第133話 暴君(笑)降臨

 久しぶりのベッドでぐっすり眠りました。

 お陰ですっかり頭が冷えました。


 やぁぁぁっちまったぁあああ!


 いやまあ――やらずに後悔する位なら、やって後悔してやるよ――そう覚悟した上でやったんだけどさ。

 バッチリ、やった事を後悔してる訳ですよ。


 相手に大いに原因が有るのは間違いないが、やり返すにしても度が過ぎた。前世の鬱憤を思いっきり乗せてしまったなぁ。

 私は私が思ってる以上に、鬱憤を貯め込んでいたようだ。


 それにやってる事も危な過ぎた。

 魔剣を腕で受けるとか、もし出血したらどうすんだよ。あんな大勢の前で紫色の血を見られたら、社会的に終わりだった。

 魂契約まで使ってしまったよ。あれも普通の契約と、どう違うか分からないし。

 当時は悪魔バレも上等! ……って感じで荒ぶってたけど、冷静になった今となってはなんて馬鹿な事を……。


 まあ、それでもやらなければ、やらなかった事をずっとウジウジしただろうから、やった甲斐が無かった訳じゃないけど……後悔が無い訳でも無いんだよなぁ

 厳密に言うと、やった事を後悔……というよりは、落としどころを間違った感じかなぁ。

 どう考えても、ドレイクバスターズの仲立ちを受けるのがベストだったよなぁ。


 というか……この街のトップ冒険者パーティーのドレイクバスターズを、ぶっ飛ばしてしまった以上……私がこの街のトップ冒険者?

 いやいやいやいや……私はそんな器じゃないぞ。身に余る。持て余し過ぎる。

 一歩引いた位置に居たい小物な私にとって、ドレイクバスターズにはトップに君臨して貰って、私はそのトップが認める実力者……そんなポジションが良かったのだが。


 はぁ……もうどうしようもないよね……。

 やらずにウジウジしない為にやったんだ。

 やった事をウジウジしてたら、それこそドレイクバスターズの連中に申し訳ない気がする。


 よしっ! 切り替えよう!


 という訳で、ローブを羽織り、フードを被って冒険者ギルドに向かう。

 ギルドマスターのゴーガッツに呼ばれてるし、結果的にはこの街で冒険者ランクを上げる事が出来そうだ。


 ギルドに入り、受付に並ぶ。


 なんとなく……いや、明らかに皆、静かで大人しい……何故なんでしょうねぇ?


「ガッハハハハ。久しぶりに地上に戻ってみたら、今日はなんか静かだな。皆、不景気な顔してやがるぜ。俺様は今回、良い感じに狩りが出来たぜぇ。ガハハハハハ」


 受付で並んで暫く、静かな雰囲気を打ち破る様な、陽気な声が後ろから響く。

 声の主の髭モジャ冒険者からは酒の臭いがする。朝から飲んでるようだ……いや、昨晩から飲んでて、そのままギルドに来たのかもしれない。


「さてとぉう! 報酬を受け取ってやるぜぃ! ……お? なんかまた見かけない奴が居るな? 新入りか? おい! 小僧! 激しい戦いから戻って来たCランク冒険者の俺様に、順番を譲ってくれや」

「はい?」


 どうやら、私に話しかけている様だ。


「んん? 小僧かと思ったら可愛い声してるじゃねぇか。女だったのか。ちょっと顔見せてみろよ」

「え? あ……」


 酔っ払いに遠慮なくフードを取られる。

 冒険者は基本的に詮索を嫌う為に、冒険者のフードを取るなんてマナー違反だ。それをやるとはこの髭モジャ冒険者、相当酔っている。


「…………お…………おお………………うひょおおおおお! すんげぇぇえ美少女じゃねぇかぁあ! うひょっほう!」


 私の顔を見た酔っ払い冒険者が奇声を上げる。


「美少女どこどこ……って――ぎゃああああああ!」

「うげぇええええええ! ルーノさんじゃねぇか!」

「ひぃいいいい! あの馬鹿を止めろぉおおおお!」


 私の顔を見た周りの冒険者達が悲鳴を上げる。

 解せぬ。


「へっへっへ。嬢ちゃんよぉ。俺様とこれから一杯やんねぇ? このCランク冒険者の……うん? なんだお前等……あだだだっ――何をするおまうげおごぉっ!」

「すすすみません! ルーノさん! コイツはダンジョンに籠ってたみたいで、昨日の事情を知らないんです」

「俺達がキッチリ教育しときますんで、お許しを!」

「あ、はい」


 ボコられ、奥へと引き摺られていく酔っ払い冒険者。


 ま、まあ、割込みは良くないよね。うん。

 酔っ払いを冒険者を見送り、前を向く。


「……」


 前を向いた私の目に入るのは、蒼白な顔で引きつった営業スマイルを貼り付けた受付嬢。

 私と受付との間には誰も居ない。


 ……おかしい……ついさっきまで、私の前に五人程が並んでいたはずだが……。


「あの~。ちゃんと並びますよ~」


 誰に言うでも無く、周りに声を掛ける。


 ……。


 しーん……って感じである。

 誰も私の声掛けに反応しない。

 

