第112話 僅か半日でした
武器はまた別の店をあたるとして、今度は服屋に入る。
今の季節は冬である。
ダボダボのローブを着ているとはいえ、この冬に旅をするのなら、もっと厚着しないと不自然だと思ったからだ。
それと、もうちょっと顔を隠せる様にしたい。
モコモコした厚手のローブや顔の下半分を覆うスカーフ等を手に、店に備え付けてある姿見の前に立つ。
「……うわぁ」
姿見に映る私。
その私を見て思わず絶句し、唖然としてしまう。
そういえばルタの村以来だな……転生した自分の顔を見るのは……。
門番と同じ反応をしてしまった。
改めて見ると……ヤバいな。
神の造形かと思わせる程の超絶美少女だ。
例え事実であろうとも、自分で自分を超絶美少女と言うのは、どうかと思う所もあるが……この”体”が美少女という認識は有るけど”私”が美少女という実感が、未だに無いというかね……。
未だに自分の姿と言うと、前世で毎朝髭を剃る時に鏡に映っていた、冴えないおっさんの顔が思い浮かんでしまう。
強さに関してはダンジョンであれだけ戦って来たから、流石に自覚と実感は出て来てるんだけどね。
……そのうち慣れるのだろうか?
まあ、まだ転生して三ヶ月ってとこだしね。前世での四十五年間の感覚は、そうそう変わらないよなぁ。
それはともかく……今問題なのはこの超絶美少女顔だよなぁ……。
ルタの村の時は困惑と喜び。それに魔装服の事で色々あって思い至らなかったけど……この顔は厄介事を招くレベルだよねぇ。
すぐに人攫い集団の『誠実の盾』によって、思い知らされたと言えば思い知らされたか。
この世界は栄養事情が悪かったり美容化粧品が一般的に無いのもあって、美人偏差値的なものが前世に比べて遥かに劣る。そんな世界で今の私は、前世のアイドル達も裸足で逃げだすレベルの美少女なのだ。
さっきまではエグベルト達もなんでそんなに執念深く私を狙うのか……なんて思ってたけど、改めてこの顔を見て思ってしまった。そりゃ「他の誰かに攫われる前に攫え!」ってなるわな。
もっと顔を隠していかないと……。
体型が全く分からなくなる程に……というか、ダルマ状態にまでモコモコのローブを着込み、顔のほとんどを布で覆った状態で服屋を出る。
傍目には完全に怪しい小僧である。いくら寒い冬でも流石に不自然過ぎたか……?
ま、まあ、奴隷商や人攫いに狙われるよりはマシだ。
さて、もう夕方だし宿に戻って今日は休もう。
エグベルト達を警戒しないといけないから、休めるのか分からんけど。
宿に戻り、一階の酒場で夕食を取る。
この世界の冒険者向けの宿は一階が酒場兼食堂で、二階より上が宿泊施設になってる所がほとんどである。
野菜スープを飲みながらボリボリと黒パンを齧り、串焼きを食べる。
……周りの客がチラチラと私を見てる気がするが……気のせいだろうか?
顔はそれなりに隠れてるはずだけど……エグベルトの手の者?
「ご馳走様でした」
カウンター越しにマスターに食器を返す。
「あ……ああ」
……ん?
「えっと……何か?」
「……何でもないさ」
……?
何か歯切れが悪いというか……気にし過ぎか?
二階の自分の部屋に戻って部屋の扉に閂を掛け、ベッドに横になる。
横になりつつも、さっきのマスターの態度が気になり、周りの話声に聞き耳を立ててみる。
「おい、親父! 渡した薬はちゃんと入れたのか!? 高い金受け取っておいて、忘れたでは済まさんぞ!」
「ま、間違いなく、あの娘のスープに入れたぞ」
「ぬう……スープは確実に飲んでいた……。麻痺耐性の魔道具でも持ってやがるのか?」
「このまま寝込みを襲うか?」
「いや、イエル団のマルコをあしらってたそうだ。かなりのパワーレベリングをしている家出貴族令嬢らしいぞ」
「ふむ、俺は入り口であの娘が出て行かないか見張っておく。お前はエグベルト様に報告してこい」
……。
ま、まあ……私の状態異常耐性なら、麻痺薬とか効くわけ無いよね。
しかしギルド紹介の宿でこれは……いや、高い金で買収されたんだろうけどさ……。
むう……とりあえず……。
夜の街道からスレナグの街を見上げる。
雪化粧の山々に囲まれ、所々ついてる灯りが幻想的である。こうして外から見ると綺麗だなぁ……外から見る分には……ハハハ。
あれから宿の二階の窓から屋根伝いに逃走。城壁も飛び越えて街道に出て来た。
私のチートな身体能力によるジャンプ力なら楽勝である。聞き耳たてれば城壁に衛兵が居ないタイミングもバッチリである。夜目も効くから光源も必要無いしね。
しかし……僅か半日で街を出る羽目になるとは……。
今の私がそう簡単に捕らわれの身になるとは思えないけど、あそこまでしつこく狙われるとね……。
エグベルトやナントカ団の猛攻を躱し続けてれば、あるいは衛兵達が黙っていられなくなる可能性はあったかもしれない。
ただ……エグベルトと衛兵達に繋がりがあるっぽいし……というよりは領主の長男と繋がりがあるかもしれないんだよね。私を領主の長男に売る算段みたいな話も聞こえたし、その長男自身が女を漁ってる様な話も聞いた。
今思えば、ギルドの受付嬢が領主の長男の好みを把握しているのも不自然だ。その長男がギルドに好みの女が来たら知らせる様に……なんてのは考え過ぎだろうか?
権力者が私を欲しがる事態になったら流石にヤバイ。
物理的にならどうにでもなりそうだけど、政治的に追い込まれかねない。
「はぁ……」
溜息が出る。
元々、スレナグには違法奴隷商が居るという噂は聞いてたんだ。そこに何の後ろ盾も無い美少女が一人でウロウロしてたら……こうなる訳だよね。
街に住む娘が突如行方不明になったら騒ぎになるけど、私ならそんな事にはならないだろうしなぁ。そりゃ狙われるよね。
ダンジョンに籠ってた時間が長かったせいか、人間の怖さ、悪意を忘れてたというか……ちょっと楽観的だったかな?
さて、これからどうするか……といっても、聖教国ルジアーナから離れる為に、西に向かうのは確定だ。
ここから西に行けば、迷宮都市ヴェダ。
そのヴェダの街の門の様子を見て、鑑定していない様だったら立ち寄ってみますかね。
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