第103話 一触即発?

「それでは……」


 私がこのダンジョンに来たのは二ヶ月程前だという事、ダンジョン前にサキュバスが居た事。今とは比べ物にならない程魔物が溢れてた事、魔物のランクが今より一段階高かった事を話していく。


「……サキュバス? 伝承では高位の悪魔だな」

「でもサキュバスに対して悪魔だって言ったら『私は悪魔ではなく妖魔だ』みたいな事を言って、物凄く怒って襲ってきましたよ」

「そう……そしてそのサキュバスを倒して中に入ったら、中は異常に多くの魔物が発生していた……しかも下層ではAランクのドラゴン、聞いた感じだとグレーターアースドラゴンかしら? そのドラゴンが……溢れてたと」

「ドラゴンだけでなく、黒いミノタウロスとか、一つ目の巨人とか、三つ首のヘビとかも居ましたね」

「……ふむ……ハッキリ言って信じられんな。君一人でそんな高ランクの魔物が溢れるダンジョンを切り抜け、五十階層まで到達したという証拠は有るのか?」

「証拠と言われましても……」


 ……やっぱ信じられないよね。

 証拠は有るのかと言われたら痛い。ドロップ品を見せればいいのだろうか?

 でもそれは異空間倉庫の中。今の私は手ぶらだ。

 背負い袋や背負子を出しておくべきだったな……。


「ふん! 聞くに堪えんな」

「はい?」


 名乗って以降、黙って話を聞いていた鬼人族のルド氏が吐き捨てる様に言う。ロンゲエルフとウサ耳おじ様も黙ったまま、話に加わっていないけど。

 鬼人のルドはゆらりと私を見据え、目の前まで歩んで来る。


「ちょっとルド! 話してるのは私よ」

「話? 弱者が強者の振りした作り話など聞くだけ不毛であろう。この娘からは強者の気配を微塵も感じぬ。嘘か真か。ドラゴンを相手に出来ると言うのなら――」


 ――突如、私目掛けて拳が迫る。

 速っ――いのだろう。一般的には。

 だが私の圧倒的PERの動体視力の前では、スローモションである。

 軽く片手で受け止める。


「――っぬう!?」


 ふむん。

 力はドラゴンよりも……強いのか弱いのか分からん。比べ様にも、どちらも私より圧倒的に格下としか分かんないな。

 驚愕顔のルドに向けて、スゥーっと拳を押し返していく。


「むうううん! む、娘ぇっ! その見た目でパワータイプなのか!?」


 サッと拳を引き、もう片方の腕で殴りかかって来るルド氏。

 拳をいきなり引いて、私の体勢を崩そうとしたのかな?

 だけど私の体勢は崩れていない。元々、力なんてたいして入れてはいないからだ。


 相手のパンチを手で受け止め、もう片方の手で久しぶりの『打撲拷問』を意識してルドの頬を平手打ち。


「ぐぼぁああああああ!」


 ルド氏は錐もみしながら吹っ飛び、ダンジョンの壁に打ち付けられる。


「――っな!?」

「嘘!? ルドが!?」

「あぐっ! ふぐぅおおおお!」

「どうでしょう? これで少しは信じて貰えるでしょうか?」


 のた打ち回るルド氏を尻目にそう声を掛けるも、勇者は剣と盾を構え、ウサ耳おじさんは弓を構える。ロンゲエルフは腕を組んだままだけど、険しい顔つきになった。


「くっ! 抵抗するか!?」

「いや、そちら側からいきなり、殴りかかってこられたんですけど……」


 私の力量を試すみたいだから、反撃してみたんだけどな。

 失敗したかな?

 最初から知らない、良く分からない、心当たりなんて無いで、惚けたほうが良かったか?


