第122話 仕込み

「おらっ」


 手に持っていた麻袋の一部が、グラッツに引き裂かれる。

 グラッツはCランク冒険者。それなりに丈夫な麻袋を引き裂く位の力はある様だ。

 麻袋の裂け目から、大量のゴブリンの耳が崩れ落ちる。


「ハンッ。やっぱり俺達が集めたゴブリンの討伐証明じゃねぇか」


 ……よく言うよ。


 でもこれで良い。

 袋の中身を全部見ないまま、上部に積んでたゴブリンの討伐証明だけで言いやがった。


 おっと、中身を詳しく見られる前に、話を進めないと。雑な仕込みがバレてしまう。


「ち、違います! 私が集めました!」

「懲りないねぇ~。前とほぼ同じ事して、同じ事言ってやがる。誰もお前の言葉なんざ信用しちゃいねえよ。盗みもこれで二度目。今回は見逃してやらねえぞ。覚悟は出来てんだろうな?」


 グラッツがにやけた顔で言ってくる。

 グラッツのパーティーメンバーにも囲まれる。

 周りの冒険者達も受付嬢達も面白そうに見てる。今から始まる私への公開処刑を見る為だろう。娯楽の少ない中世では、罪人の公開処刑が一種の娯楽の様だったと聞いた事があるけど、これは彼等にとってそういう類の娯楽なのだろうか?


 ……ハハハ。

 そうかい。

 お前等……楽しんでやってる訳かい。

 

「ま、待って! そ、そこの方! こんなのおかしいと思いませんか? 大勢で囲んで私を盗人扱いするなんて」

「……は? 俺に言ってんのか?」


 切羽詰まった口調で、近くの野次馬冒険者に話しかける。

 急に私に声を掛けられた冒険者は、呆気にとられた感じだ。


「ギルドからも何か言ってください! 私はさっきから蹴られまくってるんですよ!」


 エミリアの隣に座っている受付嬢に訴える。

 その受付嬢には失笑で返される。


「――ブハッ! ひゃはっ! うひゃひゃひゃひゃははは! か、格好悪っ! コイツ恰好悪っ! 今日は妙に強気だから何か有るのかと思ってたら、まさかの周りにお助け作戦かよ。あひゃひゃひゃひゃ!」


 急に周りに助けを求めだした私に、白けた空気が流れた後、グラッツの大笑いが響き渡る。周囲の人達も苦笑している。


「仮面の下のお顔は今は真っ赤なのかなぁ? ――っおらぁ!」


 グラッツに殴られ、床を転がる。

 私が意識的に抵抗しない為、高いVITもダメージを受けない範囲でしか仕事しない。なので吹っ飛ばされる。

 床に無様に転がった先でグラッツのパーティーメンバーも参加し、殴る蹴るのリンチを受ける。


「や、止めてください。私は盗んでません。皆さん! こんな暴行許されるんですか!?」


 リンチの合間にも声をあげる。


「あのな。冒険者ってのは強くなきゃ務まらねえんだよ。悔しかったらやり返してみろよっ!」

「ひゃははは。そのとーり。そのとーり」


 お、良い言葉、頂きましたよ。


「ひゃははは。まだ誰かが助けてくれると思ってんのか? 見苦しい奴だな。ホラホラ」

「おらぁっ! 盗人が! 根性叩き直してもらいなっ!」

「ぎゃははは。つかコイツ着込み過ぎだろ。丸いから良く転がるぜ」


 殴られ、蹴られ、転がった先でゲラゲラ笑う野次馬の冒険者にも蹴り返されて、無様に床を転がされる。


 私を蹴った奴の顔は、しっかりと覚える。


 その合間にも声をあげるが、誰も助けてくれない。

 まあ、本当に助けが入って来ると、逆に困るのだが。

 とはいえ、この状況が長く続くと流石に「もうその辺にしとけ」と言う奴が現れかねない。


 そろそろか。


 エミリアの受付カウンター付近に、殴り飛ばされたタイミングで声をあげる。


「そ、それならグラッツさんが、今からあの袋の中の討伐証明を実際に討伐して、集める事が出来ると証明出来るんですか?」

「まだ言うか? 俺達が集めた物だから、出来るに決まってるだろうが!」

「それなら私も、今からあの袋の中身の討伐証明を実際に討伐して、集める事が出来ると証明しますから、ギルド職員であるエミリアさんが、それぞれの証明に立ち会ってくださいよ!」

「屑が私の名前を気安く呼ばないでよね。前にも言ったじゃない。あんたなんかにそんな時間かける価値無いのよ。それにあんたはもう冒険者ギルド追放よ。立ち会う義理なんて無いわ」


 エミリアはゴミを見るような目で私に言う。

 でも喋ったな。侮ってるぽい。

 これはいけるか?


