第57話 花

 言われた通りにペンダントを墓前に供えるだけ……というのも素っ気ないよな……と思ったので、一緒に花も供えようと花を売っている店を探す。


「いらっしゃい! 綺麗な嬢ちゃんだね! 部屋に飾る花でも入用かい?」


 探し回ってようやく見つけた露店の花屋で、恰幅の良いマダムに接客される。

 そういえば、どういう花が良いのだろう?

 そういうの全然分かんないや。


「今の時期に部屋に飾るのならモナかクァイナか。それか嬢ちゃんの髪の色に合わせて――」

「あ、いえ、墓前に供える花は何が良いでしょうか?」

「そうだね。親の墓前に供えるならパースタの花、友人になら……」

「供えたいのは同郷の友人夫婦にですね」

「それならその故郷の花が良いかもね。故郷は何処だい?」

「えっと……遠い所なので故郷の花を見かけなくてですね」

「それなら似たような花はないかい?」

「えっと……あ、これが菊に似てるかな?」

「キク? 聞かない花の名前だね。その花の花言葉は……」


 ◇


 あのおばちゃん!

 お喋り長いんじゃぁぁあ!


 花売りおばちゃんのガトリングトークを喰らっていたら、すっかり遅くなってしまった。

 日がもうかなり傾いている。

 今朝から衛兵にエリさんの遺体の行方を聞いて、共同墓地の場所を聞いて、実際に行って場所を確認して、トオルさんに会って、花屋を探し回っておばちゃんのお喋りに拘束されて……今が秋というのもあって、日が沈むのが早いから急がないと。

 今、この街は日が沈んでからの外出は禁止されているのだ。

 トオルさんとの最後の約束を破る訳にはいかない。


「あれ? ルーノちゃん?」

「あ、今朝はどうもありがとうございます」


 共同墓地のある丘へと続く道中で、今朝情報を教えて貰った衛兵達と出会う。

 近くに見張り塔があるので、そこから来たのだろう。


「この時間にこんな所で何してるんだい?」

「もうすぐ日が沈むよ。早く宿に戻りな」

「そうだよ。吸血鬼がそろそろ出てくる頃合いだと、今朝も言ったろ?」

「す、すみません。急ぎますので、この花を墓前に供えさせてください」

「……ああ、今朝、犠牲者の話を聞きに来たのはその為?」

「あ、はい。私も旅人ですからね。せめて誰か一人くらい、彼女に花を供える人が居ても良いんじゃないかなって……」

「天使や! 天使がおるで!」


 悪魔だってばよ。

 それと何故、関西弁?


「そっかぁ、優しいんだね。そういう事なら行ってきなよ。でも急ぎなよ」

「はいっ! それでは」


 共同墓地はすぐそこである。

 石碑の前の供え物用の台の上に花束を供え、その横にトオルさんから預かった夫婦の証のペンダントを置く。

 そして手を合わせ、南無阿弥陀仏と心の中で唱える。

 この世界で、このお経が意味を持つのかは分からない。

 けれどエリさんは元日本人だ。

 きっとこれで良いのだろう……と思う。


 エリさん、どうかこれから来るトオルさんを待ってあげてくださいね。

 トオルさんが今晩、衛兵達に見つからず、ここに辿り着けますように。

 そして二人でまた一緒に転生できますように。


「ルーノちゃん。真剣に祈ってる所、悪いんだけどもう時間が無い。早く宿に戻りな」

「あ、はい。ありがとうございました」


 祈る事しばらく……衛兵達に声を掛けられる。衛兵達もすぐ近くだったからか、私の様子を見に来てたようだ。


 約束は果たせた。

 もう私に出来る事は、同郷の彼等の冥福を祈る事だけだ。


「それでは失礼しま――」


 衛兵に挨拶して立ち去ろうとしたその時、遠くで何かが吹き飛ぶ爆音が聞こえた。

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