第115話 懐かしの雰囲気

 冒険者ギルドの中に入ると、沢山の冒険者達。更に沢山の受付カウンターに、この世界基準では中々に美人な受付嬢達がズラリ。併設されている酒場もかなりの広さだ。

 そして中に入った時の刺す様な視線。そういうのに鈍い私でも、嫌でも気が付く程の値踏みする様な視線を感じる。

 しかしすぐにその視線は外される。値踏みは終わったという事だろうか?

 まだ一部、視線は感じるが……。

 人数が多いからだろうか……今までで一番威圧的に感じた。何か……経験した事のある感覚……。


 ……とりあえずは冒険者登録だな。


 そう思い、受付の列に並ぼうと受付の方へと向かう。

 なんとなくニヤニヤした視線が私に向けられる。

 そしてニヤニヤ集団が、私の進行方向を塞ぐように壁を作る。

 そういった集団の壁を避けながら進んで行くと、段々と酒場で飲んでる人達の近くに……。


 これは……誘導されてるな。


 そして酒場の席の横を通りかかった時、席に座ってた男が、私の足を引っかけるタイミングで足をスッと出して来る。

 私は足に引っかかる事無く、足の手前で停止する。


 うん、そんな気がしてたよ。


 察知出来たのは私の勘が良いのではなく、積み重ねた経験によるものである。前世で私はいじめられっ子だったからね。

 私は決して場の空気を読める方では無いが、前世で嫌という程感じた雰囲気だ。流石に読めてしまったよ。


 足を出したままの男。私はその手前で停止。なんとも間抜けな絵面。


「……」

「「「ギャハハハハハハ」」」

「――けっ」


 足を出した男と同じ席の人達や周りの人達が笑い出し、足を出した男は私をギロリと睨んだ後、舌打ちして足を引っ込める。

 足が引いたので進む。


 ――ガスッ!


「おん?」

「「「ギャハハハハハハ」」」

「――けっ」


 足を出してきた男に後ろから蹴られた。

 いや、前世でもそういう経験は有るけど……まさか初回から蹴られるとは思わなかった。

 別に今の私なら、蹴られたところで痛くも痒くもないが……。

 男は私を蹴り終えたらさっさと席に着き、私を無視して他の人達と笑いながら酒を飲み始めた。


 ……まあ、相手にするまい。


 受付の列に並ぶ。

 並んでる最中に受付が終わった集団から、通り掛かりに声を掛けられる。


「お、見た事無い仮面さんじゃん。ここには初めてか?」

「あ、はい」

「冒険者ランクは?」

「今から登録するところです」

「へぇ……。仮面で隠してるが、実は実力者さんですかねぇ?」

「えっと、実績は何もないですが、これから頑張っていくつもりです」

「「「ギャハハハハハハ」」」

「……」

「ヒャハハハ。”つもりです”とか、そんなんで大丈夫かお前? ギャハハハハハ」

「つかさ、コイツ、どんだけ着込んでんだよ。転がってゴブリンを攻撃するつもりかよ。ヒャハハハ」


 集団は笑いながら去っていった。


 ……。


 まあね……周りと比較して私の格好を考えると……そりゃ舐められるよね。

 私の武器は木製の棍棒のみ。防具は無し。冬とはいえ服をモコモコに着込めば防具代わりになると勘違いしてる、痛い濁声の仮面の小僧……そんな感じだろうか。

 周りは……やはりダンジョン都市だからか、装備レベルは今まで訪れた街の中で一番高い。私には装備してる人達の強さはよく分かんないけど、高い装備を購入して整える事が出来るのだから、やはりレベルは高いのだろう。

 見た目だけなら私が一番弱そうだな。


 そうこうしていると、私の順番が回ってきた。


「……何?」

「あ、え、えっと……冒険者登録をお願いします」


 受付嬢の低くて不機嫌そうな声に困惑してしまった。

 ……私の前の人までは、普通に対応してたじゃん。


「名前」

「え?」

「え? じゃないでしょ。名前!」

「えっと……私、文字は書けますけど?」

「いちいち確認が手間なの。見栄っ張りも多いんだし。名前!」

「は、はい。……え、ええと……」


 ……あ。そういえば名前どうしよう?

 スレナグと同じ名前だと不味いよな。


「さっさと言う!」

「あ、すみません。ルーノです」

「こんな事でトロトロしてたんじゃ、この街でやってけないわよ!」

「す、すみません」


 その後、年齢は十五歳、特技は体術と言う事で登録する。

 名前を結局『ルーノ』で登録しちゃった。中々キツイ受付嬢だが、これは考えてなかった私の落ち度だな。

 スレナグとは領主も違うし、隣の領主の息子程度の権力は及ばないと思うけど。


「ダンジョンに入れるのは、Eランクからだから」

「分かりました。Gランクの仕事は何が有りますか?」

「仕事欲しかったら実力示してね。はい、次どうぞ」

「え?」

「トロトロしやがって! どけっ!」


 受付嬢に木製のGランクギルド証を突き渡され、後ろに並んでた男に横に追いやられる。受付嬢も当然の様に次の人の相手をし始めた。


 いやいや、説明無さ過ぎでしょ。そりゃ私はもう、冒険者登録はこれで四回目だから大体分かるけどさ。

 それでも森の中のルタ、平原地帯のリーアム、鉱山都市のスレナグ。登録する場所でそれぞれ違いは有るんだ。ダンジョンの有るこの街だと、猶更この街特有の注意点とか有るのでは?

 それに初心者への説明だけでなく、仕事の紹介と宿の案内はお願いしたいんだけど。仮面の小僧でも泊めてくれる宿とかさ。


「えっと、仕事は掲示板から見てくれば良いのですか? それとお勧めの宿の情報も頂きたいのですが」

「相手して欲しかったら、実力示してねって言ってるの」

「え? いや、だからその為の仕事を――」


 ――ガシッ!

 隣の男に頭を掴まれる。


「いい加減にしろよ。もう俺の番なんだよ! 割り込むんじゃねぇ! 手前なんぞが俺とエミリアさんの貴重な時間を奪うんじゃねぇ!」


 ――ドカッ!


 されるがままに、頭ごとぐいっと横に追いやられ、最後に蹴られた。

 私に抵抗の意思が無ければ高ステータスも仕事しない。ダメージが発生する段階になればダメージを受けない範囲で仕事するから、蹴りによるダメージは無い。

 受付嬢も目の前の暴行に何も言う事も無く、そのまま男とやり取りを始める。


 ……なんというか。


 冒険者は魔物狩りや採取によって汚れたり血塗れになるから、行商人等とは違って冒険者相手の宿でないと宿泊しにくいという事情がある。なので冒険者ギルドで宿の案内を聞くのは普通の事のはずなんだけど。


 ま、まあ実力主義の場所だから……なのか?

 思う所は有るが、ここですぐ暴力で訴えるのは社会人としてね……というか性に合わないというか……。

 ここが実力主義な場所だと言うのなら、キッチリした仕事で見返すべきだろう。


 ……掲示板に仕事を見に行くか。


 掲示板に向かう途中に、先程の男と受付嬢の話の内容に聞き耳を立ててみると……。

 

「今度の休み何時? 例のレストラン行かね? 雪化粧の綺麗な山を見ながら、食事なんてどうよ」

「やだ~、なんですか~? グラッツさんにしてはロマンチックな事、言うじゃないですかぁ」

「おいおい、俺は何時も紳士だぜぇ」


 ……。


 これが実力主義的な会話?

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