第108話【閑話】聖女ミーシア視点

 私は聖教国ルジアーナ認定聖女のミーシア。

 

 およそ二ヶ月程前、聖教国ルジアーナ教皇アドルフ様が、神より神託を授かったと発表された。内容は『弱者救済という慈悲を理解せぬ悪意によって魔物の氾濫の兆候有り』というもの。


 そして、教皇アドルフ様の命により、私達勇者シルヴィナスパーティーは神託によってスタンピードの兆候が有るという、三剣岳ダンジョンに調査に来た。

 そして、そのダンジョンの中で私達より先にダンジョンに入っていたと思われる、ルーノと名乗る謎の少女と出会った。


 今はその彼女にとった対応について、私はシルと共にメンバーのルドを問い詰めている。

 

「で、ルド。どういうことなの?」

「聖具も手に入った。スタンピードも結局起きなかったのだから良いでは無いか……では済まないのだろうな」

「当然だ。調査に来た場所に我々より先に居た人物だぞ。それなのに長くダンジョンに籠っていたとは思えない程に身綺麗な格好、隔絶した美貌。やたら詮索、干渉を拒むのも怪しすぎる。あの娘こそがスタンピードを起こそうとしていた張本人かもしれない。本来であればあの娘をあのまま放っておく事などあり得ん。ルドの『撤退』や『攻撃中止』『勝てない相手』のサインが無ければな」


 そう。シルの言う通り、あの子は怪し過ぎる。話の内容も有り得ない事前提だった。

 ルドがなりふり構わない様子でサインを連発していたからこそ、それに合わせただけ。


「まず、スタンピード前の強化された魔物が溢れている大型ダンジョンを、単独で踏破したと言うのが有り得ないわ」


 弟のミゲルを死に追いやった、憎きあの男であれば、可能性は有るけど……。


「同感だ。それにAランク素材を大量に持っていた事は謎だが、少なくともあの大量のドラゴンの鱗を、全部ルーノが自力で倒したドラゴンのドロップだと言うのは明らかに嘘だ」


 そう言って、シルは鞘から剣を抜く。

 黒い剣身が薄く緑に光る。


 魔剣ドラゴンバスター。

 ドラゴン系に特攻効果を持ち、Bランク以上のドラゴンを百体以上倒した際に得られる称号『竜殺し』もしくは千体以上倒した際に得られる称号『竜の虐殺者』それらの称号を持つ者に力を与えると言う魔剣。

 シルは『竜殺し』の称号を持つ。


「この剣を持つ俺には分かる。『竜殺し』または『竜の虐殺者』の称号を持つ者を、この剣が教えてくれるのだ。だがこの剣はルーノには反応しなかった。ルーノの話が本当なら『竜の虐殺者』の称号まで得ているはずだが、実際には『竜殺し』の称号すら得ていない」

「他にも二ヶ月近くの間、大量の魔物を狩り続けておきながら、スキルが全く無いなんて言うのも有り得ないわよね。何も習得出来ない方が無理があるわ。帰還途中の戦闘でも余程何のスキルを持っているのか隠したかったのか、素人みたいな簡単な動きしかしてなかったわよね」


 彼女の話には嘘が多いとシルと二人でルドに言うが、ルドは落ち着いた様子のまま言う。


「……なるほどな。その話を聞いて確信したよ」

「どういう事だ?」

「ルーノは代償型の祝福持ちであろうな」

「何?」

「え?」


 代償型の祝福。

 神に選ばれし者が授かると言う祝福。

 祝福を持つ者は国に一人居るか居ないかという確率。祝福には様々な種類が有り、スキルや称号とは別で強力な効果を発揮すると言う、特殊な能力。

 その祝福の中にはデメリットを伴うタイプもあり、それが代償型の祝福と言われている。デメリットがある分、デメリットの無いタイプの祝福に比べて、メリット効果が大幅に上昇すると言われている。


「そしてその代償はスキル習得及び称号獲得の大幅難化。代わりに身体能力の大幅増強。おそらくそれがルーノの持つ祝福なのであろう」

「「――!」」


 ……なるほどね。


 それなら……色々と辻褄が合うわね。

 スキルの事も良く知らない世間知らずのお嬢様が、パワーレベリングで得た身体能力を振りかざしている、とも思ったけど、パワーレベリングでのレベルアップには限界がある。ルドを圧倒した身体能力は謎だったのよね。


