第90話【閑話】他の転生者達8

 私の名前はアイリ。


 私は一ヶ月程前に事故で死に、そしてエルウェスタという地球とは違う異世界に転生しました。

 転生する前の白い世界には、私と同じく事故等で亡くなった人達が居ました。そしてその中で共に協力し合う事を呼び掛け、纏めようとしてくれる方が居たので、私はその集団に参加させて頂く事にしました。

 そして二十人の仲間と共に、迷宮都市グレドニアという街で暮らし始めました。


 仲間の女性達は私を含めて皆エルフという種族になりました。

 エルフとは美形で長寿、何時までも若いままという種族。女性としてこの特徴を見逃すことは出来ませんでした。

 そして結果的に私達がエルフであった事が、あの悲劇に繋がってしまいました。

 巻き込んでしまった男性陣には、申し訳なさで胸が締め付けられます。

 

 妖魔王ディスロヴァス。


 妖魔王の憑依体に襲われ、私だけが転移で逃げだしてから十日程が経ちました。


 仲間達はまだ無事なのでしょうか?

 妖魔王の憑依体が私達に向けて言っていた”素材”と言う悍ましい言葉。

 それが生きている状態である必要が有るのか、それとも死体でも……。


 ……止めましょう。今、私が考えた所で答えなんて出ません。

 仲間達が助かる可能性に賭けて、早く助けを求めなければ。

 だからと言って焦って私まで、妖魔王に捕まってしまう訳にはいきません。


 コウさんから託された、妖魔王に関する鑑定結果のメモ。

 そのメモには妖魔王が憑依中の人達の詳細まで記されていました。

 恐ろしい事に妖魔王は国王や王太子、宰相、領主、大司教等と言った権力者にまで憑依していました。

 これ等の権力者の権力が及ぶ国や地域で迂闊に助けを求めてしまえば、私も再び妖魔王の網に掛かってしまいます。

 私の祝福の権能の一つである転移は、一度使うと次に使用可能になるまでに時間が掛かります。今、再び妖魔王の網に掛かってしまえば、今度は逃げる事は不可能でしょう。


 急がなければならない……けれど慎重に行動しなければならない。


 私の転移の条件には『過去に一度でも対話をした事がある人物の近くに転移可能』というのがあります。

 妖魔王の影の手に捕らえられている時、誰の所に転移するのか悩みました。

 仲間達は全員、同じ場所で影の手に捕らわれていた状況でした。

 迷宮都市グレドニアでは会話をした事がある人達が何人か居ましたが、その人たちが信用出来るとは限りません。それに私達を襲って来た人攫い集団は、グレドニアに拠点を持っている組織としか考えられません。

 グレドニアに戻るのは危険でした。

 元々目を付けられていたグレドニアの街中に私一人で居れば、すぐに人攫い組織の餌食になってしまうでしょう。

 しかし転生後に初めてグレドニアを出た私には、他に”会話をした事のある人物”がこの世界には居ませんでした。


 ……いえ、そこでふと、思い出したのです。



『あのぅ……一緒に来ないのですか?』

『あ、いえ……私にはおかまいなく』

『もしかしてお一人で?』

『……すみません……放っておいてください』

『……私達は『迷宮都市グレドニア』という所に皆で行く事になりました。どうするかお悩みでしたら転生先で合流して後でお話ししましょうね』



 この世界に転生する前の白い世界。そこで転生の直前に私が声を掛けた男性。

 当初は集団の中に居たのに、初期の適性やスキルの無さにショックを受けていた様子で……何時の間にか集団から離れた場所に座り込んでいたあの男性。

 結局、転生後のグレドニア近くに彼は姿を現しませんでした。


 その彼の事を思い出し、彼の事を意識してみると……彼の元へ転移が可能な事が感覚的に分かりました。

 そして私は転移を発動しました。


 私が目を覚ました時、私が居たのはリーアムという領地の北の領境付近の宿場町にある駐屯地でした。

 宿場町の中で私は意識を失った状態で倒れていたそうです。

 転移する時、私は妖魔王の影の手によって意識が失われそうな状況でした。その状態から更に転移に力を使ってしまった為、意識を失ってしまったみたいです。


 私はあの男性を探しました。

 少し背の低い、四十歳位の人だったと思います。


 ですが見つかりませんでした。

 私が倒れていた場所のすぐ近くの宿屋に泊まっていた何人かの男性を見ましたが、種族が変わっている可能性を考えても、あの人とは特徴が違い過ぎました。

 宿場町は街から街へ移動する際に立ち寄る町。日々、何人もの人達が行き来します。

 あの人はおそらく私が転移する時にたまたまその宿の近くを通っていただけか、私が気を失っている間に旅立ってしまったのでしょう。


 行違ってしまいました。


 同じ転生者として協力して欲しかった……。

 正直、私一人で抱えるには……重すぎる現状……。


 ……いえ……これで良かったのかもしれません。

 

 あの時、自分にも他人にも……何もかもに……失意していたかのような顔で『放っておいてください』と言ったあの人。

 あの人が今は、おそらく一人で頑張って生き抜いているのです。

 そんな人を巻き込むなんて……。


 ただ……転生者は皆『祝福』という特殊能力を持ち、それを狙う妖魔王と言う存在が居る事。

 それに気を付ける様に、一言言っておきたかったですね。

 


 幸運にも私を保護してくれた駐屯兵達は善良な方達でした。

 簡単に人を信用してはいけない世界だと思い知らされてはいましたが、彼等は気を失っている私を保護してくれました。気を失って倒れている女性エルフなんて、この世界では大金が落ちている様な物でしょう。彼等がその気であれば、私は今頃、違法奴隷商の奴隷だったはずです。

 ですが彼等はそれをしなかった。『人攫いという奴等は大嫌いでね』とも言っていました。

 少なくとも彼等は信用できる人間だと思い、色々と相談させて頂きました。

 勿論、そうは言っても妖魔王の事までは相談出来ません。迂闊に相談すれば彼等を巻き込む事になりかねませんから。


 幸いこの国の王都には勇者聖女協会が有り、更にこの国の権力者に妖魔王の憑依体は存在していない様です。

 王都への最短の道はここから北のプルト町を経由して王都に行く道。

 ですが丘陵地帯を抜ける事になる為、それなりに盗賊が多い地帯との事です。

 なので駐屯兵の勧めもあって、私は南のリーアムの街を経由して王都に向かう事にしました。リーアム地方は広い平野で巡回兵の巡回も頻繁であり、盗賊や魔物が少ないそうです。


 私は今、リーアムの街に向かう馬車の中です。


 まずは取り急ぎ、この国の王都の勇者聖女協会に妖魔王の情報を提供し、助けを求めなければなりません。

 しかし妖魔王の情報を素直に信じて貰えるかというと……厳しいでしょうね。

 普通に考えたら『このリストの人達には妖魔王が憑依しています』なんて、かなり突拍子の無い情報でしょうし。

 その場合は、この国だけでなく多くの都市の勇者聖女協会に情報を提供する事にしましょう。

 それに他の国とはいえ、一部の認定勇者や聖女に妖魔王が憑依していました。

 妖魔王がそれなりに勇者聖女協会に侵入していると言う事です。何処かで情報が握りつぶされ、私を捕まえようとするかもしれません。

 常に居場所を変えつつ、各地の勇者聖女協会に情報を流す事にしましょう。


 ……皆さん……どうかご無事で。

 そして助けが間に合いますように。



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アイリさんは第五話で主人公に声を掛けてくれた女性です。

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