束ねた結びと縁の果て[4]【語り手:八代雅雪】
ショーウィンドウに置いてあったもの全てを頼んだ男の子の制服はつい一年前まで僕が着ていた琴吹学院中等部の黒を基調としたブレザーの制服を着ていた。
学校帰りにおつかいでも頼まれていたのか、この大荷物に加えてさらにスーパーで買ったのであろう破れるギリギリまで詰め込まれた大きなビニール袋を三つほど抱えた彼は、せっせと持ってきたメモを読み上げていた。大人数でパーティーでもするのか?
「かしこまりました……って零くんじゃない。そんなに持てる? さては、ま~たマフラー野郎にパシられてるの?」
「ちっ違います、多分……。『お金あげるからここにあるメモのもの買って来い。残りの銭はお前にやる』って書いてくれましたし……」
それは正真正銘パシリではないだろうか……と僕が後ろで勝手に唸っている間に、どうやら会計が終わったらしい。
「はい。包めたよ。一人で持てる?」
「大丈……おっと……」
ぼんやりしていると見逃しそうなくらいの一瞬の間に、大荷物を抱えようとして勢い余って目の前でよろけた彼はそのまま紙袋を放り投げてしまった。
僕は反射的に「危ない!」など言う口よりも先に手が出てしまい、落ちかけていた紙袋を地面すれすれでつかみ直した。
ずしっとした重みを手に感じることと、周りの拍手で自分が持つことを成功したことに気付き、ほっと息を吐いて紙袋を差し出した。
「はい、どうぞ」
「あ、あ、ありがとうございます! 助かりました!」
かけていた大きな眼鏡がずりおちるほど何度も何度も彼はぺこぺことお辞儀をした。
結局、僕はなんとなく不安になってその男の子が店を出た後、僕は自分の買い物を後回しにして彼の後を追った。
「手伝うよ。どこまで持っていく?」
「え!? そ、そんな……そこまでして頂くのは申し訳ないですよ……!」
小動物のようにおどおどと首を振って手伝いを拒んだが、とりあえず、重そうなスーパーの方の服を三つほどを持つと、眼鏡の彼は口をわなわなと震わしながら涙目で「ありがとうございます……」と言った。
「では、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか……」
腰を低くしながらお願いした彼はその後、自身のことを『音無子零』と名乗った。
木下屋から角を一つ曲がって、木々が段々と僕たちを囲うように多くなり始めると徐々に現れたのは、千段を軽く超えるであろう石の階段だった。
「僕の家はこの階段の奥にあります」
「……えっ、ここって」
階段の横に立てかけてあるところどころに穴の空いた看板を見ると『音無子神社、コノサキ』と書かれてあった。
一段目から足取りが重い。僕の日頃の運動不足のせいもあるが……。
「この荷物の量でいつも千段超えの階段を上っているのか?」
「あっ普段はもっと荷物、少ないです。実は今日、晩御飯の買い出し係を忘れていて」
同時に行ったらこんなに多くなっちゃいました! と振り返って笑顔を向けた彼は、意外にも息は切れていない。
可愛らしい容姿に騙されそうだった。荷物は無くともこの階段を何度も上る生活をしていたら体力だって格段に違うよな。
馬鹿みたいに長い階段を息を荒げながら階段を上りきって、目の前にあった鳥居を抜けると、人気が無い古びた小さな神社がぽつんと建っていた。
音無子神社は鳥居も賽銭箱も朽ち果ててしまい、もう誰からも忘れ去られているような、はたまた誰にも見つからないように、ひっそりと息を潜めるように存在していた。
神社の雰囲気自体、立ち寄りがたく、不気味だ。
辿り着いた僕は一度膝に手を吐いて息を整えた。ぽたりぽたりと汗が地面に落ちる。
「お疲れ様です! 大丈夫ですか……?」
死にかけの金魚も驚きそうなほどの僕の喘ぎぶりに、目の前の後輩はオロオロとしていたので必死に安心させるように、微笑んだ。
途端、冷気のような、霊気のようなものを感じて火照った身体は一気に冷え込むようで、少しだけ身震いをする。
零に続いて奥の方に付いて行くと、そこには外観から縦に長い家、というよりも横に広い家が顔を見せた。
瓦屋根に引き戸という昔ながらの趣のある家で、大きさに圧巻する。
