第118話 冗談のつもりらしい

 聖教国ルジアーナから離れたい事情も有るので、さっさと見切りをつけて次の街に……という考えもよぎるけど……それは駄目だよね。

 この街は仮面を付けたまま入れる、というのも有るけど、それよりも今は、神様から出来る身体を頂いておきながら、出来ない奴呼ばわりされたまま終われない。

 前世、仕事が出来ない事に苦悩していた私が、この優れた体のお陰で出来る様になったのだ。ここで一回失敗したからといって、逃げてたら前世と変わらない。


 信用を取り戻す為には、着実な仕事をするしかない。


 Gランクの私が受けれる常設依頼は、定番のゴブリン討伐と薬草採取。

 問題は今の季節は冬。ゴブリンもあまり活動しないだろうし、薬草なんて生えているのだろうか?

 大きいギルドなので資料室が有るのかもしれないが、受付嬢とそういう話が出来る状況ではないんだよね。


 観察しかないか。


 しばらく冒険者ギルドの隅で情報収集。冒険者同士、受付嬢と冒険者のやり取り等を、高いPERを活かして観察。

 その結果、ある程度見えてきた事が有る。


 ゴブリンって冬は寒いからあんま居ないんじゃ? と思ってたけど今の時期割と活発らしい。というか通年活発。ゴブリンは冬に備えて食料を溜め込むなんて概念は無いので、冬だからおとなしいとかは無いんだね。知らなかった。

 薬草はやっぱり冬は少ない。だけど生えて無くは無い。一言で薬草と言っても様々な種類がある。この時期に生える薬草もあるらしい。

 少量だけど、納品してる冒険者は居た。

 納品を受けてた受付嬢が『この時期は薬草が少ないので助かります』と言ってた。つまり今の時期の薬草納品は喜ばれるという事。


 よし。信用回復には薬草採取だな。

 Gランクでは身分証にならない為、街の出入りに通行税が掛かってしまうが……それは仕方がない。


 納品されている薬草を頑張って見て覚える。匂いも覚える。

 PERってチートなステータスだなぁ。


 因みに観察の結果、最近、人が増え過ぎているらしい。隣の国で戦争が始まるかもしれないらしく、その国の冒険者がこの街に流れて来ているそうだ。宿が取りにくかったのもそのせいか?

 日中から酒を飲んだくれてる人が多いとは思ったけど、ダンジョンでの狩りが上手くいってない人が多いみたいだ。

 それと受付嬢をナンパする冒険者が多い事や、受付嬢人気ランキング順位とか、何股も掛けてる受付嬢が居る事なんかも分かってしまった。

 

 まだ昼前といった時間なので、外に出て森に薬草を探しに行く。

 

「うーん、厳しい」


 薬草の形は覚えたが、雪で覆われてて分からん。

 薬草の匂いは覚えたが、それは採取後の匂い。掘り出された土臭い匂いが強かったから、掘り出される前の匂いとは違うよね……。これまた雪のせいで匂いが薄いし。


「流石にそう簡単にはいかないか……」


 ……と思ったが、私の高いPERは思った以上にチートだった。

 薄かろうが匂いが微かに有れば、警察犬張りの嗅覚で探せるのだ。土臭さが強いとはいえ、その中にあった僅かな葉っぱの匂いと同じ匂いを、歩き回っているうちに嗅ぎ分けれた。

 一度見つけて、掘り出していない状態の薬草の匂いをハッキリと覚えれば、後は早い早い。

 見つけていくうちに、大体生えてる場所の見当もつくようになるしね。


 ギルドで見た冒険者が納品してた薬草の数よりも、多くの薬草を採取出来た。

 現品納品だから、誤解や行き違いが起こる事も無いだろう。


 そろそろ街へ戻ろうかと街方面へ移動しながら採取していると、一人の男が近づいて来る。


「割込み仮面小僧じゃねぇか」

「……あ」


 ギルドでイチャモン付けてきた男だ。


「な、なんでしょう?」

「あん? 簡単な仕事も出来ない雑魚のくせに、声掛けるなってか?」

「い、いえ。そういうつもりでは……」

「けっ! 下水掃除も出来ないくせによ」

「う……」


 そう言われると辛い。

 結果が駄目だったのは確かだ。ちゃんと仕事したつもりだったけど”つもり”だけで、結果が出なければ言い訳にもならない。

 ……というか、なんでこの人が知ってるんだ?


「……今度は薬草採取かよ。しかしなっちゃいないな」

「……へ?」

「なんで根っこまで採取してるんだよ。葉っぱだけで良いんだよ。薬草だ。薬の草だ。良いか? ”草”だ。根っこなんか求められちゃいねぇ」

「……え? え? で、でもギルドで、根っこも付いた状態で納品してる人を見たんですけど」

「……ちっ。……そりゃな、他の仕事のついでの納品だから許されてるんだよ。今は薬草不足だからな。薬草採取メインで持って行くのなら、根っこは切り取っておくのがマナーだ」


 なんと!

