第56話 最後の頼み
翌日、再び地下下水道へ。
勿論、トオルさんに頼まれていた、エリさんの遺体の事は衛兵に聞いてある。
昨日と同じ場所に、トオルさんは頭を抱えて蹲っていた。
「――トオルさん!?」
声を掛けると、彼はビクッっとした後、私を虚ろな目で見上げた。
「……あ、……ああ……だ……大丈夫……俺は……まだ……正気だ」
……ヤバイ。
この様子で自分で自分を正気だと言われても、全く正気に見えない。
昨日、私が残していった食料にも、手を付けていない様だ。
「とりあえず何か食べましょう?」
「……エリは……何処に?」
「……えっと……火葬されて共同墓地に埋葬されたそうです。場所は街の南東側の日当たりの良い場所にあります」
彼には言わないが、吸血鬼に噛まれた遺体という事で、教会で清められた(どう清められるのかまでは分からないが)後、火で骨まで灰にされたらしい。
「そこに……エリが…………行か……なくちゃ……」
「ま、待ってください。日当たりの良い場所なんですよ! 今は日中です。この時間だと、吸血鬼ではたどり着けませんよ!」
共同墓地の場所は確認して来たが、日を遮るものは少なかった。木が疎らに生えてたくらいだ。
一刻も早くエリさんの墓前に行きたいのだろうけど、今の時間は無理だ。
「エリに……血を……分けて……貰わないと……」
……違った。
血を吸う事しか考えられなくなってる?
いや、エリさん以外から血を吸う気は無いから、ほんの少しは理性は残っているのか?
……残っているのか?
「食べてください!」
「……あ……エリ……」
無理やり干し肉を口に突っ込み食べさせる。
◇
「落ち着きましたか?」
「…………ああ」
う~ん、一応少しマシになったか? だけど昨日より反応が鈍い。
日に日に限界が近づいている……って言ってたもんな。
私は昨日と今日しか見てないが、明らかに昨日よりヤバイ。
それでも一応、理性は取り戻したようだ。
「……今晩、行くよ……人の心を……保っていられるのは……今日が……最後かもしれない」
「共同墓地にですか?」
「ああ……エリの墓前で、朝日に焼かれて……エリの元へ逝くよ」
止めはしない。
ただ……トオルさんがエリさんの墓前に辿り着けるかは疑問だ。
そろそろ吸血鬼が限界を迎えて出てくる頃合いと見て、衛兵騎士達が準備しているのだ。
「ここから共同墓地のある丘の上まではそれなりに距離もあります。夜は聖水で清めた武器を備えた衛兵や騎士が街中を巡回しているみたいですし、領主が雇ったヴァンパイアハンターが色々対策してるそうです。お気をつけて」
「……そうか」
蝙蝠に化ければ簡単そうだけど、なんか衛兵達には対策が有るみたいなんだよね。
衛兵達に、というか、領主が雇ったと言うヴァンパイアハンターにかな?
流石にどんな対策かまでを聞き出すのは不可能だった。
「……もう一つ、頼む……」
「なんでしょう?」
「俺は……エリの元に……辿り着けないかもしれない。……だから……これをエリの墓前に……供えて欲しい」
トオルさんから木彫りのペンダントを渡された。
「結婚指輪の……代わりだった……生まれ変わっても……夫婦でいようと……この街にきて……お揃いのを……買ったんだ……頼む」
「分かりました。今から供えに行きますね」
「……色々……ありがとう……」
「……エリさんの墓前に辿り着けるようお祈りします」
「……さらば……だ」
彼としばし見つめ合った後、最後の礼をして立ち去る。
下水道出口へ向かいながら思いふける。
トオルさんは……今晩か明日の朝……死ぬんだな。
……なんとも切ない結末だ。
TP60貰えたと聞いた時はズルいと思ったけど、こうなるとある意味納得だ。デメリットが凄まじ過ぎる。今となってはTP60貰ってもノーサンキューだ。
私の悪魔はバレなければ人として暮らせそうではあるが、吸血鬼は人を食べずにはいられない。
TP60も貰える意味を考える時間も無い、制限時間三十分という時間が罠だよな。
私も罠に嵌った様なものだけどさ。
何とかしてあげたいけど、何もしてやれない自分が情けない。
……いや、まだ彼からの頼まれ事がある。
今はちゃんと……彼の望み通りに頼まれ事をこなそう。
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