第25話 不覚
「帰ってこれたー!」
ようやくダンジョンから脱出出来た。
空を見ると太陽はかなり傾いている。もうすぐ夕方と言ったところか。
落とし罠に落ちてから随分長くダンジョンに居た気がしたが、思ったより時間は経って無かったなぁ。
あれからもう一度、蜂の集団に襲われたがなんとか倒した。
そしてすぐに、上に昇る階段を発見。地下三階の探索がすぐ終わったのは運が良かった。
地下二階、地下一階の蟻は、ほぼ狩り尽くしていた為、戦闘になる事がほとんど無かった為、そこからは帰還は早かったのだ。
「まだ、ギルドは開いてるな。換金に行くか」
魔石が沢山あるし、何より高値が付くとされるモノクロスパイダーの糸玉が十個も有るのだ。それなりの金額になるだろう。
武器は勿論の事だが、服を買いたい。
蟻に噛まれ、蟷螂に切断され、蜘蛛に噛まれ、蜂に刺され、腐食液であちこちに穴が開いてる。
厚手の丈夫そうな服とローブだったが、もうボロボロである。
村へと急いだ。
◇
ギルドに入ると受付には最初に私のギルド登録をしてくれた女性が居た。名前はアンナさん。
アンナさんは私のズタボロな服装を見て声をあげる。
「ルーノちゃん! ボロボロじゃない!? 大丈夫なの?」
「だ、大丈夫ですよ。えっと、身体は。あの、直接は当たってないですから……あんまり?」
苦しい言い訳である。
実際、直撃を喰らいまくってるし、腐食液で空いた脇腹辺りに開いた穴なんかは『身体に当たってない』とか無理がある。
先にローブでも買っておきたかったが、文明レベル中世なこの世界だと服は高いのだ。お金が無いんだ。
「と、とにかく換金お願いします!」
話を逸らす為にも、魔石や糸玉をカウンターに載せる。
「え? ええ……あっ! これってモノクロスパイダーの糸玉じゃない!? ダンジョンに行って来たの?」
「は、はい」
「特に黒の糸玉が不足してたのよね。白に比べて中々出ないらしいのよね。半分は黒なんて運がよかったわね!」
そ、そうなんだ。
……いや、それってもしかして暗いダンジョン内で黒の糸玉は光に反射しないから、ドロップしても気が付かない人が多いんじゃね?
たまたま本当に運が良かっただけかもしれないが。
「魔石も計算してくるわね。少し待っててね」
アンナさんは糸玉や魔石の入った袋を持って奥の部屋へと入り、しばらくしてお金を持って戻って来た。
「お待たせ。合計で金貨十二枚と銀貨一枚、銅貨八枚、青銅貨八枚ね」
「はいっ!? 金貨十枚!?」
「ちょっと……あまり大声出さない方が良いわよ」
「……あ」
おっしゃる通り『私は大金持ってます』なんて周りに知られたくない。
いやいやいや、でも金貨十枚って日本円でおよそ百万円じゃん!
「糸玉だけで金貨十枚はあるし、Dランクの魔石は一つ銅貨五枚で三十個以上有ったからね」
お金の入った袋を受け取る。
流石に二十枚以上の貨幣が入ってるだけあって、ズッシリとした重みを感じる。
その重みに、何とも言えない達成感を感じる。
……良かった。
これで当面、路頭に迷う事は無いだろう。
異世界転生定番の薬草採取も、ゴブリン退治も出来なくて……生活保護等の社会保障なんて無いこの世界で、稼げなかったこの数日の不安は途轍もなく大きかった。
その不安から解放された安心感は大きい。
それに……前世では真面目に生きようとしても、真面目っぽいだけの偽善者にしかなれなかった私が……この世界でこの身体なら、真っ当に真面目に生きていけそうだ。
「それにしても凄いわね。地下四階まで行って、こんなに糸玉集めて来るなんて。優秀ね」
凄い、優秀……か。
最後にそんな言葉を掛けられたのは何時だったかな? ……うーん、記憶にないな。
歳を取り、仕事が出来なくて……両親を亡くしてからは、もう人に褒められる事なんて二度と無いだろうと思ってたよ。
「そろそろ糸玉収集の依頼を出さないといけない頃合いだったのよ。それでも中々受けてくれる人居なくてね~。ルーノちゃん、ありがとう。助かるわ~」
アンナさんは本当に安堵したように微笑んだ。
こういう『ありがとう』や『助かる』って言葉を言われるのも、もう久しく記憶に無かったな。
お店でお金を払った時に、店員に言われる『ありがとうございました』とは違うよね。
本当に人の助けになったと、貢献出来た感じるのも記憶にないな……。
「戦闘力に関しては問題ないみたいだから、後は依頼数を…………え? ルーノちゃん? どうしたの!?」
社会保障の無い世界で、稼げないままお金が尽きた時の猛烈な不安から解放されたからか。
二度と言われる事は無いだろうと思ってた、誉め言葉や感謝の言葉に対してなのか。
頑張り方すら分からなった前世に比べて、この世界なら空回りせず頑張れそうだからか。
十五歳に見える、この若い(?)身体に精神的に引っ張られたのか。
あるいは、それら全部なのか。
私は不覚にも、ホロホロと涙を流してしまっていた。
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