第75話 悪夢

 剣や槍が突き刺さって針鼠の様になったトオルさんが影の中から出てくる。

 そして私に言う。


「……次は……お前の番だ」



 ◇



「……………………」


 という夢を見た。


 今日もトオルさんの夢を見た。

 ダンジョンでレベルアップしてその高揚感を得ても、やっぱりこの夢を見てしまう。

 あの日から毎日見ている夢だ。忘れようにも忘れようがない。


 どんよりした気分で宿を出る。

 ダンジョンクリアして数日経つが、今もリーアム地方最北端の宿場町に滞在している。

 毎朝、寝起きは気分がすぐれないが、今日もダンジョンでスケルトンナイト&ソーサラー相手に修行するつもりだ。あんな丁度良い練習相手は中々居ないからね。ゾンビゾーンさえ無ければなぁ……。

 ルタの村のダンジョンでは、Cランクのムカデは五匹しか居なかったけど、こっちのダンジョンだとCランクのスケルトンナイト&スケルトンソーサラーが計二十匹は出る。ルタの村のダンジョンと同じく、一日経てばリポップするし、あいつ等はそれなりに技量があるから良い練習になるのだ。


「よう、嬢ちゃん。今日もダンジョン通いかい?」

「こんにちは。アンデッド慣れと対人練習になりますので」


 町を歩いてると駐屯兵に出会った。

 この駐屯兵は牢に入れられてた時は尋問モードで固いイメージだったが、容疑が晴れてからは結構陽気に話してくれる人である。

 私と(見た目年齢が)同じ年頃の娘さんがいるらしく、割と私を気に掛けてくれている。


「努力家だねぇ。だからこそ例の盗賊共を倒せる実力を身に着けれるんだろうね」

「ええ……まあ」


 ありがたいお言葉だが、チートな身体能力のお陰で、私のしている努力は他の人がしている努力に比べて温いと言う事は流石に分かっている。身体能力に限っては私は明らかに他人より初期値、成長値で段違いだ。我ながら嫌な言い方だとは思うが、前世では、同じ練習を同じ時間やっても、残酷な個人差才能差を見せつけられてきたからなぁ。平等な成長なんてあり得ないのだ。

 まあ、だからこそ努力を怠ってはいけないとも思う。折角、神様から才能のある体を頂いたんだ。


「そういえば君が捕まえてくれた盗賊、巡回兵殺しの罪でスレナグの鉱山送りになったよ」

「そうですか……あれ? 巡回兵さん、殺されてたんですか?」

「……うん……人身売買やってる相手でも、兵士は奴隷にされずに殺されちゃうことが多いのさ」


 この世界には隷属魔法や隷属の魔道具といった強制的に人を操る方法がある為、人を従順な奴隷として売買出来る。故に盗賊に襲われ捕らえられて案外殺されることは少ない……はずだけど……。


「兵士として雇われると、その国や領地の兵士としての称号が付くからね。兵士の称号付きの奴隷を所持してると分かれば国や貴族から徹底的に調べられるし、手間をかけて他国に連れて行っても隣国程度では追及される。違法奴隷商からすれば扱いづらい商品って訳さ」


 そういって普段は陽気な巡回兵も、少し表情を曇らせた。


「そうでしたか……兵士だとあっさり殺されてしまうなんて……」

「……あ~、いや……発見されたあいつ等は……」


 言葉を濁す巡回兵。

 どうしたんだろう?


「……取り調べの時に聞いたけど、君は色んな所を旅する予定……だったよね?」

「え? はい。ダンジョン巡ってレベル上げしたいですね」

「それなら知っておいた方が良いかな? 隷属魔法や隷属の魔道具については詳しい?」

「いえ、あんまり」


『誠実の盾』の奴等に騙されて、隷属の首輪を嵌められたくらいだ。


「隷属魔法や隷属の魔道具にも強弱があってね。高いレベルを持つ人には高いレベルの隷属魔法や高価な魔道具で無いと基本的に効かないんだよ」


 なるほど……やはり隷属の首輪が私には効かなかったのは、私が高レベルの人並みの身体能力――主に精神状態異常耐性に影響するMNDが高かったお陰だったのだろう。


「だけどそれは基本的にであって、やり方次第で簡単に隷属させる方法も有るんだ」

「……」


 普段は陽気な巡回兵の苦々しい表情が、この話の続きがあまり気持ちの良い内容で無い事を予感させる。

 

「隷属させたい相手の心を折ればいい。心が折れた人なら、低レベルの隷属魔法や安価な魔道具でも簡単に隷属させられる」

「……」

「仲間の巡回兵はね。あっさり殺されたんじゃない。奴隷にする予定の捕らえた人達の心を折る為に……見せしめに……甚振られて……ね」

「……胸糞悪い話ですね」

「……ごめんね。このリーアム地方は地域密着型で人の善い人が多い傾向にある土地柄なんだ。それでも悪人は居る。他の地域だと猶更だ。君の容姿だと……そういう奴等に特に狙われるだろう」

「それであの盗賊は死刑でなく鉱山送りですか? 処分が温すぎないですか?」


 ……ホント胸糞悪いな。

 あの盗賊……やっぱ殺しときゃよかったか?

