第137話【閑話】他の転生者達9

 私の名前はアイリ。


 皆さん、ごめんなさい。

 私もここまでの様です。


「ケチチチチ。もう逃げないのかな? まあ、何処に逃げても隠れても無駄だけどなぁ。ケチチチチ」

「はぁ……はぁ……。ど、どうして……私の居場所を?」 

 

 私が今居る場所は、とある森の中です。

 エルフ――森人に転生した私は、森の中では様々な補正を受ける事が出来ます。

 森の中で私一人であれば、大抵の相手からは逃げる事が可能なのです。仲間達とはぐれた後、人攫いや盗賊達に狙われても、森の中に逃げ込む事で難を逃れてきました。

 ですが現在、私を追跡して来ているこの男からは、逃げ切れる事が出来ません。

 森の何処に隠れていても、気配を消していても、的確に私を見つけてきます。


「ケチチチチ。不思議か? ……聞いてみてもいいかな? お前、『マップ』と言う特殊技能の権能の一つ『マーキング』って知っているか?」

「――!?」

「ケチチチチ。その反応。知ってるね~。そのマーキングにさ、お前が登録されてるんだよね~。それを追ってきたのさ」

「……あ、あ……そ、そんな。あ、あなた……妖魔王ディスロヴァス!?」


 妖魔王に攫われた仲間達。その中の一人が持つ特殊能力のマップと、その権能の一つのマーキング。マップを持っている仲間は、はぐれた時の為にと仲間全員をマーキング登録していました。

 それを知っていると言う事は……いえ、その権能を使っていると言う事は……この男は仲間達の体を使った……妖魔王ディスロヴァスの憑依体?


「ケチチチチ。ディスロヴァスねぇ。あんな生き意地汚い生き延びる事だけは得意のゴブリンなんぞと同一視しないで欲しいね。奴なら、おそらく何かの実験の失敗で自滅したよ。ケチチチチ。ざまぁないぜ」

「え?」


 妖魔王が自滅? 実験の失敗?

 仲間達が妖魔王の実験体にされる際に、何かしら抗った結果なのでしょうか?


「まあ、お陰で混乱中の聖教国の奴の拠点から、良い物を手に入れられたがねぇ。ケチチチチ。さて……」


 謎の男が私を見据えます。

 男は青い刺繍の入った漆黒のフード付きのローブに、不気味な笑い顔の仮面を付けています。その仮面の奥の青白い瞳が、少し光ったように見えました。


「ケチチチチ。名前はアイリ。レベルは23。スキルは中々……お、祝福持ちか!?」

「――!? ま、まさか……鑑定も!?」

「お、それも知ってる? な~るほど! お前、ディスロヴァスの拠点に有った、実験体の仲間って事か? マーキング登録されてたのも、その為ね。ケチチチチ」

「そ、その人達をどうしたのですか!?」

「ケチチチチ。聖教国に有った体なら――全部喰って祝福と特殊技能を取り込んだよ。ケチチチチ」


 目の前が真っ暗になります。

 み、皆……そ、そんな。


「ケチチチチ。そう絶望しなさんな。俺に見つかって良かったじゃねえか。……お前もお仲間同様に取り込んでやるよ」

「――いやぁあああ!」


 思わず悲鳴を上げてしまいます。

 そしてなりふり構わず逃げようと、男に背を向け走ろうとしますが……。


 ――ダシィッ!


「――ぁぐぅ!」

「ケチチチチ。無駄無駄」


 すぐに組み伏せられてしまいました。

 凄い力です。とても振りほどけません。

 転移の再使用も、まだ出来ません。


 本当に……これまでの様です。


「それにしても……お前の祝福、解析しても抽象的な……いや、これは……そういう意味か?」


 ……?


 何を言っているのでしょう?

 私の祝福の事でしょうか? 確かにコウさんも、抽象的な説明で詳細が分からない部分が有ると仰っていましたが……。


「な~るほどね。ケチチチチ。お前が俺やディスロヴァスと遭遇したのは、お前の祝福の効果だわ」

「――!?」


 ど、どういう事でしょう?

 いえ、確かにコウさんから一応の説明を聞いた時、何かの運命系の祝福の様な印象を受けましたが……まさか……仲間達を妖魔王との遭遇に巻き込んでしまったのは……私のせい?


