第54話 吸血衝動

「あ、ありがとう。食べたら少し落ち着いたよ」

「いえ、こんなものしか無くて」

「しかし、そうか……あの日は新月……吸血鬼が不調になる日だったのか……確かにあの日は理性が曖昧になる程、調子が悪かったよ」

「吸血鬼は流れる水の上を渡れない、という特性も知りませんでしたか?」

「マジで!? それでか! 川の上を渡ろうとしても、そこの下水道を飛び越えようとしても、何故か体が渡ろうとしなかったんだ。猛烈な嫌悪感と言うか……知らなかった。ニンニク、十字架、太陽といい……弱点だらけじゃないか」


 リーアムの街に現れた吸血鬼は、私と同じ、白い場所で転生した人だった。

 名前はトオルさん。

 たっぷり一時間は泣き叫んだ後、今は私が持っていた保存食と水を飲み食いした所である。

 やはり吸血鬼が流れる水の上を渡れない事を知らなかったようだ。それ故に、吸血鬼が下水の流れる下水道に潜むはずが無い、と考えている衛兵やギルドの思考の裏をかいた形で、ここまで見つからずに潜み続けられたのかもしれない。


「妻のエリと一緒にこのリーアムに転生してね。エリに血を分けて貰いながら、この世界でもまた夫婦として暮らしていくつもりだったんだ」

「えっと……なんで吸血鬼に?」

「あ……う、うん……言いにくいんだけどさ。魔物のいる世界だし多少の戦闘力は必要だと思ってたんだ。吸血鬼って強いイメージがあったし……それで吸血鬼って選択肢があったからさ……ポチっと選んでみたんだよ。そしたら【反社会的種族デメリットによる特別ボーナス<TP>60を付与します】って出てさ」

「60!?」

  

 なにそれ! 私の悪魔は30だったぞ!

 ズルい!


「TP60も貰えるのなら、これしかないっ……て思ちゃってさ。これなら欲しかった『無限ストレージ』も無理なく取得出来ると思ったんだ。『無限ストレージ』をビルドに組み込むと、他のスキル取る余裕がほとんど無くなるからね。それで……時間も無かったし、良く考えずに吸血鬼にしちゃったんだ……」

「な、なるほど。それは分かります」


 なんて馬鹿な事を……とは私には言えない。

 私も悪魔のデメリットボーナスのTP30は大きかったもんな。そしてそのまま時間が迫ってて、よく考えないままに悪魔に転生した事も。

 私も悪魔より先に吸血鬼を選択していたら、TP60に目が眩んで、そのまま吸血鬼にしていたかもしれない。


「というか、君は吸血鬼じゃないのかい?」

「いえ、私は悪魔です」

「え? 悪魔って、そんなのあった?」

「ありました。悪魔はTP30も必要でしたけど」

「そうなんだ。TP30も無かったな。TP60貰った後は種族見なかったし。そういえば俺と妻では種族変更に必要なTP違ってたからTP30とは限らないけどね」

「え? 人によって種族変更に必要なTPが違うんですか?」

「うん、例えばエルフに種族変更するのに俺はTP10で済むけど、エリはTP15だったんだよね。他にも欲しい技能が有ったし、エリはエルフにしたかったと悔しがってたよ」


 マジかよ……私のエルフに種族変更の必要なTPは20だったぞ。なんか悔しい。

 私はエルフに向いてなかったという事か?

 逆に悪魔には向いてたって事?

 まあ『腐適性』が発現するくらいだしな。


「吸血衝動は落ち着いたみたいですね」

「う~ん、一時的に落ち着いたのは確かなんだけど……なんていうのかな? 飲み食いする事で誤魔化せただけなのかな?」

「えっと……収まっていないのですか?」

「上手く言えないんだけど……本当の意味では吸血衝動は収まっていないんだ。やはり血を吸わないと……根本的にはこの飢えと渇きはどうにもならないのかもしれない」


 そう言ってトオルさんは酷く落ち込む。

 ……まあ、伊達に『吸血鬼』とは言わないよな。血を吸わずにはいられない種族なんだ。


「血って噛み付いて吸わないと駄目なんですかね?」

「うーん、流れたばかりの血だと美味しそうに思えたから、出血したばかりの新鮮な血だと大丈夫だと思う」


 ふむ、仕方ないね。

 私は自分の親指に歯を立てて血を流す。

 そして親指から流した血を小皿に受ける。


「この血はどうでしょうか?」


 トオルさんは私の血を見る。


「む、紫? ……ご、ごめん。なんとなく分かるんだけど……紫の血は駄目みたい……そういえば、さっきから君に対して全然吸血衝動が起きないな、とは思ってたんだけど……」


 ま、まあ、見るからに毒々しいからね。紫の血って。

 吸血鬼にとって悪魔は食事の対象外の様だ。そこは少し安心である。

 でも私の血を見て、引きつった表情を浮かべられるとちょっと悲しい。

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