 ……いや、根本的に無理だった気がするな。

 勇者と聖女が重要な調査をしに来た場所で、彼等に見つかった時点で詰んでたんだ。


 勇者と言えば『信じてください!』って言えば、まずは信じてくれる様な青臭い正義感溢れる青年というイメージだったけど、それは前世のゲームでのイメージだ。

 この世界では違う。

 この世界の認定勇者や聖女は、兵士や冒険者として実績を積んだ人が成るのだ。

 目の前の歴戦の勇士を思わせる勇者に、怪しげな私をとりあえず信じて貰うなんて甘い真似は期待出来そうにない。任務に忠実そうだわ、この勇者。

 それに国の認定を受ける様な権力者でもある。何の後ろ盾もない風来坊の私とは社会的地位が違い過ぎる。

 対等でないのだから、証拠の無い情報と引き換えに干渉するな……なんて取引が成立するわけがない。

 黙秘権が有り、疑わしきは罰せずな世論の、前世日本とは違うんだ。


 ラノベの主人公だったら、機転をきかせて穏便に事を済ませれるんだろうけど……私には無理なようだ。

 先程考えた通り、バトルになるならダンジョン内の方がマシだ。


 これは、やむを得ないな。

 









 逃げよう。

 いや、戦えば勝てるだろうけど、流石に殺しはしないよ。


 あの鬼人は私の敵ではない。勇者は鬼人よりは強いのだろうけど、鬼人と隔絶した差が有るとは思えない。勇者と言っても聖剣を持っている『真の勇者』って訳じゃないしね。

 ウサ耳おじさんは、スカウトぽいから厄介そうだな。

 まずは勇者を打撲拷問で吹っ飛ばしてから――。


「――ま、まふぇぃ!」

「む?」

「ほ?」


 鬼人のルド氏が平手打ちを喰らった頬を押さえ、顔中脂汗を滲ませ、碌に口が回らないながらも、私と勇者たちの間に割って入る。

 打撲拷問を使った最大限の痛みを喰らっておいて、もう動けるのか。流石勇者パーティーメンバー。凄い根性だ。


「こっ――。カフッ。こ、この娘の力は良く分かった! ま、まずは信じて話の続きを聞いても良かろう!」

「……」

「私が話をしていたら、ルドがいきなり割り込んできたんだけどねっ!」

「ぬ……すまぬ」

「ルーノ。ルドがごめんね。剣で斬りかかったわけじゃないし、許してあげて」

「あ、はい」


 一触即発だった雰囲気は霧散した。


 ま、まあ、良いけどさ……。

 とはいえ、証拠が無いという状況は変わんないんだよね。


 あ~、そうだ。

 前世で見たラノベに、アイテムボックス的なスキルを持つ主人公が、スキルを隠す為に普通の鞄をマジックバッグを持ってる様に見せかけてるってのが有ったな。あれの真似をしよう。

 私がマジックバッグを持ってるという設定位はあっても良いだろう。むしろ、二ヶ月間ダンジョンに籠っていた私が、マジックバッグを持って無い方が不自然だ。

 勇者パーティーがマジックバッグ目当てに、私を襲う事なんて無いだろうし。


「えっと、あんまり知られたくは無いので、これは本当に黙っておいてくださいね」


 そう言って異空間倉庫からプルトの町で買った普通の鞄を出す。これをマジックバッグという事にしよう。


「異空間倉庫? それはもしかしてマジックバッグか!? 異空間倉庫にマジックバッグを入れていたのか!?」

「異空間倉庫を維持する魔力が切れたら、中のマジックバッグが時空の彼方に消えるわよ。恐ろしい事をするわね」


 勇者パーティー程であっても、異空間倉庫に貴重品を入れるのは、恐ろしい事らしい。

 ま、まあ、今回は仕方がない。


「せ、戦闘になるかなと思って手を開けておきたかったんですよ。それより証拠としては弱いかもしれませんが……」


 そう言って私は鞄の口を下に向け、相手に見えない様に鞄の中に異空間倉庫の出口を作り、ドザザザザーと拾っておいたAランクドラゴンの鱗を、大量に床にばら撒いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る