 そういえばギルドで薬草納品してた人は……なんかの仕事のついで……だっけ?

 正直、そこまで覚えてないが、量が少なかったから他の仕事ついでだったのだろう。ゴブリン退治のついでとか。


「そんな状態で納品されたら、ギルドも迷惑なんだよ。”薬草採取”だからって本当に只、薬草を引っこ抜いただけの物を持って行くだけならガキでも出来るわ!」

「は、はいっ! すみません。知りませんでした」

「お前みたいなのを見てるとイライラするんだよ。キッチリ全部、丁寧にやれよ。それが仕事だ。俺、何か間違った事を言ってるか?」

「いえ、正しいです。教えてくれてありがとうございますっ」

「口より手を動かせ!」


 そう言って男は去っていく。


 ふむ 下水道清掃の話を聞いて、わざわざアドバイスしに来てくれたのかな?

 口は悪いが仕事には真摯な人って感じか。

 今回のアドバイスはありがたい。また、ちゃんと仕事したつもりで、迷惑をかける所だった。こういう地元ルールみたいなのは、観察しただけでは分かんないからね。


 集めた薬草から根っこを切り取っていく。数が多いから大変だ。

 それでも夕方までには根っこの切り取り作業を終え、ギルドに戻った。


 そしてギルドに薬草納品――


「何、ゴミ持ってきてんのよ」

「……え?」


 ――しようとしたら受付嬢と周りの冒険者達に、物凄い冷たい目で見られる。


「こんなの切り口から薬効が抜け出た残りカスよ」

「……え? え? で、でも根っこを切り取っておくのがマナーだと聞いて……」

「頓珍漢な事言って仕事の邪魔しないで! このゴミは持って帰って。はい、次の方」

「ゴミ持って、さっさと消えろ!」

「――わぷっ」


 薬草を入れた袋を顔に押し付けられ、そのまま横に追い出される。


 ……え?

 え? え?


「そんな所でぼさっと突っ立てんじゃねぇ!」


 ――ドカッ!


 蹴られる。

 呆然としながらも、スゴスゴと受付前から離れる。


 ……えーと。


 ……これって……。


 ふと、笑い声が聞こえてそちらを振り向く。

 視線の先にはこちらを見ながら笑う男――私に根っこを切る様にアドバイスした男が、仲間と思われる冒険者達と酒を飲んでいた。


「ぎゃはははは。見たか、無様で滑稽な様」

「ひゃはっは。見た見た。グラッツ、お前またあの仮面小僧にちょっかい出したのかよ?」

「いやいや、俺はちょっと冗談を言っただけよ。あいつが勝手に冗談を真に受けて自爆しただけじゃん。マジ笑えるわ」

「ひっひっひ。つーか、またって? 前にもなんかやったのかよ?」

「あの仮面小僧が掃除した下水道の格子に、ゴミ詰めやがったのよ。コイツ」

「おいおい。俺はやってないぜ~。屑共が勝手にやっただけじゃね?」

「ひゃっひゃっひゃ。そーゆこと。そーゆこと」


 ……ちょっかい?

 ……冗談?


 そうか……下水掃除の件もあの男……グラッツとかいうアイツの仕業だったのか。指示書を見たから、私が受けた場所がどの下水道か知ってたからな。

 ……そういえば下水入口にいた浮浪者達……彼等がグラッツの手先だったのか? 私が立ち去った後、彼等がゴミを詰めたとか?


 そう考え込んでいると、グラッツが私が見ている事に気が付いたのか、こちらに向かってくる。


「おい、何見てんだゴラァ。何か文句あんのか?」

「……あれを……冗談で済ますつもりですか?」

「俺が”冗談”って言ってるから”冗談”なんだよ。ゴミを受付に持って行って迷惑かけてる分際で、偉そうな口きくじゃねぇか」

「……あの明確な悪意無しに出来ない事が……冗談?」

「訳分からん事をゴチャゴチャ言ってるけどよ~。最終的に依頼で求められてる物を納品出来なかった、お・ま・え、が悪いんだよ。どういった形であれ、納品物を持ってくるのが仕事だ。お前は仕事が出来なかったんだ。俺、何か間違った事を言ってるか?」

「……」

「下水掃除も薬草採取も出来ない雑魚が、文句だけは偉そうに言ってるんじゃねぇよ!」

 

 ――ドカッ!


 蹴られる。


 グラッツは私を蹴った後、私を無視して仲間と酒盛りを再開した。

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