第53話 遭遇

「よし、誰も居ないな」


 この街に来て三日目。

 私は今、地下下水道に来ている。結局、下水道清掃の仕事を受けてきたのだ。

 この仕事は臭い暗い汚い、更に地下という日の届かない場所の為、吸血鬼が潜んでそうという事で更に人気が無い。

 とはいっても、流れる水の上を渡れない吸血鬼が下水道が入り混じってる場所に潜んでいるとは、ギルドや衛兵達は考えていないみたいだ。


 地下下水道に入ってしばらくは生活魔法『マナライト』を使って辺りを照らしていたが、人気が無いのを確認して消す。悪魔である私には暗視能力が有るからね。

 文明レベル中世なのに下水道が整備されてる所が、流石ナーロッパである。

 実際は魔法やら魔物なんてのが居るから、前世の概念が通用しないところも多いのだけどね。

 実際に下水道と言っても、前世の下水道とは違う。

 この下水にはテイムされたスライムが飼われており、スライム達が汚物を分解しているそうだ。ナーロッパお馴染みの設定だね。

 前世の中世ヨーロッパでは、街中に糞が転がってたらしいけど、この世界ではそういう事は無い。

 といっても、下水の場所によっては汚物が詰まってしまう所がある。

 スライムが汚物を追って街中に出てこないように、下水管の出口に魔物が近寄れない格子状の魔道具が嵌め込んである。

 スライムが近寄らないこの格子の所で汚物が詰まる事が有るので、定期的な清掃が必要なのだ。


「うえ~、ばっちい。……さて、誰も居ないな」


 その汚れが詰まった箇所に到着し、周りに誰も居ない事を確認する。

 もっとも今は光源を消してるので、私同様に暗視が有る者以外には見えないはずだ。

 手から腐属性のオーラを出して、汚物にオーラを当てる。

 汚物に腐のオーラが広がっていき、グズグズになって黒い塵となって消滅する。

 格子は無事である。


「うん、楽勝」


 うまくいった。

 腐攻撃の効果が及ぶ範囲は、私の認識による所が有る。

 汚物と格子は当然別物と私が認識してるので、格子に影響なく汚物だけ消滅させれるのだ。

 魔力を込めれば腐属性のオーラは一メートル位の長さに伸ばせるので、汚物に直接触れる必要もない。

 格子にオーラを当てない様に気を付ければ、汚物だけを消滅させられる。


 更に最近気が付いたのだが、私は悪臭にも耐えれるのだ。

 どういうことかというと、感知、感覚に影響するPERのステータスが高いお陰である。

 どうもPERが高いと聴覚や嗅覚等の感覚が鋭くなると同時に、感覚が鋭すぎる事による弊害に対する耐性も上がるみたいなのだ。

 例えば狼獣人や犬獣人はPERが低くても種族特性的に嗅覚が鋭い。ただし彼等がこんな悪臭漂う地下下水道に来たら、鋭い嗅覚が仇となって鼻が曲がってしまうだろう。

 でもPERが高い事による鋭い嗅覚を持ってる私の場合、嗅覚が鋭い事による弊害に対する耐性も同時に有るのだ。今回の場合、高いPERによる悪臭耐性のお陰で、悪臭で鼻が曲がってしまう事は無い。

 この感覚を説明するのは難しいけど、ともかくとても便利である。

 PERって高ければ結構チートなステータスだな。


 そんな訳で下水道清掃の仕事は私にとって楽勝な仕事だった。


「よし、サクサクいこう」


 誰も居ない事を確認しつつ、次々と下水管の格子にこびり付いた汚物を除去していく。

 順調順調。

 これ「凄い! 仕事が早い!」って言われちゃったりして……ドゥフフフフ。


「よし、次はこれだな」


 万が一にも他人に腐攻撃は見られるわけにはいかない。

 居ないとは思いつつも毎回、周りに人が居ないか見渡す。


 ……うん?


 ……あれ?


 ……誰か居る。


 漆黒の闇の中、私の左手通路の奥に人影が見えた。

 ローブ姿のその人は明かりも付けないまま、壁に背を預けて座ったままこちらを見ている。

 フードを深く被っているが、体格的には男だろうか。


 なんでこんな所に?

 というか……私を見ている様な……。

 ……え?

 私が見えてる?

 私も相手も明かりを付けてないのに?


 しばし見つめ合う私と男。

 心臓がドクドクと高鳴って来る。


 もしかしてもしかしてもしかして……。

 

 ……今話題の吸血鬼?


 向こうもこの暗闇の中で、私に見られてる事に気が付いたようだ。

 私に視線を合わせたまま、よろよろと立ち上がり、声を掛けてきた。


「アンタ……俺が見えているんだろう? この暗闇で俺を見てるって事は……アンタも吸血鬼なんだろう?」


 ――うっわぁ。

 ……アンタも吸血鬼かって言ったよね?

 マジで吸血鬼だ。


「なあ……た、助けてくれ。血が……血が欲しくて……でも人を……襲いたくないんだ……何か、方法は無いか?」


 う、う~ん?

 これってやっぱり……。

 いや、でも私を油断させておいてガブリと来るのかも。

 ど、どうすればいいんだ?


「な、何で黙ってるんだ……この闇の中で見えてるんだ……吸血鬼なんだろ?」


 この場は逃げて衛兵に通報するのが良いのだろうけど……でもその前に一つだけ確認しておきたい。


「あなたは転生者ですか? 地球とか日本って知ってます?」


 その私の言葉に、男は大きく目を見開いた。


「――なっ! そうだ! 俺は元日本人だ! 東京に住んでた! 妻と一緒に死んで……白い場所で……この世界に転生したんだ……そう! 半月ほど前だ! あ、アンタもか!?」


 あー、マジか……。

 珍しく当たらない私の推察が当たったな。まあ、割と推察出来る情報が多かったもんな。


 同じ元日本人の転生者となれば、即通報しちゃうのも憚られる。

 とはいえ、転生者と分かっても油断は出来ない。

 この人の人となりを知ってる訳じゃないし、なにより一人の女性を殺してるんだ。

 その女性を騙してたのか、脅してたのか、魅了したのか。

 いや、その女性は妻らしいし、同意の上で妻の血を分けて貰ってた。だけど吸血衝動を抑えられなかったとか?

 だとしてもそれならそれで危険だ。吸血衝動に耐え切れず私に襲い掛かってくる可能性がある。

 なんか……ふらふらしてて、吸血衝動が限界ぽい雰囲気だし。


「近寄らないでください。あなたは女性を一人、血を吸って殺しましたね? その理由はなんですか?」


 油断なく棍棒を構えながら問いかける。

 すると男は更に驚愕の表情を浮かべる。


「し、死んだ!? 死んだのか!? エリが……死んだ……。 俺が……エリを……殺し……殺し……た……のか? ……あ……ああぁ…………ああああああああああ!」


 絶叫する吸血鬼。

 突如、泣き叫び始めた彼に対して、どうしていいか分からず立ち尽くす。


「ああああああ! エリ! エリ! すまない! エリィィィィ!」


 男の慟哭が地下下水道に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る