第132話 凍てつく空気
「魔剣で斬り付けられておいて悪意無しって……」
ドレイクバスターズにはお咎め無しを主張する私に、困惑した様子のゴーガッツ。
そんなに私の解釈はおかしいだろうか?
ドレイクバスターズの連中には激高して危害を加えられたが、それは彼等の高いプライドが動機だ。グラッツとエミリアのあの弄ぶ様な質の悪い明確な悪意が動機とは、全然違うじゃないか。
グラッツとエミリアのした事は、普通なら街から出るか奴隷落ちだ。場合によっては命に関わりかねない。それに比べればドレイクバスターズのした事は、普通なら魔剣で切り殺されるだけじゃないか。
……うーん。
普通基準で考えたら、やっぱりドレイクバスターズの方が罪が重いのか。私以外なら確殺だもんな。
それでも彼等に恨みは無いんだよな。
最初はまともに仲立ちしてくれようとしてた訳だし、それを蹴った私にも原因はある。
「ああ……対抗心からの殺意はあっても悪意は無し……か……なるほど、そういう解釈か。わざわざ弱い者を探して甚振る様な奴等では無いのは確かだな。……ただなぁ……ギルド内で魔剣振るって矢を放って魔法ぶっ放してるからな。ギルドとしては何も問わない訳にはいかない」
「その辺のギルドとしての事案には口出ししませんよ。私個人は罪に問う気が無いという話なので。しかしギルド内で暴れた件に関しては、私にも責任ありますね」
「ルーノはあいつ等に『関わるな』と言っていたんだろ? その上で攻撃を開始したのはドレイクバスターズだ。あいつ等に責任取らせるさ」
「……でも」
「確認だが、ルーノはドレイクバスターズの連中をどうしたい?」
「どうしたいというよりも、むしろどうもしたくないというか……私としては恨みは全くないですし。とはいえ、今更仲良くも出来そうにもないですし……ここのダンジョンクリアしたら西へ行く予定なので、それまで大人しくしてて欲しいですね。彼等とはもう戦いたくないです」
「なるほど」
「正当防衛にしてもやり過ぎたと思ってまして……彼等に手持ちのポーションを提供したいと思ってるくらいなのですが、どう思います?」
勇者シルヴィナスパーティーメンバーのロンゲエルフのユリウスが作った、上級や中級のポーションを持ってるからね。
「受け取らないよ。俺からと言う形にしてもな。あいつ等はそういう事には敏感だからな」
「ですよねー」
そういう同情や施しは、更なる侮辱と受け取るだろうなぁ……あいつ等は……。
「私が言うのも何ですが……彼等のプライドは強烈に尖ってますよね。本物だとは思いますが」
「Aランクになる様な奴等は大体そんなもんさ」
「そうなのですか?」
「……ルーノは『Bランクの壁』という言葉を知ってるか?」
「知らないですね。冒険者ランクはBから、別格の待遇になるとは聞きましたが」
「魔物はBランクからステータスが跳ね上がるんだ。一般的な武器では通用しなくなるのもこのランクからだな。普通の人間が対抗出来る範疇ではなくなるんだよ。普通はな。ルーノはそういった事を感じた経験は無いのか?」
「ノ、ノーコメントで……」
「……ルーノには余程の才能が有ったんだな」
「……」
そう言われると複雑だな。
一応、レベル上げには励んでるけど、結局神様から貰った力を振るってるだけで、そこまで大した努力や危険な思いをしていないような気がする。
それともその程度の努力で強くなれるから『才能が有る』という事なのだろうか? 普通の人が何年もかけて努力して得る力を、あっけなく獲得してしまう事が。
こういう解釈は本当の『才能』に対して失礼かもしれないけど。
正直、私には才能が有る人の気持ちが分かんないんだよね。
とはいえ、どう頑張って良いか分からず、空回りばかりで、努力の仕方さえ分からない状態では無い。
力をくれた神様に感謝だな。
「冒険者の基本は『無理はしない』『確実に勝てる相手を狩る』と言ったところだな。それは間違いでは無い。一つの正解ではある。ただし、その正解のやり方でいくと、ほとんどの冒険者はCランクが限界となる。Bランクには上がれない。それが『Bランクの壁』だ。基本的にBランク以上に上がる為には、どうしても確実に勝てるかどうか分からない戦いに挑戦し続ける事になる。そんな戦いを続けて生き残れる奴等なんて稀なんだ」
「その稀な存在がドレイクバスターズ……」
「そうだ。勿論恵まれた才能も運も有ったが、あいつ等がAランクに成り上がった最大の理由は、あの尖った気概だと俺は思ってる」
「分かります。彼等は本当に『殺そうとする以上、殺される覚悟がある』人達でした」
そんな覚悟、私には無い。
私がAランクの魔物と戦えるのも、神様から貰った力によって確実に勝てるからだ。勝てるかどうか分からなければ、そもそも挑戦しない。
「ルーノのドレイクバスターズに対する考えは分かった。ただ、申し訳ないが……ルーノの考えを、そのままドレイクバスターズの連中に伝える訳にはいかないな」