「ケチチチチ。ケチチチチ。と言う事はだ! やはり次代の妖魔王は俺だと言う事だよなぁ! だよなぁ! ケチチチチ」


 上機嫌で笑う謎の男。

 それとは対照的に、私は失意のどん底に……。


 ――その時。


「――たりゃぁぁ!」

「――うごぉあ!」

「――!?」


 拘束が解けて体が動かせるようになりました。

 私を組み伏せていた謎の男が、吹き飛ばされたようです。


 何事でしょうか?


 起き上がった私の目に映ったのは……まだ二十歳にもならないであろう若い男性。

 防具は軽装ですが、大きな両手大剣を軽々と手に持っています。


「大丈夫ですか?」

「え?」


 その男性に話しかけられます。

 黒髪に黒い瞳。その目は強い意志を宿し、まだあどけなさすら感じる若い顔立ちにもかかわらず、精悍な表情。


「ケチィ!? 勇者アレンだとぉ!?」


 吹き飛ばされた謎の男が驚愕の声をあげます。

 勇者? この若すぎる男性が?


「うん? 僕を知っているのか? ともかくこの女性には僕も用事があってね。そうで無くても女性を組み伏せる様な無体を許すつもりは無い。お前は何者だ?」

「ケチチチチ。鑑定中はマップによる警戒が出来ない。油断したよ。それにしても、何故、お前がここに?」

「その女性を探していてね。悲鳴が聞こえたから駆けつけてきた。それでお前はこちらの女性に何の用だ? お前が妖魔王ディスロヴァスとやらなのか?」

「……俺はディスロヴァスでは無い。新たなる妖魔王だ。……しかしそうか……そのエルフの祝福の効果を考えれば……新たなる妖魔王たる俺と勇者アレン、この遭遇も必然か」

「どういうことだ?」

「ケチチチチ。今の俺ではお前には勝てねぇな。俺の名はバイアル。新たなる妖魔王となる者。お前とは新たなる妖魔王と真の勇者として、再び巡り合う事になるだろうさ。さらばだ!」

「逃がすか!」


 バイアルを名乗る男は、猛然と走り去ろうとしますが、勇者がその後を追います。

 しかし追われるバイアルが振り向いたその時、両手から魔法が放たれます。


「フレイムウォール!」

「うおおらぁあああ!」

「――ケチィ!?」


 視界が真っ赤に染まる程の広範囲の炎の壁が立ち上がりました。

 ですが勇者はその燃え盛る火炎を剣で振り払いながら、バイアルに迫ります。


「色々知ってそうだし、逃がさん!」

「このバケモンが! これならどうよ!」


 バイアルが再び両手を構えます。構えた両掌から何やら光が……。


「――! それは!?」

「覇!」


 バアルが光る手を勇者に向けた瞬間、その手から気の塊の様な物が放出されました。


「たぁっ!」


 勇者はその気の放出物を避ける事無く、大剣を盾に気合を入れた声で受け止めます。

 避ければ、私に気の放出物が当たるからでしょうか?


 そのまま爆音と共に勇者が爆発に飲まれます。


「……あ」


 勇者は……私を庇って――。


「――くそっ! これはルドさんの……何故、あいつが……」

「え?」


 爆発で舞い上がった土煙の中からは、少し服が破れたものの、何事も無かったかの様に勇者が立っていました。

 両手大剣を盾にしたとはいえ、先程の攻撃はかなりの威力だったかと思いましたが……。


「逃げられたか。あぁ……また剣が折れてしまった」


 勇者がそう呟くと、盾にした大剣がボロボロと崩れ落ちました。

 そして勇者はそれ以上、バイアルを追いませんでした。

 追うつもりが無いのは……剣を失ったのも有るのでしょうが、彼の目的が私を探す事だからでしょう。

 勇者聖女協会が、私を探している事は知っていました。各地の協会に妖魔王ディスロヴァスの情報を、矢文で知らせて回っていましたから。


 勇者が私の目の前に立ち、挨拶をしてきます。


「初めまして。僕はノアの里の認定勇者アレンと言います。勇者聖女協会の指令により、貴女を探していました」


 それが私と、勇者アレン様との出会いでした。

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