 ……そう言えば……。



『ずっと素手で戦っていても、パンチの角度とか引きとか、色々と考えながら戦い続けても体術スキルが全然身に付かなくて……やり方が悪いのでしょうかね?』

『そんな事無いはずよ。一ヶ月もすれば体術スキル1なら習得出来るわ。やるかやらないかよ』

『……やれば出来る人は皆、そう言うんですよ……』

『あのねぇ! それ、やらない人の良い訳よ!』

『す、すみません』

『ま、待て! ミーシア!』



 ……あの時のやり取り……。

 あの時は二ヶ月近く素手で戦っておいて、それでも体術スキルが習得出来ないなんてあり得ないという前提だったから気が付かなかったけど……今思えば、彼女の様子は真に迫る雰囲気だったわね。

 ずっと、そういう体験をして来たかのような。


 祝福の有無まで判定する鑑定の魔道具は希少。

 平民にしては有り得ない教養。だけど貴族にしては中途半端な礼儀作法。おそらく彼女は自分が代償型の祝福を持つ事を知らず、碌にスキルを習得出来ない落ちこぼれとして、家を追い出された貴族令嬢……といったところかしら。


「ルド。そう予測してたのなら、なんでルーノに教えてあげなかったのよ」

「詮索するなという話だったのだぞ? そんな事を言ってスキルについて詮索していたと思われ、我等に殺意を持たれたら終わりだ」

「……相当ルーノを怒らせる事を恐れてたのね。だからルーノにあんなに媚びを売ってた訳?」

「そうだ」

「……ルドらしくないわね。媚びてると言われて怒るかと思ったわ。強者との戦いで死ねるなら本望とか言ってなかった?」


 ルドは鬼人族。

 鬼人族は強さと誇り高き戦いを尊ぶ。ルドはその鬼人族の中でも、その傾向が特に強い。

 だからこそルーノとの帰還途中に、普段は寡黙なルドがルーノに対して異常に愛想が良かった事、そして今のルドの様子には困惑してしまう。


「ルドの旦那、そんなにヤバい相手なんですかい?」

「ルーノと戦いになれば、我ら全員瞬殺であろうな」

「……そこまでですかい」

「キャロード。おぬしなら気が付いたのではないか? 聖教国に証言しに来て欲しいと話をしていた時に、彼女から微かに殺気が出ていたのを」

「ええ。ですが素人っぽい温い殺気でしたね。脅威には感じませんでしたぜ」

「それがむしろ恐ろしいのだ。彼女は歪だ。中身は矮小な人間だが強さは生物としての格が違う。彼女の殺気を感じた時、本当に終わったと思ったわ。吾輩は……強者相手の戦いの中で吾輩の力、技、信念を見せつけ、その上で死ぬのであれば本望。だが彼女とは戦いと呼べるものにすらならぬよ。もう一度言う。ルーノは生物としての格が違う。技量や工夫でどうにか出来る範疇では無い。『鬱陶しいな』と言う程度の殺意で羽虫の様にアッサリ殺されて、その直後にすぐ存在すら忘れられる……吾輩はそんな虫けらの様な死に様は御免だ」


 ……なるほどね。

 ルドがなりふり構わず彼女との敵対を避けようとしていたのは、そういう死を恐れていたからなのね。


「……鬼人族の強さに関する直感が、そこまで言わすか」

「実際に殴られるまで分からなかったがな。あの平手打ちには手加減系のスキルが働いておった。その時に絶望的な格の違いを理解させられたわ」

「では何のカラクリとかも、他に協力者が居る訳でも無く、本当に彼女一人でAランクの魔物を薙ぎ倒し、大型ダンジョンを踏破したという事か?」

「ルーノなら簡単であろう」


 ……結局、彼女の語った事は、全部本当だったと言う事なのかしら?

 確かに改めて思えば……彼女は腹芸や駆け引きが出来るタイプには思えない。

 何か言っていない……隠している事はありそうだけど、語った事には嘘は無さそうね。


「……ルドの予測が正しいとして……我々はどう動くべきだろうか?」


 シルが大きくため息を付く。シルも私と同じ結論に至った様ね。

 ルーノの発言が正しいとなれば、それを前提としたユリウスのあの考察が正しかった可能性が高くなるという事。

 それはつまり、教皇様がスタンピードを意図して発生させようとし、そして私達を始末しようとした……という事になる。


 今後、私達はどうすれば……。

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