視える境と知らぬ未来[5]【語り手:八代雅雪】
カフェ『とこしえ』という琴吹学院の近くにあるカフェは、隠れ家のような場所でひっそりと佇んでいる。
カランカラン、とドアについていた鈴を鳴らしながら中に入ると外の寒さとは打って変わって中は温かみを帯びていた。
四つほどのテーブル席と六つほどの椅子があるカウンター席があり、ケーキやパフェのふんわりとした甘い香りが僕等を迎えるように漂ってきた。
壁に並んでいるのは『ご自由にお読みください』と書かれた本の数々。インテリアのようにそこかしこに普段見たことも無い洋書や僕でも知っているドラマになった人気作など、特に本の種類に決まりは無いと以前店長が言っていた。
普段は学校帰りにやって来る琴吹学院の生徒が多い店内だが、時間がまだ早いからか、奥にお爺さんが本を読みながらコーヒーを飲んでいるだけで、まだ落ち着いた雰囲気だった。
「あら~いらっしゃいマサくん!」
艶のある声で現れたのはカフェ『とこしえ』の店長――永久みことさんだった。
「すみません、永久さん……。バイト休ませてもらっていて……」
働いていないのにこの店に来るのは罪悪感があって行きづらかったのだが、当の店長はそんな不安吹き飛ばすかのような華のある笑顔を向けた。
「いいのよぉ。マサくん今大変な時期でしょ? 復帰はいつでも大丈夫。ソラもノラもいることだし、『視えづらい』お客様の対応も出来ているから」
奥の方から小走りで僕の元に駆け寄って来たのは双子のここの小柄な従業員のソラとノラだった。
「マサユキ! お店の方はソラたちに任せておけば大丈夫だヨ!」
「そ、そうです……ノラたちに任せてください……! あっでも、お店の方に遊びには来てほしイ……」
対照的な性格のソラとノラの言葉に元気をもらった僕は身長の高さに合わせる為に屈んで二人の頭を撫でてやった。
怪異関係のものも『視える』という点で採用された僕は、『様々な方を受け入れる』ことをモットーにしているこのカフェでちょっとした縁から時々お手伝いをしているのだが、最近は家の事情が落ち着かずに休んでいたのだ。
「そういえば後ろにいるのは友達……? って、しづく!? なんで二人が一緒に!?」
僕等の会話を後ろで聞いていたしづくさんは遠慮がちにお辞儀をする。
永久さんは大きな瞳を何度も瞬かせた。どうやらしづくさんを知っているらしい。
「……いつもの場所、座るから」
しづくさんは永久さんの質問に曖昧な反応を取って、おもむろに店内の中では死角にあたる隅の奥にある本棚に近寄る。
本でも取り出すのか? とその様子を窺っていると、彼は本棚を何故か横に引いた。
すると開いた先にあったのは四角い机と向かい合って座るスペースがある個室だった。
「あの本棚、開くんですか!?」
驚きのあまり大声を出すと、奥にいたお爺さんが咳払いをした。……騒がしくしてすみません。
「あレ? マサユキったら、知らなかったノ? あの本棚だけ、シヅクの個室用の隠し扉なんだヨ?」
きょとんとしたソラの声に僕は「知らなかったよ……」と返して自分の頭を抱えた。
そもそも、この店内に個室を設ける彼って何者なんだよ……。もしかして、『とこしえ』なら安心って言ってたの、そういうことか……?
話の中心にいる彼はこちらを一瞥した後、右手で僕にそっと手招きをして中に入っていった。
永久さんから「サービス!」と大きな瞳でウインクをされながらもらったホットカフェオレを手に持って、僕は圧迫面接に参加した就活生のように縮こまっていた。
座って五分は経ったのだが、どちらも言葉を探すように沈黙が続いている。
微妙に距離感が掴めないのもあるけれど、ここに連れ込まれたというのは、何か理由があるのだろう。辛抱強く彼の口が開くのを待った。
彼もまたこちらに近付く気配が無く、カーテンのように長い前髪を垂らして俯いていたが、やがておもむろにぼそぼそと話し出した。
「雅雪、だっけ」
「あ、はい。そうです。八代雅雪です。僕の、名前」
「……お前も大概、変な奴だな。目の前に正体不明の怪異がいるのに、逃げださずに会話するだなんて」
「しづくさん、やっぱり怪異……なんですか」
「そうだな……。最近『食べて』無いから今は人間側より、怪異側に近い存在だ」
身内や知り合い以外の反応を見たら分かると思うけど、と言いながら彼は足を組んだ。
「久々に俺のことをすぐに認識して視える奴と会った。やっぱり祥子さんの能力を引き継いでいるのか」
彼の言葉に僕は小さく頷く。
大体のものは怪異と聞いたら人型でないものが大半なのだが、しづくさんはどう見ても生きている人間と並んでも違和感が無かったから気付けなかった。
「本当に僕に危害を起こしたり、殺そうとした人物は、会ってすぐ攻撃しようとするのですが、しづくさんはそういうことが無かったので、逃げなくても良いかな、と」
「お前いつもどんな奴に絡まれているんだ?」
「そりゃもう……上を向いて歩けなくなるくらいには」
「深刻だな、それは。用心棒の一つでも付けておけば良いのに。お前くらいの妖力なら使い魔の一人二人使役していてもおかしくないだろ」
「使い魔を使役だなんて……。そんな魔法みたいなこと出来ませんよ……」
「難しい呪文なんていらないよ。契りに必要なのはお互いの意思の一致だ。それだけあれば十分契りは成り立つ」
「なるほど……?」
「要するに対象の怪異が自分にとって必要か否かってことを示せば良いんだよ。その申し出に怪異側が乗れば交渉成立」
そういう奴にお前も出会えたらいいな、としづくさんは笑った。
彼はその後「じゃあな」と言ってさっさと席を立ったものだから、少しの間僕はぽっかりと空いた目の前の席を見つめてまだほんのりと温かいマグカップを両手に持った。
「……使い魔、か」
後ろ盾が必要だと忠告した原を思い出す。
そう言われても僕の頭じゃさっぱり答えが見つからず、頭をグルグルと回してはみたが今の僕には白い膜が張り始めた残ったカフェオレを飲み干すしか出来る行動が無かった。
――あ。そういえば、しづくさんが何の怪異なのか、聞くのを忘れていたな。
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