第63話 敵は悪に限る

「えっほ、えっほ」


 街道を走って北上する。

 宿場町を出て早々、遠目に道中でロバに荷物を載せた村人達を見かける。その時は速度を落としてすれ違う。

 街道上で高速で走って近寄る人なんて、警戒対象だろうからね。


「うん? 坊主、この辺じゃ見かけないな。どこ行くんだ?」


 すれ違う際に、村人の一人に話しかけられた。


「こんにちは。スレナグに行くつもりです」

「おっと、女の子だったのか。それにしてもスレナグに? 馬車にも乗らずに女の子一人でか? 吸血鬼騒ぎは収まったんだし、乗合馬車が出るのを待てなかったのか?」

「あなた、あんまり詮索するものではないわよ」

「む……そうだな、すまん」

「あ、いえ」

「この先はリーアムとスレナグの領境だ。しばらく宿場町も無いし、巡回があいまいになりがちな地帯で盗賊や魔物が多い。気を付けなよ」

「はい、ありがとうございます」


 村人達と別れる。あの人達はリーアムに作物を運んでるのかな?


 それにしても気になる事を……そっかぁ、この先、盗賊が多いのかぁ。野営中とか危なさそうだな。

 まあ、私なら休憩無しで爆走できるから、今日中にスレナグ側の宿場町に着くつもりだけどね。

 でも折角注意してくれたんだし盗賊には気を付けよう。何をどう気を付ければ良いのか分からんが……。


 しばらく走ってると平原地帯から丘陵地帯となってきた。街道の左右は丘に囲まれ、木々も増えてきて見通しが悪い。

 なるほど……盗賊やら魔物が出て来そうな雰囲気である。人気も無いしスピードアップしますか。


 ――と、思ったら後方から馬の駆ける音。


 そろそろ追い付かれるかと思われる所で速度を落とし、馬をやり過ごす為に街道の外に出る。

 やがて騎乗した二人組の男が見えてきた。


「おい、あいつだ」

「やっと追い付いたな。思ったより進んでたな」

「ここなら見通し悪いし問題ないだろ」


 ――んん?

 何か二人組から不穏な会話が……。


 騎乗した二人は街道の外で通り過ぎるのを待つ私を、無視して通り過ぎる……訳が無く、馬上から私に声を掛ける。


「おい、小僧。フードを被って何処へ行く。怪しい奴め。まずはフードを外せ。吸血鬼厳戒態勢を知らぬとは言わさんぞ!」

「我々はリーアム巡回兵だ。おとなしく指示に従え」

「……」


 村人ですら吸血鬼騒動が終わった事を知ってるのに、巡回兵が知らないって……。


「どうした!? まさか抵抗する気か!?」

「……リーアムの吸血鬼なら討伐されました。もうその辺りの村々にも伝わってるはずですが?」

「「エッ!?」」


 エッ!? ……じゃねえよ。

 よく観察したらこいつ等……確かにリーアムの紋章の入ったサーコートを着てるが……なんかボロボロだな。まるで野山に潜んでたかのように汚れてる。

 

「そ、それを知っているという事はリーアムから来たようだな」

「はい、そうです。もういいでしょうか? 失礼します」

「ま、待て!」

「……」


 うーむ、怪しいけど、万が一にでもこいつ等が正規の巡回兵だったら……中世レベルの文明だと連絡の不備とか発生してもおかしくは無いのかも……でも、村人が知ってて巡回兵が知らないなんてあるのか?

 こいつ等が数日拠点を離れて巡回してたとしたら、知らない可能性もあるかな? 


「その声、女だったのか。吸血鬼が倒されても眷属がリーアムから脱出している可能性がある」

「う、うむ。そうだ。そういう事だ。武器を置いてフードを取れ」


 う~ん……まあいいか。

 棍棒を地面に置き、フードを取る。


「……おっほっ……ほう」

「……こいつはぁ……」


 私の容姿を見て、二人はしばし唖然とし、そして下卑な視線で見てくる。


「嬢ちゃん、随分と色白だなぁ。吸血鬼かぁ?」

「こりゃあ、取り調べだな。ちょいと拘束させてもらうぜ」

「私の居る場所は日が差してて、私は先程からずっと日差しを浴びてるのですが」

「「……」」

「それでは失礼します」

「「待ちやがれ!」」

「はい?」

「めんどくせぇ! 痛い目みたくなきゃ黙って拘束されろ!」


 こいつ等、もう盗賊で確定で良いよね?

 仕方がない。覚悟を決めよう。

 なんちゃって美少女とはいえ、女一人旅では今後もこういうのは避けられないだろう。


「ひっひっひっ。辺りを見回しても誰も助けに来ないぞぉ」

「目撃者が居ないか確認してるだけですよ」

「無駄無駄。さぁ、おとなしくしてもらおうか」


男二人は馬から降り、片方の男は私に剣を突きつけ、もう一人が拘束しようと私の背後に回ろうとする。


「ひっひっひ。こいつは高く売――」


 ――ガキン! ――ゴキュル!


「ぐぁあ!」

「ウェゴッ!」


 突き付けられた剣の腹を手で払って剣を粉砕。その衝撃で剣を握っていた男の手の指が何本か折れた様だ。

 更に私の背後に回ろうとした男の顎を軽く揺らす……つもりだったが、男の顔が衝撃で半回転し、首が有り得ない程捻じれながら、体も回転して地面にベチャッと倒れる。


 顔と首が変な向きになったまま男は動かない。これは……死んだな。


 ……また殺すつもりは無かったのに、殺してしまった……。


 やっぱり高すぎるSTRを制御出来てないなぁ。

 普段の生活でコップを握り潰したり、ドアノブを壊したりなんて事は起こらないのだが、少しでも攻撃的な意識で腕を振るうと、途端に高いSTRが仕事するみたいなんだよね。


 だけど……今回はショックはそこまで無いな……後でじわじわ来るのかな?

 ある程度、一緒に過ごして話した『誠実の盾』の時と比べて、今回は見ず知らずの相手だったからだろうか?


 ……いや、おそらくリーアムの件があったからかな?

 

 人を殺すつもりの無かった、悲しき転生吸血鬼のトオルさん。

 人の良かった衛兵達。

 騎士やヴァンパイハンターのあの人も、吸血鬼という人類にとって当然の脅威と戦ったのであって、決して悪人ではない。

 あれは私から見て、悪の存在しない救いの無い……出来事だった。


 それに比べたら、こいつ等は良い。

 明確に悪人だ。

 私は正義の味方だとかヒーローであろうと思ってる訳では無いけど、やはり攻撃する相手が悪だと気が楽だ。

 

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