第18話 狂喜

 ◆前世の記憶・①◆


「おう、ここの掃除してくれたのか。お前はいつも無遅刻無欠勤でこういう雑用も良くやってくれて頑張ってるな」

「……あ、はい」

「……なんて話になるとでも思ってるのか!? なんだこの数字は! お前の仕事は何だ!? お前を清掃員として雇ってるんじゃないんだぞ!」

「……申し訳ありません」

「いいか! 真っ当な数字を出せ。真っ当な成果が欲しいんだ。それが仕事だ。それが出来なきゃお前なんて真面目っぽいだけの偽善者だ!」


 全くもってその通りだ。

 でも仕事が出来なくて、数字が出せなくて、それでもせめて、出来ないなりにも自分に出来る範囲の事を頑張ったつもりだったんだ。自分なりに努力してるつもりなんだ。

 でも何時まで経っても努力が報われない。


 いや……本当に私は努力しているのだろうか?


 やってる事が誰でも出来る雑用ばかりでは、やるべき事がズレている。

 只の誤魔化しになってる。

 なんというか……必要条件をサボってるクセに、十分条件ばかり頑張って、努力してる体裁を取ってる感じだろうか。

 本当に……私は真面目っぽいだけの偽善者だ。

 ……それは……なんとなく分かってはいたんだけど……それでも出来ない事には変わりなくて……出来る様になる為の努力も出来ていない。していない。するにはどうすれば良いか分からない。

 当然、過程も評価に値しない。


 ◆前世の記憶・②◆


「どうすれば良いか分からないって、俺だってこれやった事ないんだけどな。実際にやってみた?」

「やってはみたのですが見当もつかなくて……すみません」

「ったく。こんなの、やるかやらないかだろ? お前程やらない奴は初めてだわ。……うーん、これは違うか……こうしたら……あ、こうか」


 やらないのではなく出来ないのだが……と言っても見苦しいだけだな。やれば出来る人には、やっても出来ない人間の考えは分からないのだろう。

 試行錯誤しながら、結局最後まで仕事をこなす同僚。

 あれでもないこれでもない、と言いながらも消去法で確実にやるべき事を絞っていき、正解に近づいていってるように思えた。

 同僚の『分からない』と私の『分からない』は何かが違う。

 私はあれでもないこれでもない、と思い付きで試して駄目だったら、もうその先は無い。

 見当がつかない。頭が真っ白になる。

 同僚は分からない、初めてだと言いながらも、何が分からないかが分かってるように思えた。この表現が正しいのかは分からないが。

 私には何が分からないのか分からない。実際にやってみても何も見えてこない。やっても出来ない私には、やれば出来る人の考えもまた分からないのだ。


 一体、私に何が足りないのだろう?

 センスが無い?

 正直その一言に尽きるとは思うが、それで諦めてたら仕事が何時までたっても出来ない。そもそも私以外の大抵の人は出来てるのだ。特別な才能が必要な訳では無いはずなのだ。

 だとしたら努力が足りないのだろう。

 そうは思うのだが、こういう実際やってみて、どうするべきかが見えてくるようになるのって、何をどう頑張れば出来るようになるんだ? どう努力すれば良い?

 天才でもなんでもない普通の人に出来ている事が、どうして私には無理が来るんだ?


 分からない。


 何が分からないのか分からない。


 どう頑張れば良いのか分からない。


 努力の仕方さえ分からない。

 



 ◆現在◆


【レベルが上がりました】


「ひゃーーーーーーっはーーーーーーー!」


 ダンジョンに世紀末的な雄叫びが響き渡る。私の雄叫びである。

 これで二回目のレベルアップ。レベルアップのアナウンスと共に再び体に力が湧き出てくる。

 

 素晴らしい!


 この世界はなんて素晴らしいんだ!


 これなら私でも分かる!


 これなら私でも、どう頑張ればいいか分かる!


 これなら私でも出来るようになるんだ!


「くひっ……くひひひひひははは」


 変な声が出てしまうけど止められない。


 ――ザザザザ。


 ウゾウゾと蟻の群れがこちらに迫って来るのが見える。


「ひはははは……来た来た」


 先程までは悍ましく恐怖の塊に見えていた蟻の群れが、今は経験値の塊に見えて仕方がない。

 

「ひゃーーーーーーっはーーーーーーー!」


 蟻の群れに突っ込む。


 もっと来い!


 もっとレベルを上げるぞ!


 ここなら頑張れる!


 この世界のシステムなら私は頑張れるんだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る