第60話 夕日の中で

「貴様の復讐の為に、騎士を見殺しにするんじゃない!」

「僕の村を見殺しにしたのは、あんた等の方――」


 ――!

 

 言い争う騎士団長とヴァンパイアハンターに気を取られていたら、かなり強い魔力の流れを感じる。

 今回はかなりの広範囲だ!


 そう思った瞬間、言い争う二人が雷光に飲まれる――というか、私も雷光に飲まれる。

 

「がああああ!」


 トオルさんが叫びながら、我武者羅に雷魔法を撒き散らす。


「うわあっ」

「ぎゃああああ!」

「ち、ちくしょう!」

「ぐあ! ち、近寄れない!」


 騎士や衛兵の悲鳴と怒号、そして雷撃の炸裂音が断続的に続く。


 私は雷撃弾幕の中、トオルさんの雄叫びが聞こえる方に突っ込む。

 さっき、トオルさんの雷魔法を喰らったが私は無傷。来ていたローブはボロボロになったがその下の魔装服も無事だ。


 それで理解した。


 トオルさんは転生してから数日の間は街中で働き、その後吸血鬼とバレてからは、ずっと地下下水道に隠れていた。

 つまり、レベルは全く上がっていない。

 技能は凄くても、基礎能力は私に比べて大したことはないのだ。

 私なら彼の雷魔法を無視して行動出来る。

 

 ……トオルさん……本来ならこれ以上、人を傷付けたくなかったトオルさん。

 私が止める!


 立ち込める煙と紫電の中、フラフラしてるトオルさんが見えた。

 背中が大きく抉れてる。背中に張り付けられた十字架を自分の何かの魔法で吹き飛ばしたのか?

 ヨロヨロと振り回す手からは、もう魔法が放たれない。

 魔力も尽きたようだ。


 ……魔力が尽きてる……と、いうことは?


 トオルさんの肩を素手で掴んでみる。

 普通に掴めた。

 魔力が尽きて霧化出来なくなったのだろう。

 剣は必要なかったな。


 ……トオルさん。

 あなたの死に場所はエリさんの墓前です。


 力なく暴れるトオルさんを掴んだまま、共同墓地の石碑へと引き摺って行く。

 そして石碑を背にするように座らせる。


「――え?」

「……あああ……があ……ああ……」


 トオルさんの背中からシュウシュウと白い煙が上がり始めた。

 石碑と触れてる箇所から?


 そ、そうか!


 おそらく墓石だから……石碑を聖水か何かで清めてあるんだ。

 トオルさんが最初から石碑の影に転移しなかった……いや、出来なかったのもその為か?

 体力も尽きたのか、トオルさんは背中から煙を出しながら、力なく座り込んだまま動かない。

 ……どうしよう……体から白い煙が出続けてる。

 このままでは……。

 



 ……このままで良いよね?




 妻のエリさんの墓前で死にたい。

 それがトオルさんの最後の願いだ。


 雷撃によって立ち込めた煙が晴れてきて、赤い夕日が差してきた。

 その夕日がまたトオルさんの体を焼くが……トオルさんは虚ろな目で空を見上げ……。


「清めた石碑に押し付けたのか! よくやった!」

「後は任せてそこをどいて!」

「え?」


 私のすぐ横から突き出された剣が、トオルさんの顔面に突き刺さる。


「ちょっ! 待って! もう――」

「――うらぁぁぁぁぁあああああ! 村の皆の仇ぃぃぃいいいいい!」


 血まみれのヴァンパイアハンターのバイル氏が私を横に追いやり、何処から取り出したのか、太い木の杭をトオルさんの心臓に突き立てる。


「死ね! 死ねぇ!」

「吸血鬼めぇ!」

「この世から消えろぉぉおおお!」


 衛兵達が、騎士達が、トオルさんに群がり、剣を突き刺し、木の杭を押し込む。


 私が供えた花が舞い散り、赤い夕陽が辺りを照らす中、剣や槍や杭が無数に突き刺さって白い煙を出す針鼠の様な姿になったトオルさん。

 やがて煙と共に彼は消滅し、刺さっていた剣や杭がカランカランと音を立てて落ちる。


 私はそれをただ唖然と……見ている事しか出来なかった。


 ◇


 こうしてリーアムの街を騒がせた吸血鬼騒動は、吸血鬼討伐により幕を下ろした。

 幸い衛兵や騎士達に犠牲者は出なかった……なんてことはなく、結構な死者が出た。

 トオルさんはこれ以上、人を殺したくないはずだったのに……ままならないものだ。

 私がもっと早く介入して……トオルさんを倒していたら……。


 吸血鬼討伐の翌日。

 私は花を持って再び共同墓地に立ち寄ろうとしたが、現場検証なのか復旧の為なのか、墓地の中には入れて貰えなかった。

 

「殉職者の皆様に供えてください」


 そう言って、顔見知りの衛兵達に花を渡す。


 そしてその日のうちに、私は吸血鬼討伐を祝うお祭りで賑わうリーアムの街を出た。

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