 うーん。この空気が辛い。

 はい。私のせいですね。

 これはさっさと用件を済ませて、立ち去った方が皆の為だな。

 受付へと向かう。


「おはようございます」

「お、お、おは、おはようございましゅっ」


 そんなに怯えないでくれ……。


「ギルドマスターに取次ぎをお願いしたいのですが、その前に魔石と素材の買取お願いして良いですか?」

「は、はい! 誠心誠意努めさせて頂きます!」

「それでは……」


 今回、暴れて実力バレした事によるメリットもある。

 処分に困っていた高ランク素材や魔石を堂々と売れる事だ。

 私の強さを嫌が上でも思い知ったこの街のギルドでなら「本当にお前なんかがAランクの魔物を倒したのか?」なんて面倒な事にはならないからね。

 三剣岳のダンジョンで勇者シルヴィナスパーティーが結構購入してくれたが、流石の勇者パーティーでも、私の手持ちの素材を全部購入し切れなかったんだよね。


 とりあえず、Aランクの魔石十個を受付カウンターに置く。


「これの買取をお願いします」

「……これって……魔石でしょうか?」

「魔石ですね」

「なんか大きいんですけど……」

「Aランクですからね」

「オークション案件じゃないですかっ!」

「ええ……」

 

 まじかぁ……ダンジョン都市でも、Aランク素材ってそんな扱いなのかよ。


「す、すすすみません! つい叫んでしまいました」

「あ、いえいえ。こちらこそ、そんな大事とは思わず……これって売るにはどうすれば良いのですか?」

「も、もも、申し訳ございません。すぐにギルドマスターを呼んでまいりますのでっ!」

「あっ、いえいえ、この後会うので良いですよ。ではゴーガッツさんに相談しますね」

「すみません。お願いします」


 ホッとした様子の受付嬢。Aランクの魔石を数千……下手したら五桁持ってる事は言わない方が良いな。

 失敗したなぁ。オークションレベルだったとは。

 せめて一個から様子を見るべきだった。


「それでは鍛冶の出来る方を、紹介して貰う事って可能でしょうか?」

「かしこまりました。鍛冶、裁縫、革細工等、各種職人をご紹介致します。どの様な職人をお望みでしょうか?」

「この素材は鍛冶屋で良いのですよね?」


 メタルミノタウルスのドロップアイテムの鼻輪をカウンターに置く。

 これは勇者パーティーの物知りロンゲエルフのユリウスが「鍛冶屋辺りは喜ぶだろう」と言ってたんだよね。

 Aランクの魔物の素材で作成された武器なら、凄い性能の武器になるんじゃないかな?

 これで武器を作って更に私に専用化すれば、再生する武器の出来上がりだ。


 私に武器が必要なのかって?

 要るよ。

 腐攻撃は人に見られたくないから使いどころが限られるし、体術では戦いたくない相手が居るのだ。

 ゾンビとかゾンビとかゾンビとかね。

 ゾンビとは、そもそも戦いたくは無いが。

 

「……見た事無いですね」

「メタルミノタウルスの鼻輪だそうです。あ、これは売らないですよ。これで武器を作ってもらうつもりなので」

「……メタル……ミノタウルス……まるでBランクモンスターのミノタウルスの上位種かのような……」

「Aランクモンスターだから上位種ですね」

「これもギルドマスター案件ですっ!」

「ええ……」


 Aランク素材関わると、全部ギルドマスター案件らしい。


「それでは武器を専用化出来る鍛冶屋を紹介して貰えないですか?」

「せ、せ、専用化!? す、すす、すみませんルーノ様……」

「……これも?」

「ギルドマスターにお願いします!」


 専用化はルタの村のイリーナさんが、頼んでも無いのにしてくれたのになぁ。


「も、申し訳ございません。何のお役にも立てず……」

「い、いえ。ではBランク素材なら良いですよね?」

「……ルーノ様は、まだこの街のダンジョンに入ってなかったですよね? つまり……この街のダンジョン産の素材では無いのですよね?」

「ですね」

「……物によってはオークション案件ですので……」

「ゴーガッツさんに相談します」


 ダンジョン都市でもAやBランク素材は持て余すのかよ。


「ではCランク素材をお願いします。これはあんまり数が無いんですけどね」

「は、はははい! 直ぐに!」


 ようやくCランク素材を買い取ってもらう。

 とはいっても、三剣岳ダンジョンでは魔物の数が多すぎてドロップ拾うのが大変だったから、AとBランク以外の魔石や素材はあんまり拾ってないんだよね。


「ルーノ様! お待たせしました! 全部でこの額になります! ご、ご確認ください!」

「はい、ええと……あれ?」

「え?」


 数値がおかしいような……。

 あ~、受付嬢の人、緊張し過ぎてるからだろうか……ミスってるね。一桁の所の掛け算が加算されて無いよ。


「ここ、計算間違ってないですかね?」

「――っええ!?」

「ほら、この部分が足されて無いですよ」

「……あ……あ……ぁああああああああああああああ!」


 自分の計算ミスに気が付いた受付嬢の絶叫が響き渡る。

 そんなに叫ばなくても……。


「大丈夫ですよ。訂正してくれれば良いですから」

「……真に……申し訳……無く……」

「大丈夫ですよ。大丈夫ですからね。訂正するだけで大丈夫ですからね」

「……二週間の……謹慎を申告致します……」

「いやいやいやいや! 良いですから! そこまでしなくて良いですから! ちょっと間違えただけでしょう!?」

「……何卒……命だけは……お許しを……」

「何でそうなるんですか!? この程度のミスなんか誰にでもある事ですよ! 昨日の件は明確な悪意が有ったからであって、こんなうっかりレベルの事で私はグダグダ言いませんから!」


 確かにお金に関するミスだから、結構大きいミスかもしれないけど、いくら何でも「命だけは」なんて事にはならないでしょ!?

 なんか周りから「あの受付嬢やっちまった! 逃げろ!」とか「もう駄目だー!」とか「ギルドマスターを呼べ!」って聞こえるぞ!


 一体、私はどんな暴君扱いになってるんだよ!?

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