束ねた結びと縁の果て[3]【語り手:八代雅雪】

「そうだ、八代くんって部活とか入っているの?」

「部活?」

 音無子先生の突然の問いかけに僕は驚く。

「入っては、ないですね。入るタイミング逃してしまって……」

 僕の返した言葉に目を輝かせたのは意外にも茜だった。

「マサ! 部活、僕達で作ろうよ!」

 キラキラとした瞳を持った彼が提案したのはあまりにも突拍子の無いことだった。

「な、何言ってるんだ……?」

「自由の場が欲しくて部室を確保したいの! 生徒手帳も見てこれ!」

 学校の指定の黒いリュックから手のひらサイズの手帳を取り出して、指定のページまでぱらぱらとめくった後にこちらに差し出したので読んでみる。

 そこには部活の創設条件が書かれており、ざっくり内容をまとめると生徒二人と顧問職員が一人がいたら部活として成立するようだった。生徒会に一枚『創設願い』という届け出を出せば会議も何もなく創っても良いらしい。

「琴吹学院って部活多いと思っていたけれど、そもそも条件が緩すぎるんだ~って思い出したんだ」

「出来ないわけではないかもしれんが、なんだ。茜は部活動そのものではなく、部室が欲しいのか」

「楽しそうじゃん! 学校の中で自分たちの居場所を作るの!」

 僕は彼の言葉を聞いて迷うように言葉に詰まると、音無子先生が代わりに紅茶の茶っ葉を片しながらフォローを入れた。

「でも、結構そういう動機で部活創る子ってこの学校の子は多いのよね。だからどんどん部活が出来ちゃうのよ」

「そうだよねっ。一応、部活動紹介の説明持ってきたけど、やよさん達、見る?」

 音無子先生の言葉を受けて、茜は自分の鞄の中から新入生歓迎会の時にもらったパンフレットを取り出し、ばらばらとページをめくる。

 目当てのページを探し出したのか、嬉々とした表情で机に広げた。

 そこには部活動紹介文が虫の書いた字なんじゃないかと思うほどかなり小さい字で埋め尽くされていた。どこに何の部活動があるのか、全く分からない。

 理解出来たのは自分の思っている以上に琴吹学院にはかなりの数の部活があるらしく、中には部活と呼んでいいものか難しいものもあるが、とにかく数は驚くほどある。

 それにしてもよくこの小さな文字で書いて許可出たな。誰も読めないだろこれ……。

「もし作るなら狙い目は廃部になった部活かしら」

 茜から差し出されたパンフレットを指でなぞりながら弥生さんは目を大きく見開いてどの部活の名前も見逃さないように上から下までじっくり見た。

「創設される部活が多いってことは、逆に言えば廃部になる部活も多いってことだからね。ひっそり消えてる部活も多いはず……。確かこの前廃部になったものがあった気がしたのだけれど……。うん。やっぱりそうだ。この学校には今、『美術部』がない」

「美術部!? 結構ポピュラーな部活なのになんでないの?」

 茜のもっともな物言いに「ここ、見て」と弥生さんに示された文化部の欄をよくよく見るとデッサン部や油絵部、立体創作部、アニメ部や漫画部などはあるが、どこにも美術部という名前の部活は無かった。

「実はね、美術部の中の人間が個々で部活を派生していったから、大元の美術部の部員がいなくなってしまったのよ。生徒会も美術科が出来てからは必要としていないと判断したみたいで、きっと廃部にしたのね」

