第29話 腐適性
――ザザザザザザザザザ。
おっと、先程の爆発で蟻をおびき寄せてしまったようだ。
予備の棍棒を取り出し、迎え撃つ。
最初に軽く流した程度でやってみるか? ……いや、戦いながらなんて高度な真似、早いよな。
……なんて言ってたら、いつまでたっても出来ないままだ。
すぐに撤退できる場所だし、相手はGランクの蟻だ。
武器に魔力を流しながら戦ってみよう。
棍棒に微量な魔力を流しながら待つことしばらく。
地面から、壁を這いながら、天井を這いながら、ウゾウゾと黒く蠢く蟻の大群が姿を現した。
「うへぇ……」
き、気色悪い。
あ、あれ?
私は昨日、あの気色悪い蟻達の中に『ヒャッハー!』しながら突っ込んで行ってたよね?
……す、すげぇな。昨日の私。あの悍ましい群体の中に身体から突っ込んでくなんて。昨日は我ながら妙なテンションになってたからなぁ……。
「……とっ――うわっ」
動揺してる間に蟻達が目の前に迫る。
「ひっ――はっ! ほっ!」
近い蟻から棍棒で弾いていく。
ちょっとビビってしまったが、今更蟻程度に苦戦はしない。
……と、思ったけど数が多すぎる。棍棒で全部弾くのはキツイ。
素手で突っ込む方が早いのだが……いや、巨大な昆虫ってマジでキモイんだよね。
ホント昨日の私、よく嬉々として突っ込めたな。
無双系ゲームみたいに一度に複数の敵を吹き飛ばす……とはいかないからなぁ。それをやると棍棒が持たない。
……いや、昨日突っ込んでる時に、掴んだ蟻を他の蟻に叩きつけたり投げつけたりしてた。
弾いた蟻を他の蟻に当てたら良いんじゃね?
と、思い立ったものの、掴んで投げるのと違って、他の蟻に当たるように棍棒で弾くのは難しい。
まあ、うじゃうじゃ居るから、偶然で当たる時はあるのだけど。
「ふぅ」
なんだかんだで全部倒しきれた。昨日よりレベル上がってるしね。
そして途中から武器に魔力を流す事を完全に忘れてた。
ま、まあ、これから使い慣れていこう。まだ検証も必要だしね。
……というか魔力を流す検証は、森で木の棒とか拾って、それでやれば良かったんじゃね? 新品の棍棒で試すことは無かった……。
ま、まあ、焦る事は無い。現状出来なくても負けることは無いしね。
棍棒が魔力で凄く丈夫になれば、それこそ無双系ゲームみたく、敵をまとめて薙ぎ払える様になるかもしれない。
今世の私の馬鹿力なら、武器さえ耐えれれば可能だろう。
「甲殻は勿論、魔石は……Gランクのはいいかな」
倒した蟻がダンジョンに吸収され、辺り一面に転がる魔石や甲殻を見て呟く。
Gランク魔石は小さくて拾いにくいし、拾っても青銅貨一枚、日本円だとおよそ百円、パン一個分である。
……パン一個分か……やはり捨て置くには勿体ない気がしてきた。私は割と貧乏性である。
うーん、でも此処で時間掛けるより、サッサと地下四階に行くべきだろう。着せ替え人形してて時間掛ったしね。
その後、魔力を武器に流しながら、地下四階まで下りてモノクロスパイダーを倒していく。
「ふむ、なんとなく分かった……かな?」
やはり戦闘しながら魔力を流すのは難しい。
一度、魔力を流してるタイミングで力んでしまい、棍棒が輝き始めて『ヤバイ!』と思う事があった。
すぐ力を抜いたので、棍棒は破裂はしなかったものの亀裂が入ってしまい、その後すぐ粉々になってしまった。
魔力を流しながら戦えるようになるのが目標だけど、いきなり実戦で試すのは適当過ぎたなぁ……反省。
しばらく寝る前とか、手の空いてる時間に魔力操作の練習だな。
魔力操作の練習って言うと、異世界転生の定番ぽくって少しワクワクするね。
「それにしても……蜘蛛枯れちゃったか?」
モノクロスパイダーを三十匹程倒した所で、この階層はほぼ殲滅したっぽい。
それだけ倒したのに今日はレベルが上がっていない。
そろそろ夕方になるだろうし、今日は戻って明日はレベル上げの為にも地下五階に行ってみるかな?
