第79話 すれ違う転生者

「よう! いよいよ出発か」

「はい。色々教えて頂きましてありがとうございました」

「こちらこそ盗賊捕縛ありがとう。最初は牢に入れちゃって申し訳ない」

「いえいえ、お勤め上、仕方ないですよ」


 滞在中によく話をした駐屯兵に挨拶をする。

 リーアム地方最北端の宿場町近くのダンジョンで、更に数日修行した。

 スケルトンナイト&ソーサラー先生にはお世話になりました。

 ゾンビも十分間程度なら逃げ回れるし、いきなり遭遇したとしても気絶してしまう事は無い程度には慣れたと思う。我ながら大した進歩である。

 昨日、ようやくレベルが一つ上がったので、それを区切りにしていよいよ鉱山都市スレナグへ出発する事にしたのだ。


「そういえば、何処かでスキルの宝珠を買ったり売ったりする場所って、ご存知ないですか?」

「俺も良く知らんがダンジョンの宝箱から出るものだからね。やっぱダンジョン都市にいけば取引が有るんじゃないかな?」

「ですよね~」


 ダンジョン都市――文字通りダンジョンからのドロップ品や宝箱から出る品物が産業の都市である。

 行ってみたいとは思うのだが、ダンジョン都市は基本的に規模が大きい街になるので、規模の大きい都市によくある都市に入る際の鑑定が有るかもしれないんだよね。


「規模はダンジョン都市よりだいぶ小さくはなるだろうけど、スレナグに行く途中のプルトの町の市場なら多少は取引が有るかもね」

「お、そうなのですか」

「プルトの町は南の穀倉地帯リーアム、東の王都、西のダンジョン都市ヴェダ、北の鉱山都市スレナグと、丁度四都市の中継拠点的な場所になるからね。迷宮都市の商品の取り扱いも有るんじゃ無いかな? あそこは土地が狭くなければもっと発展するんだけどな」


 なるほど、そこで手に入れた再生スキルの宝珠が売れそうなら売るか。

 ずっと取り置きしておくには嵩張るんだよね。

 マジックバッグが欲しい。


「ありがとうございます。スレナグに向かう予定ですし、プルトの市場を覗いてみますね」

「どういたしまして。それと何度か言った事だけど道中は勿論、スレナグでも人攫いには気を付けなよ」


 聞いた所によると、鉱山の街スレナグは柄の悪い場所みたいだ。

 鉱山での採掘活動は落盤や有毒ガス等の危険が伴う。ステータスや魔法が有るこの世界でもやはり危険。

 最も危険な仕事は犯罪奴隷達に働かせてるらしい。といっても、この犯罪奴隷はそこまで問題ない。犯罪者故に隷属魔法や隷属の魔道具でガチガチに制約されているし、作業が終われば牢屋に戻る為、街中に出てくる事は無いからだ。

 問題は借金奴隷達。借金を返す為にそれなりにきつくて危険な仕事を請け負わせれている。

 ただ、奴隷と言っても犯罪奴隷と違って制約はそこまで厳しくない。

 借金の額にもよるが、休みはそれなりにあるし、普通に街中を歩く事が出来る。借金を返すまでは街から出る事が出来ないくらいだ。

 休みの日に余計に働いた分ならお金が手元に残る。それで早く借金を返す人もいればし、街中で飲み歩く人もいる。

 借金を背負う理由は様々だが、やはり借金を背負うという事は碌でもない人間である事が多い。全員が全員そういう人間だという訳では無いが、そういう傾向が有るのは否めない。