「前にも言った? そ……そういえば、証明に立ち会って欲しければ、金貨千枚出せと言ってたましたっけ……?」


 金貨千枚は日本円で言えば一億円だ。金貨千枚と白金貨一枚で等価である。


「あはっ。そうね。金貨千枚を用意出来るのならね」

「オラァっ! 俺達にただで手間かけさせようなんて頭が高いんだよ! まだゴチャゴチャ言うか!」


 グラッツに張り倒され、頭を踏みにじられる。


「そ、そんな……さっき私が言ったそれぞれの証明に、グラッツさんとエミリアさんが来てもらうには、金貨千枚か白金貨一枚、支払えと言うのですか?」

「そういう事よ。後からなんて駄目よ。今すぐでないとね」

「俺にもやれって言うんだから俺にも金を払えよ。手間かけさせるんだからな。今すぐに用意出来たらだけどなぁ」


 よし!

 プランBでいけた。


 その言葉を待っていたよ。

 先程まではそれなりに警戒をしていたのに、無抵抗にリンチを受け、無様に頭を踏まれている私を見て、警戒心が薄れたな。

 割と不自然に具体的な事を言ったのに、あっさり返事しやがった。


 無抵抗だった意識を切り替える。それに伴って高いステータスが仕事をし始める。


「うおっ!?」


 私の頭の上に足を置いているグラッツを無視して立ち上がる。

 急に私が立ち上がった為、足を取られたグラッツが転倒しているが、知った事ではない。

 ポケットから出す風を装って白金貨を異空間倉庫から二枚取り出し、エミリアの受付カウンターの上の、金銭受け渡し用魔道具の上に置く。


「「…………は?」」


 二人がいきなり出て来た白金貨を見て、抜けた声を出す。

 勇者シルヴィナスパーティーに大量の高ランク素材を買い取ってもらった為、白金貨をそれなりに持ってるんだよ。


「これで契約成立だ」




 悪魔の固有能力『魂』の権能の一つ『魂契約』発動!




「――っう!? ま、まさか……契約魔法!?」

「な、なにぃ!? で、でも契約魔法って……こ、こんな……心臓を鷲掴みにされる様な感覚だったか!?」

「……う、嘘でしょ? 契約証の魔道具も、魔法陣も無しに、こんな会話で成立するなんて……」


 グラッツとエミリアが困惑してる。

 感覚的に契約が成立した事が、二人にも分かったのだろう。


 以前、人攫い集団の『誠実の盾』の生き残りの男にかけた魂契約に比べて、今回は契約としては弱い。あの時は命乞いの対価に、私の秘密を守り人攫いは二度としないと、相手から提案してきたからね。

 今回の契約を破ったとしても、グラッツとエミリアが魂を私に奪われる事は無い。流石に『契約を破れば魂を捧げる事を誓うか?』という文言を入れるのは不自然過ぎた。ただし魂にダメージは有るから、契約を破れば心臓を鷲掴みにされるような、強烈な悪寒と共に『契約違反』の称号が付くことになるだろう。


 この世界には契約魔法や契約の魔道具が一般的に流通している。いや、一般的と言うには、ややお金持ち向けではあるが、珍しくは無いのだ。

 契約の強さは魔法の使い手の魔力の強さや契約の魔道具のランクによるが、どのレベルにせよ契約を破った場合には、称号に『契約違反』というのが付く。

 この『契約違反』の称号を持ってしまった場合、国の法律にもよるが、基本的には罪人扱い。街に入るのに鑑定を行うような大きな街には入れないし、冒険者ギルドの様な公共性のある職員としては致命的である。

 一般的な契約魔法と私の魂契約との詳細な違いはよく分からないが、今は契約が成立してしまったと思わせればいい。


 契約の強弱は、契約期間や『契約違反』の称号が付く長さに影響するらしい。

 まあ、今回は契約の強弱なんて関係ない。

 私が契約から逃がさない。

 契約履行すれば、二人は死ぬ事になる。


「こ、これが白金貨? ほ、本物なのか?」

「……」


 白金貨を見た事が無いのか、グラッツが困惑の声をあげる。エミリアは呆然とした顔で何も言葉が出て来ない様だ。

 偽物とは言えまい。冒険者ギルド受付の金銭受け渡し用魔道具の上に置いたのだから。これは贋金判定の魔道具だ。

 

「その白金貨はお前等の物だ。取っとけよ。さっそく契約履行といこうか。狩場は見つけてあるから案内してやるよ」

「……お、お前! 白金貨二枚とか、何者だ!?」

「契約とは関係無いし、答える義理は無いね。さっさと来い。契約内容で今からと言ったはずだ」

「な、何だその舐めた口調はぁ!?」


 ――ガシィっ!


 グラッツに殴られる。


「――っう! お、おお?」


 殴ったグラッツは今までと違う手応えに、そして私がビクともしなくて困惑してる。


 契約が成立した今、もう無抵抗である必要は無い。

 Aランクドラゴンに殴られてもビクともしない私が、Cランク冒険者如きに殴られた所で何の痛痒もある訳が無い。


「お前等……俺を散々殴って蹴ってくれた挙句……やり返してみろ……とか言ってたよな?」

「……あ?」



 私は前世の時から、本気の喧嘩腰の時……一人称が『俺』に変わる。



 打撲拷問のスキルを意識して――殴る。

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