第146話 変わらない本質

「お、嬢ちゃん可愛いね! 僕と……」

「アアン?」

「ひぃいいい!」


 グラッツがナンパ男を追い払ってくれる。

 それによって……まあ……一応、快適に買い物が出来てるのかなぁ……。


「姉貴、食料を随分と買い込んでるけど、ダンジョン攻略の為なのか?」

「そうですね」

「流石姉貴だぜ! もう下積みは終わらせたんだな!」


 ある意味、お前のせいで強制終了だよ。

 本来はじっくり冒険者の仕事を覚えながら、Cランクを目指すつもりだったんだ。

 まあ、実力バレによるありがたい一面も有るけどさ。


「姉貴は今はどの辺りなんだ?」

「三十階層まで降りました。明日から五日で四十階層に到着予定です」

「三週間で俺達と同じCランク狩場に到着してて、一週間後には大きな壁と言われるBランク帯かよ。流石姉貴だぜ!」


 私を陥れる為に好き勝手尤もらしく話を作っては「俺、何か間違った事言ってるか?」が口癖だったグラッツが、今はさすあねさすあねを連呼。


 ……なんだかなぁ。


 一応、話が付いて終わった事だ。別に蒸し返すつもりは無いが……また見たい顔でもない。

 ぶっちゃけある意味、しつこいナンパ男よりも鬱陶しい。

 前世で、苛めっ子や言いなじって来る職場の奴相手に、何かしらやり返したり、証拠を集めて整合性の無さを突き付けて、言い負かしたりした事はあった。根拠が有って物を言う訳ではなく、私を言いなじるのが目的で根拠を捏造する奴の言う事って、尤もらしくはあってもまともでは無いと言うか……大抵整合性が無いからね。やり返す事自体は不可能では無かった。

 だけどやり返した後は、それはもう壮絶な報復や凄まじい逆恨みを受けてばかりだった。『お前は格下なんだよ』と分からせようと、より苛烈で攻撃的になった。

 そんな経験しかない私にとって……こんな風にやり返した相手が、ここまで好意的に変わるというのは初めてだ。


 正直、困惑が大きい。


 いやまあ、理由は分かってる。

 今世の私が強いからだ。

 今回も仮に、私が弱いけれど何かしらの方法や誰かの助けを借りてグラッツをやり込めてたとしたら、その後の結果は絶対に違うだろう。グラッツから凄まじい逆恨みを受け、陰で陰湿な報復を受けたはずだ。

 それが分かっているから……分かってしまうから……今の好意的なグラッツが気持ち悪くて仕方がない。

 だからといって拒絶するかと言えば……ちょっとね。


 あの私が大暴れした一件で、グラッツは最後には自分の悪事を認めた。その態度も誠実だった。

 自ら言わなければ、追及されずに済んだかもしれない事まで、隠そうとも流そうともせずに語った。

 今思えばその事は、あの時の私の心境に対して非常に大きかった気がする。

 怒り心頭のあの時の私の心境は非常に複雑で私自身、あの時の自分がどう解釈し、どう行動するか読み切れない所はあるが……もし、あの時にグラッツもエミリアと同様に人のせいしようにしたり、質問に答えず質問に質問で返して話を逸らしたり、何処までだったらバレないかそのラインを見極めようとする様な態度をとっていた場合……私はゴーガッツが何を言っても一切聞く耳持たず、グラッツとエミリアをオーガの集落に放り込む事に執着した可能性はあったと思う。


「姉貴。他に要る物はあるかい?」

「後は……『使用中』のプレートは何処で売ってますかね?」


 ダンジョン内の小部屋を野営場所に使う時用のプレートだ。木の板に書いた物でも良さそうだけど、一応、ダンジョンに吸収されにくい素材で作ったプレートが有るらしい。

 今は凪原旅団のを使ってるけど、来週からはソロになるから自分用に持っておかないとね。来週も買い物に来るとは限らないし。


「それならギルドでも売ってるけど、確かあの雑貨店にも売ってたな。こっちだぜ。姉貴」


 グラッツの案内で雑貨屋へ向かう。

 雑貨屋に入ると、数人の冒険者がカウンターで店員と話をしていた。

 まだ新人の冒険者パーティーなのだろう。道具の使用方法の説明を真剣に聞いている。

 私のおかげ(せい)で冒険者ランクが低くても、こういう説明は差別なくする様にという通達が領主と冒険者ギルドから出された為に、別の低ランク冒険者らしきパーティーも居て中々混んでいる。

 他にもランクが高い者が、低ランク相手に無理に割り込む事を禁止とかね。そういうのは冒険者側が守らないとどうにもならないんだけど、この店の様子を見るにそれなりに上手くいっているのかな?


「混んでんなぁ。姉貴ちょっと待っててくれ。あの邪魔な奴等を追っ払ってくるからよ」

「はい?」


 そう言って、新人冒険者達の方へ向かうグラッツ。


 ……やっぱグラッツは、グラッツだな。

 下に見てる奴には、何をしても良いと思っていやがる。

 グラッツは確かに私に対してとった行いを、誠実な態度で反省し謝罪した。

 だけどその反省と謝罪は『実は強者だったあなたに舐めた真似してすみませんでした』という意味であり『弱い奴には何をしても良い』という考えは変わっていない。

 前世に何処かで、人は『見方』は変えられるけど、その『本質』を変える事が出来ない、と聞いた事がある。

 グラッツは私の強さを目にして、私に対する『見方』を変えた。だけどやっぱり『本質』は変わってないと言う事なのかもしれない。


「おう! お前等! どけぃ!」

「え? ひぃ!」

「な、なんですか?」

「雑魚共があね――ぎぃああああああ!」


 グラッツを打撲拷問で殴る。

 床に転がり苦痛で悶絶しているグラッツの胸倉を掴み、目線の合う位置まで持ち上げて睨みながら言う。


「お前、俺の目の前で通達を無視するとは、どういう了見だよ?」

「――っごふぉ! がふっ……こ、この街じゃ、姉貴がルールだと……」

「その俺がギルマスに委託して出来た通達を、虚仮にすんじゃねえよ」

「す、すいやせん! 姉貴!」

「……分かれば良いです。帰りましょう」

「え? プレート買わなくて良いのかよ?」

「今週、必要な訳でも無いですし、ギルドで買えるのなら、ここで無理に買う必要ないですからね」


 グラッツを解放し、目の前で突然起きた私とグラッツのやり取りに、目を白黒させている店員や新人冒険者達に「お騒がせしました」と言って店を出る。

 宿まで送ると言うグラッツの申し出を断り、ナンパ男から逃げながら宿へ帰った。


 人は『見方』は変えられるけど、その『本質』を変える事が出来ない。

 その言葉は、そのまま私にも当てはまる。

 まず間違いなく、私はこの世界で歪ながら絶大な力を持っている。それに関しては自意識過剰ではあるまい。

 それによって前世では考えられない様な、強者としての体験をして来た。強者としての立場を手に入れた。

 だけど私の本質は、結局変わらない。

 私には私を姉貴と呼んで慕ってくれるグラッツに対して『憎めない奴だ』と寛容に受け入れる事が出来ない。

 どうしても『私が強者だから今は態度変えてるけど、どうせ弱者相手には何しても良いと思ってるんだろ?』という弱者立場で考えてしまう。

 我ながら器量の狭い事だと思うけど、それでもそう考えてしまう。


 私はいくら物理的に強くなっても、その本質は弱者のまま、という事なのかもしれない。

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