第21話 正直か馬鹿正直か
辺りを見回す。
相変わらずの洞窟だが地下一階と二階と比べて随分と広い。ちょっとした広間の様な空間だ。
まあ、あんな大きな蟷螂が居るくらいだしな。
上を見上げる。
天井もかなり高くなっているが、自分が落ちてきたと思われる落とし穴は見当たらない。
……というかここから天井まででも相当に高い。三階建てか四階建ての建物位の高さがあるんじゃないか?
落とし罠からここまでだと、もっと高い位置から落下した事になるはずだ。
「身体に問題は無いよね?」
腕を回したり、その場で跳ねてみる。
体に異常無し。私の身体は想像以上に頑丈なようだ。
その頑丈な私の腕を切断するあの蟷螂って、相当ランクの高い魔物だったのだろう。
「魔石がでかいしね」
手にしているのはサッカーボール位の大きさの魔石。蟷螂が消えた跡に残っていた魔石である。
何ランクの魔石なのかは分からないが、Gランクの魔石が直径一センチ程の大きさで、Fランクがおよそその倍である。EやDランクの魔石はまだ見た事は無いが……。
「この大きさの魔石がEやDランクとは思えないんだよなぁ。それに蟷螂タイプの魔物の情報なんて無かったよね?」
このダンジョンは小さいダンジョン。出て来る魔物の情報はギルドで調べている。その中に蟷螂型の魔物の情報は無かったのだ。
「……もしかしたら……落とし罠に落ちて生き延びた人が、今まで居なかったのか?」
今まであの蟷螂の情報を持ち帰る人が居なかったから、ギルドに情報が無かった……そう考えるとギルドに情報提供すべきだが……。
うーん、どうしよう?
この世界の戦う人達の平均的な強さとか、まだサッパリ分からない。
だが流石にこの魔石をギルドで換金するのは……まずい気がしてならない。
情報に無い高ランクの魔物を倒して「凄い!」なんて言われたりするのに憧れは無くも無いが……それはもっとこの世界に慣れ、もっと強くなってからでないと危険だと思う。私は要領が悪いなりに、それでも前世で数十年間、社会の荒波に揉まれてきた。正直と馬鹿正直は別物だ、という事くらいは知っているつもりだ。
本当はギルドに新情報として知らせるべきだとは思うんだけどね。情報代とかも貰えるかもしれないし。だけど……身勝手な判断をしてすまない、ギルド。目立ちたくはないんだよ。
「お金は欲しいんだけどね……仕方ない」
ということで、魔石はここに放置しておくことにする。
……物凄く……とてもとても勿体無いとは思うのだが、この大きさの魔石を隠し持っておくのは困難なのだ。
森の中に隠すのもマズイ。
魔石は自然界に長く放置しておくと、近くの何かしらの霊が魔石を取り込んでゴースト系の魔物が発生したり、近くの木と魔石が融合してトレント系の魔物が発生したりするそうだ。
ダンジョン外で魔物を倒した場合、魔石は回収しておくことが推奨されている。
倒した魔物に魔石が残っているとアンデット化してしまう事があるからだ。
魔石を自然界に放置しておくと、何かしら魔物を発生させてしまう可能性があるとギルドで教えて貰った。
ダンジョンに放置しておけば、魔石もそのうちダンジョンに吸収されるだろう。
名残惜しくも魔石を置いて移動する。
小学校の体育館よりも広い空間の奥へと進む。
そこに大人が一人通れる位の通路がある。見渡す限り進む道はここしかない。
「まさか落ちたら二度と出られない……なんて事は無いよね?」
ちょっと……いや、かなり不安になりながら進む。
そして進んだ先は行き止まり。
「うえ!? マジで!? ……ってあれは?」
行き止まりの壁面に窪みが有り、中におそらくスイッチと思われる形の石の突起があった。
うーん、これ、押して大丈夫なのか?
更なる罠だったらどうしよう?
……といっても正直、押すしか選択肢無いよなぁ。他に道は無いんだし。
「南無南無……うりゃ!」
――ガコン! ……ゴゴゴゴゴゴ。
スイッチを押すと地響きと共に鳴る音に、思わず後ずさる。
行き止まりの壁面が、少し奥に移動した後、横にスライドしていく。
壁面があった場所に道が開けていた。
良かった……先に進む道だ。
新たに出来た道を進むと広い通路に出た。
「……これは通常のダンジョンの道に戻ったのかな? ――あっ!」
……ゴゴゴゴゴゴ。
先程通って来た道が塞がれた。
……怖っ!
もう少し遅かったら閉じ込められてたのか?
……いや、多分私が通常の通路に出るまでは、そんな事は無いのだろうと思われるけど。きっと。
さて、上に戻る階段を探さないとね。
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