 美術科。

 その科の名前を聞くと心なしか、妹を思い出して気分が重くなる。

 でも、美術部を普通科の僕達が作っていたら、妹の久子がもし入学した時、絵が描ける場所を確保出来ることに繋がるのかもしれない。

「もし部活を創るなら……名前だけでも、美術部にしたいな、茜」

「そうだね! 俺も良いと思う! あっでも、残るは顧問の問題だけど……」

 悩んでいる僕達の姿を見た音無子先生はひらめいたのか、人差し指を立てて提案してきた。

「元美術部の顧問にお願いするのが一番なんじゃないかしら? ねぇ、小西先生」

 隣で小西先生は首を何度も横に振った。「いやだ……」という消え入るような声を出す。

「嫌だ、じゃないでしょう、小西先生はもう少し外部に触れるべきです。この機会に生徒と触れる機会を増やさなきゃダメですよ」

 この様子に僕と茜はきょとんとした顔で窺っていたが、もしかして。

「或斗先生って美術部の顧問だったの!?」

 茜が歓喜と驚愕を混ぜ合わせたようなつんざく悲鳴に小西先生は耳を塞いだ。

「でも僕、生物研究部と掛け持ちになるし、あまり顔出せないかもだし」

「大丈夫! この書類に名前さえ書いてくれたら!」

「悪徳商法みたいに言わないでよ……創設願い、いつの間にもらってきたの……?」

 言い合いを始めた彼等を眺めながら、僕はクッキーを一つ手に取りかじった。程よい甘さにサクサクとした食感。おお、最高。

 音無子先生に親指を立てて美味しいサインを送ると、彼女から満足そうな笑みを返してもらった。今度お菓子の作りかた教えてもらいたいな。

「ちょっとぉ、マサ~! 幸せな顔でクッキー頬張る前に『或斗先生捕獲大作戦』に参戦してよ~」

「捕獲!? 僕顧問どころか捕まるの!?」

 なんだかこの二人なんとなく雰囲気似てるんだよな。外見は全く似ていないのに。

 肩を縮こませながら身震いする小西先生を捕獲する気はないが彼への疑問は感じた。

「小西先生は、どうして生物担当なのに美術部の顧問をやっていたのですか?」

「あ~……それよく聞かれる。美術部の顧問だった先生が産休に入ったときと僕が『先生』として琴吹学院に入ったタイミングが一緒でさ。当時何も部活に所属していなかった僕は流れで顧問代理を頼まれたんだ」

 そのままだらだらと美術部の顧問として名を納めていたんだよね。まさかもう一度復活させようとする人が出てくるだなんて思わなかった、と彼はぼやいた。

「でも、小西先生。顧問になれば人と関わる練習にはなるでしょう?」

 音無子先生の言葉に小西先生は泣き真似をした。駄々をこねる子供とあやす母親の図にしか見えない

 ぐずりながらも音無子先生に背中を押された小西先生は、茜が押し付けた書類の顧問記入欄に自分のサインを記入したのだった。



 結局部活動を始めるという案には別に人数合わせということなら参加しても良い、という形で僕も美術部に入ることになった。

 しかし、三学期も終わってしまうし、活動自体は新学期以降になるだろう。

 話している内に、制服も乾き、茜はそのまま帰宅すると言っていたが、僕は自分の成績を考えて大人しく教室に戻って一日分の授業を終わらせた。



 放課後、帰宅している途中にある和菓子屋に目が留まる。

 地元ではかなり有名な甘味や和菓子を扱っている店、『木下屋』だ。

 母さんはこの店をいたく気に入っているらしく木下屋の一口饅頭が好物だった。

 そうだ。母さんに会いに行こうかな。

 時刻は十七時を過ぎているが、面会時間にはまだ間に合うはず。

 見舞いの土産にでも買っていくことにしようと、無機質なウィーンという音を聞きながら店の自動ドアから入ってみると「いらっしゃいませ〜」と、声が聞こえて来た。

 ポニーテールのお姉さんがテキパキと仕事をしながら店番をしている。

 折角来たのだ。僕も個人的に自分で食べるように何か買って帰ろうかな。

 前の人が会計が終わるまでショーケースを見る。

 どうしようか。饅頭やたい焼きなんてものもあるし、手焼きせんべいもある。

 プラスチックの容器に入った持ち帰りのあんみつもあるのか。迷うな。

 前の人はどんなものを頼むのか聞いてみて考えてみようか。何が人気か分かるかもしれないし。と思いつつ、前の人の声に耳を傾けた。


「すみません。きのしたいやき十匹と、あんみつ十個、あと木下饅頭と手焼きせんべいも十個ください……!」

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