ぽかんとした口で外観を眺めていると、零は引き戸を開けようと荷物を下ろし、肩に引っ提げていた鞄から鍵を出そうとしたが、何度も鞄をひっくり返すように手探りをしても出てこなかった。
諦めたのか、戸を二度ノックした彼は大きな声で「零です~! 誰かいませんか! 鍵忘れちゃって!」と声を出した。
すると数秒して奥の方から「はーい」という男の人の声が聞こえたと思うと内側の錠を開けた。
「零! 帰ったか~お疲れ……って雅雪!?」
「しづくさん!?」
戸をガラガラと音を立てて引いた先にいた男性はまだ見慣れないけれども、大人姿のしづくさんだった。
以前のシンプルな黒セーターではなく、袴姿というまるで神社で仕事をしている人のような格好で現れたことに驚いてまじまじと見つめると、しづくさんは照れたように頭を掻いた。
「倉庫の奥から出てきてさ。引っ張り出して試しに着てみたらぴったりで」
「そうなんですか! とても似合ってますよ」
「本当か! どうしよう~このまま宮司の真似事でもしようかな」
本当に宮司になるなら試験とか受けなきゃいけないから、もどきで終わりそうだけれども、と彼は楽しそうに笑う。
「あれ? 兄さんと、雅雪さんはお知り合いなんですか!?」
零は大きな瞳を何度もまばたきさせていたので、僕は零に向かって頷いた。
「そうだけど……。零の兄さんってしづくさんなの?」
「はい! そうですよ! 一緒に暮らしている家族です!」
にこにこと邪気の無い瞳でこちらに楽しそうに微笑む零は、そのまま「荷物を奥の方に入れてきますね!」と言って僕から荷物を受け取って家の中に入っていった。
「どういうことですか、しづくさん。貴方が兄だって僕は聞いていなかったんですけど……」
「ううん。俺も言おうか悩んでいたんだが……」
零に聞こえないように配慮しているのか、戸を閉めてから外に出たしづくさんは真面目な表情でこちらを見た。
「音無子家には三人住んでいる。俺、零、そして弥生。時たま様子を見に誠さんって方が来る」
「弥生……って言うのは、今、琴吹学院にいる……?」
僕がしづくさんに言うと突然僕達の間にひょっこりと顔を覗かせたのは、当の本人である音無子弥生先生だった。
「そうよ~!」
「わっ!?」
「どうしたの、八代くんっ。こんなところまでよく来たわね」
三つ編みを揺らしてやって来た彼女の眼鏡の奥に光った瞳はとても興味深げにこちらを見つめた。
「弥生。いきなり出てきたら驚くでしょう」
後ろからゆっくりと針金のような細さの男性がやって来た。よく見ると、僕の担任の仁志先生だった。
誠……って『仁志誠』の誠、だったのか。
「ああ、誠さんに弥生、おかえりなさい。雅雪は零の荷物運びで来てくれたんだ」
しづくさんが僕のことを説明すると、仁志先生は「ほう……」と何か納得したように僕の方を見た。
「八代雅雪くん。零を助けて下さってありがとうございます」
「い、いえ……」
「そして、すみませんね。驚かせて川にまで落としてしまって」
「……え?」
不思議な物言いに顔を上げると、目の前には端正な落ち着いた物腰で話をする仁志先生の姿はなく、宙に浮く巨大な丸い物体へと変わっていた。
一つ目のギョロ目の巨大な妖怪を目の前にした僕はもちろん言葉は見つからず、度肝を抜かれて呆気にとられていた。
彼は僕を朝、追いかけまわした張本人だったのだ。
「こちらの姿の方が移動しやすいんです。急ぎの用事をお伝えしたくて、貴方に近付いたのですが……まさか逃げられるとは思いませんでした。『視える』といっても人間外のものの姿に慣れているわけではないのですね」
丸い物体は、黒いヴェールに一気に包まれ、光の速さでまた仁志先生の姿へと戻った。
僕は姿をころころと変える仁志先生に戸惑ったが、どうにか言葉を選ぶ。
「ええと……、急ぎの用ってなんだったんですか?」
「そうですね。私も一応この家の監視役ですから。その為にお聞きしたかったことがありまして」
仁志先生は、僕としづくさんの姿を確認するように交互に見てから口を開いた。
「まだ、養護教諭である弥生が生徒の八代雅雪くんのことを知っているのは分かりますが……どうしてしづくが八代雅雪くんのことを知っているのですか?」
僕達は同時に口角が引きつった。
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