一日レベル上がらなかっただけですぐ次……というのはちょっと早まってる気がしなくもないが、もう一ランク敵の強さが上がったとしても、私なら死ぬことは無いだろう。
この世界なら頑張れる、レベル上げ頑張ろうって決めたしね。
この身体能力だけながらチートな体のお陰で、随分と温い努力になってるけどね。
前世の時とは別の意味で、私のやってる事は本当に努力してるのか、頑張っていると言えるのか、分からなくなりそうだ。
……いや、やはり前世の時とは違うな。
レベルを上げれば間違いなく強くなれる。
より出来る様になる。
空回りは無し。
そこが決定的に違う。
前世の私は頑張ろうとしても、頓珍漢な事ばかりしてた。頑張ろうとして空回って間違った事をして、皆に迷惑をかけた事なんてよく有った。
でもレベル上げによる強化と、それによって倒せる魔物が増える事実は、間違えようが無いのだ。
それに厄介な腐敗針も毒の牙も効かない私なら、こうして貴重な糸玉を集めたりしてギルドに貢献できる。勿論、私は社会に貢献して喜びを感じるような、殊勝で高潔な人間ではない。真面目っぽいだけの偽善者だ。
それでも『寄生』だの『給料泥棒』だのと言われるのは辛かった。何の成果も上げられない、貢献も出来ないという状況は心苦しかった。そういうのを気にしないでいられる程、太々しくもなれなかったしね。
本当にこの世界は私にとってありがたい世界だ。
明日はやはり、地下五階に挑戦してみよう。もっとレベルを上げるんだ。
問題は地下五階の魔物がアレな事だが……。
魔物狩りで生計を立てる以上は避けちゃいけないな。
糸玉は帰りに集めれば良いかな。
うん、前世より”生きてる”って感じだねっ。
今世なら、真面目に頑張ればまともに生きられるんだ。
前世から久しく感じていなかった充実感を胸に村へ帰った。
――――と、綺麗に一日が終わるはずだった……が。
「な、な、なに? この禍々しいのは……」
宿屋に戻って食事を済ませた後、部屋のベッドに座って魔力操作をやってみた。
まずは定番の”魔力を身体に巡らせる”はすぐに出来た。高いMNDのお陰だろう。
そしてその途中に、ふと『そういえば武器でなく手に魔力を集めたらどうなるんだろう?』と思い、試しにやってみたんだ。
すると手に集まった魔力――私には”白い光”に見えてた魔力が、深緑と黒の混じったような禍々しいオーラのようなモノとなって、魔力を集めてる手の周りをユラユラと纏わり付いているのだ。
「なんかやばい。これはやばい気がする」
魔力を流すのを止めると、禍々しいオーラは消えた。
「……い、今のは……もしかして『腐適性』による腐属性の魔力?」
私は悪魔に転生する際、腐適性を得た。
私の知る限り適性には剣適性の様な武術系、鍛冶適性の様な生活生産系、火適性の様な属性系がある。これらに当てはまらない物もあるのかもしれないが。
そして属性系の適性は、自身の魔力をその属性に変換出来る才能の様なものだ。
つまり先程の禍々しいオーラは、腐適性によって腐属性に変換してしまった魔力だと思われる。というか、そうとしか考えられない。
これはまずい。
異世界常識に『腐属性』なんて存在しないのだ。
……いや、コープスビーの腐敗針が腐属性になるのか?
だとしても、それは魔物だからだろう。一般的に腐属性を扱う人族は居ない。
それはそうだ……腐適性は悪魔という種族にした時に発現した。
おそらく悪魔固有のレア適性だ。
「この禍々しいのは……他人に見られるわけにはいかないな……」
はぁ……。
やっぱり私は悪魔なんだな。
少なくとも魔力的には魔物に近いと言えるのかもしれない。
血が赤くないもんなぁ。紫だし。
…………はぁ…………。
今日という一日は、綺麗に終われそうで、綺麗に終われなかった。
前世とは違う意味で、私は真面目に生きようとしても、生きられないのかもしれない……。
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