第55話 死を選ぶ者

 紫色の私の血は飲めないと言う、転生吸血鬼のトオルさん。


「では赤い血なら、動物の血でも良いのでしょうか?」

「いや、人間の血でないと駄目みたい。赤い血でも鼠の血では駄目だったよ」

「……」


 えぇ~、キツイなそれ……。


「……分かってるんだ。俺は詰んでいる。日に日に血を吸う為に人を襲いたくなって……暴れたくて仕方なくなってきているんだ」

「トオルさんは、これからどうされるおつもりですか?」

「エリを……殺しておきながら説得力が無いかもしれないけど、俺は人を襲いたくはない。殺したくない」

「……」

「エリを……殺すつもりは無かった。殺す気があった訳が無い。でも殺してしまった。少し血を吸うだけだったのに……。新月で体調が悪かったとはいえ、血を吸う時は凄く……快感でね。血を吸うのを止めれなかった。俺は吸血鬼、血を吸わずに生きられない。でも血を吸う限りまた誰かを殺してしまうだろう。その前に……衛兵達の前に出て素直に殺されるよ」

「そ、そんな」


 簡単に死ぬとか。

 いや、厳しい状況なのは分かるけどさ。

 普通は死んだらそれまでなんだよ?


「エリが死んだと分かった今、もうこの世に未練はない。またあの白い世界でエリが俺を待ってるかもしれないしね。いや、きっと待っててくれてる」

「……でも」

「俺がこのまま生き続けると言う事は、本当の意味で人を喰う鬼になる事を意味するだろ? 俺は心が鬼となってしまう前に……死にたい」


 ………………そっかぁ。


 覚悟を決めてるのなら、もう何も言えないのか?

 正直、私にこれ以上何も出来ないのも確か。

 でも本当に、エリさんはあの白い世界で待っているのだろうか?

 仮にまたあの白い世界に行けたとしても、転生の時間に三十分しかくれないあの神様が……いや、野暮な事は言うまい。


「ただ、最後に一つ頼みがあるんだけど良いかな?」

「なんでしょう?」

「エリ……妻の遺体がどうなったか知らないか?」

「あ~、そこまでは聞いてないですね」

「申し訳ないのだけど、調べて来てくれないかな? もし墓地とかに埋葬されているのなら……エリの墓前で死にたい」

「……分かりました。明日また来ますね」

「ありがとう。返せるものは……こんなものしかないけど受け取ってくれ。俺にはもう必要ない」


 そう言ってトオルさんから、彼の手持ちのお金全てを受け取る。


 トオルさんに別れを告げ、下水出口へ向かう。

 向かう途中で思いふける……。


 自らの意思で死ぬ……所謂、自殺か……。

 個人的には止めたい……だけどトオルさんが人として、詰んでいるのも確かだ。

 人を襲いたくないと言う彼に生きろと言うなら、彼の為に人を攫って血を吸わせる位の覚悟でなければ、軽々しく止めるべきでは無いだろう。そこまでする覚悟は私には無い。


 ……分かっちゃいるけど……なんだかなぁ……。

 簡単に死ねるものなのかな……?


 ……私は……前世……自殺を決行した事がある。

 

 だってさ……冴えなくて、惨めで、哀れで、人より劣る事を思い知らされて……ボロクソに言いなじられ続けて。

 そんな惨めな人生を終わらせようと、死に逃げようとしたんだ。

 だけど、悲しいかな……自殺するのにも要領の良い悪いがあるらしい。不器用な私は要領悪く……死に損ねてしまった。

 死に損ねたが、私としては本気で死ぬつもりであったし、一歩間違えれば……いや、一歩間違えなければ本当に死んでいた。

 もう死にたいと思うのと、本当に死ぬのとでは全然違う。

 死にかけて、そこで初めて死というものに直面した私は、死の恐怖を思い知った。


 死は怖い。

 

 やはり生物の本能として、死を恐れる様になっているのだろうか?

 死にかけて、本当の死というものを直視してしまった私は、それ以降自殺出来なくなってしまった。結局、厳しく辛い現実から逃げたかっただけで、死ぬ覚悟なんて出来ていなかったんだ。

 それ以来、私は『働かざるもの食うべからずって言葉知ってる?』だとか『生きてる価値無いな、お前は』とかボロクソに言われながらも、生き意地汚く生きてきた。


 転生を経験して、少しは死に対する恐怖は薄まったかのように思える。

 だけどやっぱり今でも怖い。

 今回の転生は、私と言う”自我”を持ったまま転生させてもらった。

 だけど今の自我は、前世の記憶……前世の自我は無い。

 次回の転生の時にも、私と言う自我を保ったまま、転生出来るとは限らない。

 やはり自我を失うのは怖い。

 自分と言う自我が、永遠なる虚無に消えてしまうのは怖い。

 

 トオルさんはそれを分かってるのだろうか?

 いや、それを見ない様に、考えない様にしてるのかな?

 だからまた白い空間でエリさんが待っていると、信じているんだ。そう思い込んでいるのだろう。


 やはり……止めるのは無粋か。

 トオルさんの現状は、人として生きるには詰んでる。

 妻が待っていると言う、死の恐怖から逃れる理屈を抱いたまま……死ぬ方が彼にとって幸せかもしれない。

 ……そう考えるなんて、中々に薄情かな?


 軽々しく自ら死を選んで欲しくはない。

 だけどその一方で死を直視せずに死ねるのなら、それはそれで良いのかもしれない、とも思う。死を避けられないのなら、死の恐怖から逃れておきたい気持ちは凄くよく分かる。

 矛盾してるけど、どちらも私の素直な気持ちだ。何が正しいのか……分かんないな……。


 外に出ると日はかなり傾いていた。思ったより時間が経っていたようだ。

 吸血鬼は招かれていない家屋には侵入出来ない。

 この特性がある為、現在のこの街では日が落ちてからの外出及び訪問は禁じられている。


「宿屋から閉め出されちゃうな」


 この日は宿へと戻った。

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