第160話 悲しき幻想

 ラックス冒険者ギルドで話題の美少女冒険者、クリスティーナちゃんは割とすぐ近くに居た。

 男達に囲まれて、ちやほやされている女冒険者が居たのだ。

 男を侍らせてる……逆ハーレム?

 しかし、なるほど。確かに可愛いらしい。

 今までに見た事のないタイプの女冒険者だ。

 今まで見た事のある女冒険者って、やっぱりなんというか……ゴツイ。

 美人冒険者と言われてる女冒険者も、アマゾネス系ワイルド美人とか、凛々しくて気の強い女騎士系とか、そういうタイプばかりだった。

 大人しそうな女冒険者は、村から幼馴染と一緒に街に出て来た新人の女の子がたまに居るくらい。

 でもそういう女の子って、女に飢えた男冒険者達の激しい競争の中で生き残らないんだよね。普通に冒険中に命を落とす子も居るだろうし。色んな意味で中々生き残らないのだ。

 まあ、元は村娘だから垢抜けてない子ばかりだし、そもそも美少女だったら、普通は危険な冒険者なんかにならないよね。

 だから男受けしそうな、大人しくて控えめな感じの美少女冒険者なんて、基本的には存在しないのだ。夢が無い。

 だけどクリスティーナちゃんは正統派というか……普通に可愛らしい女冒険者だ。

 まあ、前世基準の”異世界には美女美少女が溢れている”なんて幻想を抱いてた頃の私が見たなら「ええ? これで美少女?」と思ったかもしれない。

 だけどこの世界は前世より相対的に美女美少女が少ないと分かった。それを理解してしまった今基準で見ると、彼女は相当な美少女冒険者になるだろう。

 少女……というには少々厳しい感じがするが、頑張って若作りしてる。

 今世の私は目が良過ぎるからね。隠しきれないモノが見えてしまうのだ。

 でもホント、パッと見はすごく可愛らしい。薄眼で見ればかなり可愛い。

 服装も革鎧を工夫してスカートぽくしていて、女性らしさを損ねていない。


「クリスティーナちゃんなら、絶対に選ばれそうだよね」

「うむ、クリスティーナちゃんの美貌は侯爵家に相応しい」

「やだぁ~。選ばれてもぉ~、クリス、侯爵家の仕事なんて出来るかなぁ~」

「その時は僕達クリスティーナ親衛隊を推薦してねっ。全力でサポートするよ!」

「ありがとぉ~。皆、大好きだよぉ~」

「「「でへへへ」」」


 ……うっわぁ。


 アイドルですか?

 彼女自身は強いのだろうか?

 いやまあ、仮に彼女自身があまり強くなくても、協力してくれる人達を集める人望が有ると言うのも、実力の一つと言えるか。


「おい、見ろよ。近くにクリスティーナちゃんが居るぞ!」

「マジか! おお! やっぱ可愛いなぁ~」

「今日は俺達みたいな駆け出しを相手にしてくれる職員が少なくて、ハズレ日だと思ってたけど、ラッキーだったな!」


 私の前に並んでいる駆け出し冒険者ぽい三人組の若い少年達が、クリスティーナちゃんが近くに居る事に気が付いてワキャワキャしてる。街でアイドルを見かけたって感じか。

 

「クリスティーナちゃんは、俺達親衛隊の中で誰が一番好きなんだい?」

「やだぁ~、こんな時にぃ~。皆、大好きだから選べないよぉ~」

「じゃ、じゃあ、好みの男性のタイプを教えてよ!」

「え~。えっとぉ~。浮気しない人が良いなぁ~」


 クリスティーナちゃんと、その親衛隊の会話が聞こえて来る。


「おい! 聞こえたか!?」

「ああ! 俺、絶対浮気しねぇ! クリスティーナちゃん一筋だ!」

「「俺もだ!」」


 先程の会話が前の三人組にも聞こえたらしく、更にワキャワキャしている。

 わ、若いな……。

 今のクリスティーナちゃんの言葉から、自分達にも目が有るとでも思ったのか?

 まるで前世の若い頃の自分を見ている様だ。女の子と恋愛に幻想を抱いていた、あの頃の……。

 あんな男を選びたい放題状態の女性が言う「浮気しない人が良い」って、一見多くを望まない控えめな事を言っている様に見えて、実は凄く理想が高い事を言っているのだと思う。

 おそらく彼女の言う「浮気しない人が良い」の本当の意味は”女性なら誰もが羨むような超ハイスペックの男性が、他の女性には一切目もくれず自分だけを見てくれる状況が良い”な気がする。

 少なくとも”浮気しなけりゃ誰でも良い”という意味ではあるまい。

 現状、貧乏くさい駆け出し冒険者の君達は、それなりにランクの高い冒険者達にちやほやされている彼女の眼中には無いと思うよ。

 というか、君達。浮気するしない以前に、クリスティーナちゃんと知り合いですらないんじゃない?