「『俺達は喧嘩相手にならないのかよ!?』ってなりますよね」
「そうなんだよ。ルーノは直接関わらない方が良いだろうな。とりあえず連中に関しては俺に任せて貰って良いか?」
「是非、よろしくお願いします」
私が何を言っても「俺達からの喧嘩を買えやゴラァ!」としかならないだろう。
ドレイクバスターズに関しては、ゴーガッツに任せるしかないね。
マジ頼みますよ。ホント。
それからグラッツのパーティーメンバーや私を面白半分で蹴った野次馬冒険者、碌に確認もせず出禁扱いした受付嬢の対応等を話していく。
「今回の件に関しては、これで良いだろうか?」
「はい。それでお願いします」
「うむ。では最後に……改めて申し訳なかった」
「いえ……話は付きました。もう謝罪は必要ないです」
「謝罪を受け入れてくれて感謝する。さて、ルーノの今後の活動に関しての話もしたかったがもう遅くなった。ルーノがこの街ではAランク相当であるという通達もせねばならん。明日昼前までに改めて俺を訪ねて来てくれないか?」
「分かりました」
「では俺は先程話した『竜の息吹亭』とその周りの店に話をしに行く。通達が各所に回るまで取り急ぎ『竜の息吹亭』に泊まってくれ。『竜の息吹亭』には一緒に来るか?」
「ギルドマスター自ら行くんですか?」
「書類を作って職員に持たせて……なんてやってたら日が暮れちまうからな。俺が直接行った方が早い」
「お手数おかけします。それと私の冒険証の出禁取り消しの件はどうしましょうか?」
「すまん。それがあったな。では受付に言っておくから、対応して貰っててくれ。その処理が終わるまでには『竜の息吹亭』には話が出来てるだろう。俺は近辺の店にも通達に回っておくよ」
「分かりました」
ゴーガッツと共に執務室を出てギルド内部に戻ると、私の姿を見た冒険者や受付嬢の顔が強張り怯えた表情を浮かべる。
仕方ないけど……傷つくなぁ……。
ゴーガッツが手の空いてる受付嬢に声を掛ける。
「俺はしばらく出掛けるから、ルーノの冒険者証の修正を頼む。赤字で書かれてるのは全て取り消しだ」
「は、はいっ!」
「ルーノ、ではまた明日、俺を訪ねて来てくれ」
そう言ってゴーガッツはギルドを出て行く。
それを見送り、頼まれた受付嬢に冒険者証を出す。
「それでは修正をお願いします」
「は、はい。えっと……赤字で書かれてるのを取り消しですね」
「はい」
「それでは冒険者証を再発行致しますね」
「……再発行?」
「はい。すぐに済みますので」
「……いや、修正と言う話ですし、それで良くないですか?」
「もう書くスペースが少ないですし、新しい冒険者証の方が綺麗になりますし……」
「スペースとか綺麗とか関係無いでしょう?」
「……え?」
「不当な理由で捏造された出禁や×印が、書き込まれてる訳ですよね? 無かった事にするんじゃなくて、ギルド側の不手際でこの赤字の部分が間違いだったと、記入するべきでは無いのですか?」
「……あ……あの……」
「こんな見せしめの様に書いてくれたお陰で、俺は宿泊してた宿から追い出され、買い物も碌に出来なくなったんだぞ。それを再発行であっさり無かった事にしようとか、随分と都合が良い事を言ってくれるじゃないかっ!」
「……あ……あ……」
……。
あ……。
――やばっ。
イカンイカン。まだ怒気が残ってた様だ。話が付いた後なのに、これは良くないぞ。
「す、すみません。もう話が付いた後なのに、こんな事言っちゃ駄目ですよね。すみませんでした」
「……あう……あ……」
受付嬢は蒼白な顔で、口をパクパクさせてる。
いや、マジすみません。
「すみません。追放も取り消されて、私も今は冒険者として冒険者ギルドという組織に所属する身です。ギルドの判断基準に従うのが筋ですよね。申し訳ありませんでした」
「……あ……」
「えと、それでは再発行お願いします」
「あ……」
「……再発行でお願いします」
「……あう……あ……」
「あの~」
あらら……腰が抜けてる様だ……どうしよう?
「す、すみません! ルーノ様。私が代わりに再発行させていただきます。すぐに! 急ぎますので!」
「あ、はい。お願いします。別にそんなに急がなくても大丈夫ですよ~」
近くの別の受付嬢がフォローに入って来る。
柄にもなくニヘラと微笑んで、間延びした声を出してみるも、場の空気は凍り付いたままだ。
「お待たせしました!」
「確かに。ありがとうございました。先程の方にはちょっと荒ぶってしまって、すみませんでしたと、お伝えください」
「い、いえ! こちらこそ失礼致しました!」
「……それでは失礼します」
そう言って、凍り付く空気の中、ギルドを出た。
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