第80話 交渉バトル
「えっほ、えっほ」
想像以上に長く滞在してしまった宿場町を出発。
街道を北上していく。
偽リーアム巡回兵と遭遇した場所を通り過ぎ、丘に囲まれた街道を走る。
そして夕方になる前にスレナグ領の最南端の宿場町に到着。
行く先々で近くにダンジョンが無いか話を聞きながら、二日後にはプルトの町へ到着した。ダンジョン情報は無かった。
「あ~、これは確かに狭いね」
プルトの町は丘陵地帯の中の盆地の町といった感じである。
位置的には東の王都、西のヴェダ、南のリーアム、北のスレナグと流通の中継地的な位置なのだが、比較的開けてる場所が此処くらいしか無かったのだろうね。
流通の要所ではあるが、土地は狭い。
駐屯兵が「広ければもっと発展するのに」と言っていた理由に納得だ。
「おおう、人口密度は凄い」
それでも流通の町だけあって、所狭しと商店露店が開かれ、各地の商品が取引されてるようだ。
人、店、倉庫が多いせいか、本当に狭く感じる。
「リーアムの取れたて小麦だよ!」
「王都で有名なブランド茶あるよ!」
「スレナグの一級鍛冶師、ゴルドバ氏の武器だ!」
「我が国が誇る魔裁縫師、イリーナ女史の作った魔装メイド服はここだ!」
「ヴェダの迷宮で産出されたワータイガーの毛皮だよ!」
お!?
ここで私の着ている魔装服を作ってくれたイリーナさんの名前を聞くとは。
そういえば近隣国で有名だって聞いたな。何気に凄い人なんだよね。
武器は気になるけど、スレナグはこれから行く場所だ。現地の方が輸送代も掛らない分安く買えるだろうし、ここではパスだね。
この町はあくまで中継地なのに、思ったより取引が活発だ。
いや、各都市の中継地だからこそ、各都市の産物が集まっているともいえるのか。
例えばリーアムと王都を往復する商隊であっても、ここでついでにスレナグとヴェダの商品も買えるからだろうか?
そんな事を考えながらも、目的の物を取り扱う店や露店が無いか探す。
「あ、あった」
スキルの宝珠が並べられている露店を発見した。
活発ではあるが狭い市場である。どうやら宝珠の取り扱いはこの露店だけのようだ。
店頭にある宝珠には、それぞれ何のスキルの宝珠なのかを書いた木片が置いてある。値段は要相談との事。
どんなスキルの宝珠が有るのか確認していく。
ダイス(二)、ダイス(三)、回転、墨、打撲拷問、光源、苔、蝶寄せ、肥やし、泡立て……。
結構種類が多いが……イマイチ用途が分からない……というか意味が分からない物ばかり。苔スキルってなんなん?
光源スキルも生活魔法の『マナライト』があるよね?
再生みたいに同じように思えて別物なのか?
基本的に迷宮都市で売れなかった残り物が流れて来てるのかもしれない。
そう思いながら、スキルの宝珠を順次見ていくと……。
……な……。
…………な、な、な…………。
………………なん………………だと?
目に入ったそのスキルの宝珠の名前は――異空間倉庫。
マジか!
マジか! マジか! マジか!
これ、どう考えても『アイテムボックス』的なスキルの宝珠だよね!
「よう、その宝珠に興味あるのかい? そいつは魔力で作り出した異空間倉庫に物を出し入れ出来るスキルの宝珠だぜ」
私が異空間倉庫の宝珠を凝視しているのを見て、三十代位の男の店員が声を掛けてきた。
というか、それ本当に『アイテムボックス』じゃん!
「これ、いくらですか!?」
「そうだな……」
店の店員は私をじっと見つめた後、少し口角を上げた様に見えた。
「金貨百枚だな」
「え!?」
た、高っ!
