第62話 リーアムを出て
剣が無数に突き刺さり、針鼠の様になったトオルさんが影の中から出てくる。
そして私に言う。
「……次は……お前の番だ」
◇
私を天使だと言って暖かい目で私を見ていた衛兵達が、今は憎しみに満ちた目で私を見て剣を突き付けながら叫ぶ。
「死ね! 死ねぇ!」
「悪魔めぇ!」
「この世から消えろぉぉおおお!」
◇
「………………」
夢でした。
今朝も最悪の目覚めである。
あれから毎晩、この様な悪夢を見てしまう。
吸血鬼に転生してしまった、元日本人転生者トオルさんの死に様は、他人事では無い。
悪魔だとバレたら……さっき見た夢は現実のものとなって、私に襲い掛かるのだろう。
……怖い。
……恐ろしい。
「……はぁ……」
私、メンタル弱過ぎかな?
結局、またリーアムの街から逃げる様に出てきてしまった。
でもトオルさんの事を考えてしまう、あの街で過ごすのは精神的に無理だよ。
トオルさんとの付き合いは実はたったの二日だけ。
でも濃くて強烈な記憶となっている。
今考えても私には、あれ以上どうしようもなっかたよなぁ……。
チート主人公だとハッピーエンドに導けるのだろうか? 私には無理だ。
どんより気分で宿場町の宿を出る。
この宿場町はリーアム領北方面最後の宿場町だ。
今、私は北へと進路を取ってる。ここから先はリーアムとは違う領地になる。
宿場町で聞いた所、このまま北に進めばスレナグという鉱山の街が有るらしい。
とりあえずその街に行き、仕事に没頭して気分を紛らわせたいと思う。現実逃避したいとも言う。
それとダンジョンに行ってレベル上げしたい。
レベルアップ時の高揚感を久しく味わってないからね。今の私に欲しいものは高揚感。
それに何よりレベルを上げて強くなりたい。
考えたくは無いけど、何時か私が悪魔とバレた時の事を考えると……自分の身の安全を保障してくれるのは、強さしか無いと思うのだ。
自惚れでなければ、私は現時点でもそれなりに強いと思う。
トオルさんの魔法はレベルの低さ故に、それ程強くないと私は思った。しかし実際には、彼の魔法で騎士や衛兵には結構な死傷者が出ていた。
トオルさんがどのようなステ振りしたのかは分からないが、レベルはほとんど上がっていなかったであろう。それでも多くの騎士や衛兵を倒せる程だった。吸血鬼という種族によるものかもしれないが。
ともかく、そういった訳で少なくともそこら辺の騎士衛兵よりも、私は強いと言っても過言では無いだろう。
といっても、レベルやステータスのあるこの世界では、前世より強さの幅は大きいと思う。
スキルの無い基礎能力だけの私は、高レベルで基礎能力と技量を兼ね備えた本当の強者には敵わないだろう。
その強者の強さがどれくらいなのかが、いまのところ全く分からないんだよね。
どっかその辺でSランク冒険者が戦ってないかな~?
といっても、Sランク冒険者が本気で戦うような場所は、私が出血してしまう可能性が高いよね。
そもそも出血程度の危険で済むのかも分からない。そういう所には居たくないという事情もあるジレンマ。
次の街ではEランクを目指しつつも、レベル上げの為のダンジョン情報も集めないとね。
それと、武器の扱いを教えてくれる人を探すとかね。
だけどこれは厳しいかな?
この世界には道場みたいなのは無いんだよね。
そういえば武器も木製棍棒のままだよ。次の街で新しい鈍器を探そう。
いや、この世界は剣が主流だから、この機会に剣に転向するのもありかな。
私では使いこなすのは厳しいと思うが、長い目で見れば入手しやすい剣を扱う事を検討する余地はありそうだ。
結局、リーアムでも武器屋に一度も行かなかったしなぁ。
次の街は丁度鉱山の街だから武器も豊富そうだし、それを見てから決めよう。
うん、これからやるべき事を考えてると少し元気が出て来た。
そうだよ、どう頑張って良いか分からなかった、どう努力して良いか分からなかった前世よりかはマシだ。
私には自分の未来の為にやる事、出来る事がある!
思い悩んでたのはそういう事ではない気がするけど……無理やりにでもそういう事だと思おう!
やるべき事に間違いはないんだし。
街道に出てから南に振り向いてリーアムの方を見る。
トオルさんとエリさん、殉職した騎士衛兵達に黙祷を捧げ、北に向けて走り出した。
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