姿の彼は挑発するような目付きで僕を一瞥した。

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