しまった……。
思いっきり欲しがる姿を見せつけてしまった為、吹っ掛けられたか……。
だけど糸玉貯金が有るから払えない事は無い。
それに金貨百枚以上の価値は絶対にある。
今後、荷物の置き場所に困る事は無くなるし、お金を異空間倉庫に移して置けば盗難の心配も無い。
正直、糸玉貯金の大金を持ち歩くの怖かったんだよね。それならここで使ってしまっても問題はない。
それにマジックバッグよりも便利だ。マジックバッグ自体を破損したり紛失したりする危険も無いのだから。
「分かりました! それで――」
……。
――待て。
マジックバッグはその容量にもよるが、最低でも金貨千枚は下らないと聞いた事が有る。最低でもだ。
そもそもお金さえあれば買えるという物でも無いのだ。需要に対して供給が少なすぎる為だ。
そんな貴重なマジックバッグよりも便利な異空間倉庫のスキルの宝珠が……こんな所でお値段十分の一以下で売ってるか?
何かおかしい。
……何かあるぞ。何か罠が……。
しかしそれが何かが分からない。
そういえば私が持ってる再生のスキルの宝珠――再生は録音や録画の情報を再生するだけのスキルだ。録音や録画には別のスキルの宝珠が必要。
という事は……?
「これってもしかして倉庫を作るだけのスキルで、収納や取り出しには別のスキルが必要だったりします?」
「おいおい、嬢ちゃんよ。俺は『魔力で作り出した異空間倉庫に物を出し入れ出来るスキルの宝珠』と言ったんだ。俺は取引で嘘なんか付きゃしないぜ」
む、むう……。
そういう罠では無いのか。
しかし何か……何か別の罠が隠されてるはずなんだ。
だって……。
「ククク……確かに嘘は言っちゃいねぇな……嘘はな」
「ひっひっひっ。あんな素人の女の子相手に……可哀そうになぁ」
「全くだ。金貨百枚とか吹っ掛けちゃってさぁ」
私の高いPERが、こんな周り人達のヒソヒソ話を拾ってくるのだ。
どうやら本当に嘘は言っていない様だが……何か肝心な事を言っていない……そういう感じか。
むぅ……分からん……。
正直に聞いてみるか。
「えっと……何か使うにあたって注意事項が有りますか?」
「教えてやってもいいが、それは取引成立してからだな。もう一度言うが俺は嘘は付いて無いからな」
「……倉庫が実はスキル保持者共有だとか?」
「取引成立してからだ」
――くっ!
こ、こいつ……もう肝心な何かを言ってないという事を隠す気も無いな。
その上で私が怪しみながらも、異空間倉庫のスキルの宝珠を見切れない事を見切ってやがる。
だって異空間倉庫だよ。
欲しい。
めっちゃ欲しい。
ここで逃すともう手に入らないかもしれない。
私は特に限定商品とかに心動かないタイプだが、流石に『アイテムボックス』的なスキルとあれば別だ。
見逃せない。
「それでは、この再生のスキルの宝珠との交換はいかがでしょうか?」
背負子から再生の宝珠を取り出して言う。どうせ売れるならここで売るつもりだった物だ。
再生ですよ再生。何を再生するスキルなのかは言わないけどね。
肝心な事を言わないというのなら、こちらも同じ手を使わせてもらおう。
「再生のスキルの宝珠ね……悪くは無いが録音録画とセットでないのなら、そいつ単体とでは交換には応じられないな。金貨十枚で買い取りって所だな」
――くっ!
だ、駄目だ……この宝珠の事を知ってやがる。
そりゃ、スキルの宝珠を売買して食ってる人間だもんな。知識では勝負にならない。
金貨十枚……思ったよりは高く売れるな。
……って、今はそれはどうでもいい。
ど、どうする?
「嬢ちゃん、ここでは商品知識を予め持っているか持っていないかの世界だ。知っててナンボの世界なんだぜ」
……そういう事なんだろうね。
周りの人達もカモにされてる私を憐れみながらも、成り行きを見ているだけで助けてはくれない。
そういうルールの世界だからなんだろう。
負けだな……。
「……買います」
使えなければ勉強代として諦めよう。
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