 なんでトオルさんは殺されて、あんな屑が鉱山送りとはいえ生きているのか。

 私から言わせれば、転生吸血鬼のトオルさんより、あいつの方がよっぽど人を弄び人を喰って生きてる邪悪な鬼じゃないか。


「……自分の心配より、盗賊への怒りか……。というか、かなり感情移入してるね。もしかして家族に兵士の人が居たとか?」

「……いえ……ただ、理不尽に亡くなった同郷の人を思い出しまして……」


 理屈ではトオルさんが殺されたのは種族の問題だとは分かってるんだけどね……。


「世の中、本当に理不尽だよ。死んだあいつ等はあんな殺され方をされていいような奴等じゃ無かった」

「……あ、すみません……お悔やみ申し上げます」

「兵士になる以上、そういうのも覚悟してなってるんだけどね」


 トオルさんも死ぬ覚悟はしてたみたいだけどね。いや、諦めていたのかもしれないけど……。


「それに鉱山送りってある意味死刑より重いんだよ。鉱山の危険な作業を強制的にさせられるからね。そいつを鉱山送りにして得たお金は遺族の賠償に当てられるしね」


 この世界での罪人に対する裁きは国や領主の方針次第な所も有るが、基本的に前世の更生前提とは違って賠償前提が基本だ。


「そうですか……」

「いや、ほんと……不快な話しちゃってごめんね」

「え? いえいえ」

「何が言いたいかと言うと、人攫いと言う連中は人を人として見ていない危険な連中で、特に君はそう言った連中に狙われそうだから気を付けて欲しいって事なんだよ」

「あ、はい。心配して頂いてありがとうございます」


 ふと……思った事を彼に聞いてみる。

 

「あの、私からもちょっと……不快に感じる話かと思いますが……お仲間を殺されたのを知って、次は自分の番じゃないかって……そういうので怖くなったりしないですか?」

「うん? 盗賊に殺されるのが……って事?」

「そんな感じですかね。えっと……具体的な状況は話せないのですが……亡くなった同郷の人が夢に出て来て私に言うんですよ。『次はお前の番だ』って……」

「……あ~」


 駐屯兵は少し思案の後、ふと笑って言う。


「俺にもそういう時期が有ったよ。殉職した仲間が『お前も早く来い』って毎晩夢に出て来てさ」

「今でも夢に見ます?」

「いや、もう見ないよ」

「……今は克服されたんですか?」

「克服したのではなくて、考え方を変えた……かな?」

「考え方?」

「死んだ奴等同士で仲良くあの世で飲んでんじゃないのかな……ってね。きっと、まだ生きてる俺なんかより近くにいる奴等同士で仲良くやってるよ。親孝行なあいつは先に死んだ親に孝行してるだろうし、まだ生きてる俺なんかに構ってられないんじゃないかな……ってね」

「あ~」


 ……。


 言われてみればそうか……。


 トオルさんは妻のエリさんが、またあの白い世界で自分を待っていてくれていると思いながら死んでいったんだ。

 死ぬ時はエリさんの墓前で死ぬ事を望んでいた。


 私を道連れにする事に執着するとは思えないな。


「言われてみれば……今頃、夫婦で仲良く生まれ変わってイチャイチャしてる気がしてきましたね」

「同郷の人って夫婦だったんかい! そりゃきっと夫婦で仲良くやってるよ。そこにお邪魔しちゃ悪いって」

「……確かにお二人の邪魔しちゃ悪いですね」

「間違いないね。君の番は、まだまだずっと先さ」

「あはは……少し気が楽になりました。ありがとうございます」


 心の中の何かがストンと落ちた感じだ。

 結局、悪魔バレした時の恐怖が見せた幻なんだろうね。あのトオルさんは。

 今頃きっと、本当のトオルさんはエリさんと転生して仲良くやってるのだろう。私の事なんか構ってられないだろうね。自意識過剰になってたのかもしれない。


 悪魔バレの恐怖に関しては克服した訳じゃないけど、それはそもそも克服出来るものでは無いかな? 

 あまりクヨクヨ考えても仕方がないよね。

 生きている私は、生き残る為に頑張らないとね。

 バレた時を恐れるよりも、バレても逃げれる実力を身に着ける為に頑張りますか。


 駐屯兵にお礼を言ってダンジョンへ行き、修行に励んだ。



 その日以降「次はお前の番だ」と言うトオルさんは、私の夢に出て来なくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る