第88話 破魂

 サキュバスがゲロ強い件。


 幾ら私の攻撃スピードが早くても、ただパンチやキックを出すだけだと当たる気がしない。

 

 ならば、スケルトンナイト先生から学んだコンビネーションを喰らえ!

 剣を三連突きした後のシールドバッシュ。それを私流に改良したジャブジャブジャブフックだ。


 ――ドコドコドコブン!


「ぐ――ぐあっ!」


 ジャブ三連発に反応しきれずサキュバスは私のジャブを腕でガードするが、ガードした腕がボキボキに折れる。肝心のフックは避けられる。


 ふむ、なるほど。

 どうやら技量で私の攻撃を予測しているだけで、私の攻撃スピードを知覚出来ている訳では無い様だ。更に手打ちパンチでも当たれば、完璧に受け流されない限りダメージを与えられる。


 大振りは止めてコンパクトパンチに切り替える。

 ボクシング漫画で見た知識だと、引きが重要……だったかな?


 しかしサキュバスは腕を粒子状にして怪我を治しながら距離を詰めて来る。密着されてパンチが打てない。早速パンチを封じてきやがった。

 ならばと掴みにかかるが躱され体を泳がされ、追撃を受ける。


 凄まじい技量だ。


 しばらくサキュバスとの攻防。

 攻防と言いつつ、傍目には私が一方的に翻弄されているのだろうけど。


 私は攻撃を喰らいまくってはいるが、ダメージは無し。

 反面、こちらの攻撃はほぼ当らない。


 攻撃されてもダメージの無い私。攻撃されても当たらないサキュバス。

 一見すると膠着状態ではある。

 しかし……。


「――はぁ――はぁ」


 相手に疲れが見え始めた。

 一方で私はまだまだ余裕。

 というか、転生してからスタミナ切れなんて体験した事が無い。活性の回復力のお陰だろうか。


「はぁ……くっ。なんて硬さだ。魔石無しの分際で……っ!」

「そろそろスタミナ切れみたいですね」

「……勝ったつもりか?」


 ニタリと笑みを浮かべるサキュバス。

 なんだ?

 

 ――そう思った時、私の周りに魔力の流れ――そして頭に響く不快感。

 この不快感は……隷属の首輪を着けられた時の?


「――はぁ――はぁ……ウフフフ。身体能力は化け物だけど、それ以外がお粗末過ぎだよ。とはいえ、魔石無しとは言えその体は強力ね。吸血鬼は拒絶反応する要素が多いのが難点で扱いづらいらしいけど、ここまで強力な体なら使い道は有りそうね。有効に使わせてもらうわよ。フフフフフ」


 笑うサキュバスを余所に、魔力の出所が私の足元からなのに気が付き足元を見ると、私を中心に魔法陣が怪しく光っていた。

 サキュバスが妙に私の周りをグルグル回るように戦っていた様に感じていたけど、この魔法陣を構築する為だったのか。


「ウフフフフ。どうせなら男が良かったのだけどぉ。さあ、私の靴を――」


 ――ガシッ。


 勝負ありと思い込んだのか、動きの止まったサキュバスの腕を掴む。

 サキュバスだし、私の足元で発動させた魔法陣はおそらく魅了系の状態異常を付与する魔法陣なんだろうけど、私の高いMNDによる精神系状態異常耐性は抜けなかったようだ。

 私に異常はない。


 しかし結果として効かなかったとはいえ、あの攻防の中で魔法陣を構築してたなんて、相当危険な相手だな。舐め過ぎてたよ。反省。

 正直、戦ってる途中で『勉強になるなぁ』なんて余裕かましてた。実際良い経験になったけどね。

 だけど引き出しの多そうな相手だし、これ以上は何をしてくるか分からない。

 それに先程からの『魔石無し』という発言からして、このサキュバスは魔石を持っていると言う事――つまり魔物だ。

 会話が出来て、見た目が人間に近いからといって、躊躇していられない。


 これで終わりだ!


「――うあっ!? ――ぐああああ!」


 掴んだ腕に私の必殺技である腐攻撃を発動。

 禍々しい腐食のオーラがサキュバスの腕に纏わり付く。


 さあ、どうする?

 これを凌げるか?

 むしろ私自身、これを凌ぐ方法があるのなら見てみたい。一度発動したら私にもどうしようもないんだよね。

 こうやって様子を見ようとしてる辺り、まだ侮ってる気もするけど、気になるんだよね。


「な、何だこれは!?」


 サキュバスは私から距離を取ると、先程腕を再生させた時と同じ様に、腐っていく腕を粒子状の魔力に変える……が。


「な、何!? ぐううう!」


 それは悪手。

 私の腐攻撃は物質に対しては腐る工程が有る分、苦しむが侵食が遅い。

 だけど魔力状の物に対しては消滅させる性質だ。

 粒子状の魔力に変えた事によって、その部分が消滅し、結果として逆に腐食の侵食が早まってしまっている。

 そして腐のオーラは消えずに既にサキュバスの二の腕まで侵食が進む。私の腐攻撃のしつこさはその程度では凌げないよ。


「うああああ!」


 サキュバスは短剣の様に変形させていた爪を刃物の様な形状に変える。

 そしてその手刀で自らの肩を斬り落とし、腐食が進行中の腕を切り離した。痛そう。

 某ナメクジ星人的なやり方かな?

 実際に目の前で見ると中々エグイな。

 ただ、そういう対処法なら私でも思い付く。残念ながらその程度でどうにかなるほど私の腐攻撃は甘くないのだよ。

 

「それ、無駄ですよ」

「何!? それはどういう――ぐああああ!」


 切り離された腕の腐食が進行し、その腕全てを侵食したその時、その続きと言わんばかりに、サキュバス本体の腕を切断した切り口から腐食が再開された。


 まあ、腐のオーラが纏わり付いた部分を切り離せば良いのでは? と思うよね?


 しかし私には悪魔の固有能力『魂』が有り、その権能の一つに『破魂』というのがある。

 この『破魂』の権能の効果は、魂を攻撃するというもの。私の魔力的な攻撃にはこの『破魂』を適用可能なのだ。


 魂は厳密には『魂魄』であり、『魂』と『魄』の二つで形成されている。

『魂』は器であり、器の形によって人格等を形成する。まあ所謂魂だね。

『魄』はエネルギーであり、器である『魂』の中にある。このエネルギーが無くなれば、生物だろうが魔物だろうがアンデッドだろうが、現世に存在できない。

 私の『破魂』はこの『魄』のエネルギーを破壊するものであって、器である『魂』までは破壊しない。なので私が破壊した魂が輪廻に戻れなくなる、という事は無い。


 要するに私の腐攻撃は、肉体的魔力的だけでなく、魂をも攻撃しているのだ。


 サキュバスは腐のオーラが纏わり付いた腕を切り離すことによって、肉体的魔力的には腐のオーラから切り離した。

 だけど『破魂』の効果により、既に魂にも腐のオーラが纏わり付いているのだ。魂部分でも切り離さなければ私の腐攻撃は止められないのだ。

 魂の、厳密には『魄』のエネルギーの腐食してる部分を切り離す……そんな方法ある訳無い……と思う。


 でも、このサキュバス程の技量の持ち主なら、何とかするのかもしれない。

 もしも、そんな方法があるのなら見せて欲しい――とすら思ってたのだけど……。


「……あ……ぁ………………」


 流石にどうしようも無かった様で、サキュバスは全身が腐り、黒い塵となって消滅していった。

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