 ――ザワワッ!


 そんな風に思っていたら、ギルド内に緊張が走る。

 受付の奥から、明らかに高貴な雰囲気の男性が姿を現した。

 年齢は四十位。グレーの総髪に貴族然とした口ひげ。服装は仕立ての良い臙脂服だ。姿勢も冒険者達と違ってピシッとしてる。

 ナイスミドルで仕事の出来そうなイケオジである。

 私は受付に並んでたので結構近い。


「一般の入り口からでなくて、そっちから来るんかーい」

「ギルド職員の動きが、何時もと違う時点で気が付くべきだったな」

「き、気付いていたさ」

「いやお前、一般入り口ガン見してたじゃねぇか」

「侯爵家の執事のブラストさんだ」

「ようやく来たか」


 どうやら侯爵家の使いの人が来たようだ。

 冒険者達の反応はソワソワする人、堂々としてる人、じっと様子を見てる人と様々だ。


「ふむ……君、私の後ろへ下がり給え」


 侯爵家の使いのブラスト氏はギルド内を一瞥した後、随伴していたギルド職員にそう言った。

 そして職員が後ろに下がり、彼は受付の前に出て、ギルド内の冒険者達を見渡す。

 

 何か発言するのかな?

 おそらくその場の全員がそう思ったであろう、その瞬間――ブラスト氏の体から前方広範囲に魔力が波の様に発せられた。


 ――これは……三剣岳ダンジョン最深部で、ローブ骸骨が使ったのと同じ感じか?

 ローブ骸骨のに比べて威力は大分弱いが……。


「――ひっ!」

「……う……」


 目の前の三人組がバタリと倒れる。

 いや、後ろを見れば三人だけでなく、ギルド内の冒険者達が皆、倒れたり膝をついている。ブラスト氏の前方で立っているのは私だけだ。

 これは威圧的な何かのスキルか?

 確かローブ骸骨も「威圧も恐怖も受け流しますか」とか言ってたような。そういうスキルみたいだ。


「これだけ近くで私の威圧を受けて、平然と立っていられるとは興味深い」

「え?」


 冒険者の方を見ていたら、後ろから声を掛けられる。

 その声に振り向くと、ブラスト氏が私を、言葉通りに興味深そうに見ている。


 いやいやいやいや、ちょっと待て。ちょっと待って!

 私は試験を受けに来た訳じゃないってのよ!


「実力は申し分無し。だがお尋ね者を雇う訳にもいかぬのでな。顔と冒険者証を確認させてくれ」

「……えと……その……私は昨日この街に来たばかりで事情がさっぱりでして……ギルドには良い仕事が有るか見に来ただけでして、こういう試験的な何かを受けに来た訳では無いのです。申し訳ありません」

「良い仕事なら私が与えよう。顔とギルド証を見せたまえ」


 完全にロックオンされている!

 先日、異世界あるあるテンプレイベントなんて無いな……と思っていたら、今日になってイベント発生かよ。

 しかも貴族とお近づき系とか、一番要らないパターンなんですけど!


 マズイマズイ。


 この国に鑑定の魔道具は無いとは聞いたけど、それは一般レベルでの情報。侯爵家という上位の貴族なら実は持っていてもおかしくない。貴族家に雇われるとなれば鑑定されそうだ。

 なんとか逃げられないか……そうだ!


「昨日、この街に来る最中に盗賊団を捕らえ、門で引き渡した際に、騎士様から調べが終わるまで、連絡が付くようにしておいてくれとの指示を受けております。今日はどんな仕事が有るかを見る為に、ここに来ただけでして、新たに仕事を頂く訳には参りません」

「昨日、報告にあった盗賊捕縛の件は君だったのか。捕縛したのはCランク冒険者で見目麗しい美少女と聞いている。顔と冒険者証を見せたまえ。私が確認すればその騎士には私から言っておこう」


 ……駄目だった。

 他に何か……何か……うーむ、思いつかない。


 うーん、封建制度のこの世界で、貴族関係者の言う事を聞かないのはマズよな……。

 仕方ない。

 フードを取ってギルド証を出す。


「……ほう……あの騎士、大袈裟に言っているかと思ったが……」


 私の顔を見てブラスト氏が呟く。


「な……な……凄え可愛い!」

「き、決めた! 俺、この子一筋でいく! 絶対浮気しない!」

「「俺もだ!」」


 私の顔を見た駆け出し三人組がなんか言ってる。倒れたまま何言ってるんだ。

 というか君等……クリスティーナちゃん一筋で絶対浮気しないんじゃなかったんかい!

 

 因みにクリスティーナちゃんは、泡吹いて白目で倒れていた。

 アイドルがそれはまずいよ。

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