第20話 狂気

「うわああああっ――あぐっ!」


 落下する事、数秒程。

 唐突に空間に放り出され、床に叩きつけられる。


「……うーん」 


 体を起こす。

 ……マジかよ。罠だったとは。

 いや、我ながら何故罠とか疑わなかったのか……調子乗り過ぎてたなぁ。

 えーと……こういう時はどうすれば……えーと、えーと……まずは怪我とかは――。


 ――カチカチ。


「おん?」


 ふと、背後に何かの気配を感じて振り向く。

 振り向いた先に、私の身長の倍以上の高さの巨大な蟷螂。

 その蟷螂がこちら目掛けて鎌を振りかぶっていた。


「――っ!」


 咄嗟に両手で頭を覆う。

 次の瞬間、激痛と衝撃と共に吹っ飛ばされた。


「うあああああああ! あああああっああっ!」


 壁に叩き付けられる衝撃。激しい痛み。

 右手が灼ける様に痛い。


「は、はは、はひ? ひっ!」


 訳が分からないままに立ち上がろうとして、右手が空振り顔を地面に打ち付ける。

 何!? 何!? ちょ! ちょちょちょっと! やばい! やばい!

 右腕の関節が凄く痛い。指の感覚が無い。

 左手で上体を上げ、左腕で激痛のする右腕を押さえ……。


「……は?」


 右手が……肘から先が……


 無い。


 はい?


 え?


 手は?


 ――ゴリゴリ。


 音のする方を向く。

 蟷螂が何かをゴリゴリと音を立てて咀嚼している。

 

 ……何を食べてる?


 いや、何、食べてんだ?


 それ……私の手? だよね?


 なに……して……くれてんの?


 巨大蟷螂は無機質な雰囲気のまま、ひたすら私の右腕をゴリゴリと食べている。

 それを見て、頭が真っ白になる。


「なあああああああああああっ! なにしてくれてんじゃああああああ!」


 蟷螂のお腹に突っ込む。

 噛み付く。

 肘迄になった右腕と噛み付いた頭と両足で組み付き、左腕で殴る。


 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。


「GISYAAAAAAA!」


 うるせええええええ! このこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのこの! 何してくれてんだよ! くそが! 人の手を喰いやがってゴラァ! 返せよ! ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう! これからだったのに! これからだったんだぞ! やっとやっとやっとやっと人並みに出来る様になったと思ったのに! なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのにぃ!   


「GISYAAAAAAA!」


 蟷螂が暴れ、組み付いたままの私身体があちこち壁にぶつけられる。

 だがどうでもいい。

 殴る。締め付ける。捻り上げる。噛み付いた顎で喰い千切り、抉り取った口の中の苦い物を吐き捨て、また喰らい付く。 


 どうしてくれるんだよ手を無くしたらもう冒険者としてお終いじゃねえかざけんなこの出来ると自覚できたことがどれだけ嬉しかったかそれをそれをああああああ結局こうかよまた頑張ったつもりで空回り努力が報われたと思ったら空回ってた結局結局お前は一回死なないと駄目だって言われたけど死んでも駄目だって言いたいのかよいつもいつもまともな結果がだせない運命だって言いたいのかよまた無能だよ手が無きゃ冒険者として無能スキル無いから他の事も出来やしねえ生まれ変わってもまただよずっとずっとずっとくそくそくそくそこれからどう頑張ればいんだよ教えろよ手を喰ったお前が教えろよちくしょうああああ分かってるよ人に教えて貰おうなんて考えてる時点で頑張っても努力もしていないのと同じなんだろでも私はそれでも【レベルが上がりました】分からないんだよあがいて【レベルが上がりました】行動すればするほど【レベルが上がりました】鈍い要領悪すぎ頓珍漢な事ばかり【レベルが上がりました】してる何も考えてない余計な事すんなそんなのばかりだ【レベルが上がりました】せめて無害であろうと思っても仕事出来なきゃ給料泥棒という害悪なんだよ【レベルが上がりました】私はそうならないようにただ真面目にまともに生きたいのに【レベルが上がりました】せめて人に迷惑かけないように生きたいどうすりゃいいんだよ【レベルが上がりました】そうあろうと頑張って努力したつもりで結果は真面目っぽいだけの偽善者だのもっともらしいけどまともじゃないだの何でそうなるんだよちくしょう人の評価を気にし過ぎじゃないかと私自身自覚してるんだよその通りだよそもそも無能で自立出来ないから人に頼らざるを得なくて中年になってもそんなで生きてて見苦しいだけでそんな私がやっとやっとやっとやっと――。


「――っあだっ」


 突如の浮遊感から床に落下する。

 な、なんだ?


「ふー! ふー! ……あっ!」


 消えながら地面に沈み込む巨大な鎌が目に入った。


 は?

 ……え?


 ……今のって私の腕を食べた蟷螂の鎌だよね?

 ダンジョンに吸収された?


 ……蟷螂……死んだのか? 


 …………。


 …………ふ――。


「……――ざけんなぁぁぁぁああああああああ!」


 デカイ図体して何アッサリ死んでるんだよ!

 まだ全然殴り足りないのに!

 まだ、十倍殴っても飽き足らないのに!

 ふざけやがって人の手を奪っておいてぇえええ――……………………。


  ◇


「ふぅ」


 魔法でコップに水を出し飲む。


 うん、やっと落ち着いた。


 いやぁ、ちょっぴり弾けちゃったね。我ながら意外だったわ。蟻をなぎ倒してた時のアドレナリンがまだドパドパ出てたからかな。

 うーん、そういう問題なのかな?

 もう自分でも良く分からん。


「……それにしても」


 自分の右腕を見る。


 喰われたはずの肘から先が……指までしっかりと有る。


 そう、再生したのだ。

 スッパリ斬られたローブの袖の斬り口が、実際に腕が切断された事が、夢でも幻でも無い事を証明していた。


「私の再生能力は部位欠損まで再生するのか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る