 そんな借金奴隷達が街中を歩いているのである。借金に追われてる事もあり、心が荒んでいるのもあってか、柄の悪い街となってるそうだ。

 更に奴隷の需要が多い為か、違法奴隷商が結構居るとの事。違法奴隷商が居る所には人攫いも居る。駐屯兵が気を付けろと言ってくれているのはこの事だ。

 それは確かに懸念事項ではあるが、だからと言ってスレナグの街は別に治安がすこぶる悪いと言う訳でも無いらしい。犯罪者は普通に取り締まられる。


 一応、スレナグ以外の選択肢としては、東の王都に西の迷宮都市ヴェダが有るけど、鑑定の問題でパスだ。


 リーアムに戻ると言う選択肢も有るが、リーアムには思ったより仕事が無いんだよね。広い平野で人の生活圏が広いから魔物が少ない。

 鉱山都市のスレナグや迷宮都市であるヴェダは、所謂出稼ぎの労働者や冒険者が集う街である。

 リーアムはそれらの街と違い、広い平野が広がる穀倉地帯である。街の周りに沢山の集落や村が有り、その集落や村との繋がりが強い。

 リーアムを拠点とする冒険者も、近隣の集落や村で農地を継げない次男三男が、同郷仲間と共に結成したパーティが多い様子だった。その為、良く言えば和気あいあいとした雰囲気があった。衛兵も善良な人達だったし、そういう土地柄なのだろう。

 ただ、悪く言えば余所者に排他的……とまではいかないが、地元民優先で余所者には仕事があまり回ってこない感じが有った。

 リーアムの冒険者ギルドでも吸血鬼騒ぎの最中で「余所者の俺には仕事が回ってこねえ!」と愚痴ってる人が居たしね。あの時は吸血鬼騒動で仕事が減ってたのは確かにあるけど、それはつまり何かしらの要因で仕事が減った時、地元出身者が優先され余所者はハブられる所でもあるという事だ。

 そう考えると「地元出身の俺達と一緒なら配達の仕事とか回せて貰えるよ」と言ってくれたパーティーへの誘いはありがたい事だったんだよね。

 まあ、私には人に言えない秘密が多いので、パーティー組めないんだけどさ。

 ……厳密に言えば仕事の無いあの時期でも、私に仕事はあったけどね……宿屋や酒場の給仕が……。

 いやでもあれ……絶対春を売る奴だよね。前世おっさんだった私には無理過ぎる。

 春を売る奴で無かったとしても、セクハラに厳しかった前世とは違うこの世界で、酔っ払いのお客さんをどうあしらえば良いのか分かんないよ。


 という訳で、リーアムに戻るのもパス。

 残る選択肢は鉱山都市スレナグしかないんだよね。仕事は沢山有るらしいし。

 今からリーアムに戻って更に南に、というのも面倒だ。


 しかし柄の悪い土地柄か……正直、そこにちょっとプレッシャーを感じる。

 私みたいな虐められ気質の人間にとって、柄の悪い人間って天敵なんだよね。

 でも、今の私はそれなりに強い。

 前世とは違う……多分。

 何事も経験。それにいい加減、冒険者ランクをEまで上げたいのだ。


「そういえば君は旅人だから一応聞いてみるんだけど、例のエルフ、俺くらいの年代の男を探しているらしいんだけど、なんか心当たり有るかい?」

「エルフに関わりのある男の人ですか? 全く無いですね」

「だよなぁ。『数日前にこの町に居たはず』って言うんだけど、ここは宿場町。俺くらいの年代の男なんて頻繁に出入りしてるからなぁ」


 例のエルフというのは数日前、私が宿泊している宿屋の裏手にエルフの女性が一人、気を失った状態で倒れていたとの事。

 行き倒れがそれなりに珍しくない世の中では有るが、その人は身に着けている装備が相当品質が良い物だったし、なにより滅多に人前に姿を現さない非常に珍しいエルフと言う種族というのも有って、現在駐屯地で保護されているらしい。


「事情を聴いても要領を得ないんだが……人攫い集団に襲われて仲間達とはぐれた様な事を言ってたよ。ホント君も気を付けてね」

「はい。ありがとうございます。それではお世話になりました」


 駐屯兵に別れの挨拶をして街道に出る。

 こうして私は、長い寄り道になった宿場町を出発した。



 すれ違いに気付かないまま。

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